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17.(コロシアム6)

『あいつの力は所詮才能さ』

『いいなあクロレラは…才能に恵まれてさああーあ、俺にもアイツみたいな才能があればな』

『良いよなお前は、チャラチャラしてるだけで強くなれて。日々ひたすら鍛錬してる俺の気持ちなんてわからないんだろ』

『お前のそれは実力とは言わない。努力を知らぬものに真の勝利など訪れぬ』

『過信』

『姑息』

『無知』

『自惚れ』

 失意と失望と、苦悶に満ちた苦い幼少期。なぜか王女に対するなぞの冷遇罵詈雑言!普通なら不敬罪で死刑だ!

 才能と努力を糧に必死で苦しい鍛錬を積み重ね、ようやく自らの望む力を手にした王女、クロレラ。

 しかしそこで待ち受けていたのは、あまりに冷え付いた人々の目だった。

 それは全て運よく得られた感性で、その力は決して努力で得られたものではない。

 人々は有り余る彼女の力を妬み、僻み、侮蔑し、醜い誹謗を撒き散らす。

 正妻ではなく、父が遠征の際見初めた魔法使いとの間に生まれたクロレラ。

 ただそれだけで、国民や王宮内の人々、そして世間は幼いクロレラにレッテルを貼り、彼女の才能を憎んで、汚れた悪意で傷つけることに力を注いだ。

 噂では、才女であったクロレラの母は父によって塔の地下で監禁され、口にするのもはばかられるほどの手酷い拷問を受けた末に自殺してしまったらしい。

 本当はクロレラの母は父と結婚などしたくも無かったものの、それを断った末の暴挙だったという。

 その際に生まれたのがクロレラだと、口さのない王宮侍従は、噂しあった。

 そうして、クロレラは長年苦しむこととなる。

 自分を分かった気になって、勝手な評論、評価、評議を並べられ、敗北の返報に軽忽な言葉を叩きつけられて、挫折しかけた膝も、立て直した心でさえ否定された気がして、クロレラは何度も心の割れる思いを味わった。

 知らぬふりを続ける父、ありもしない噂を広める人々、第一王女としてこの国に君臨した時も、上がるのは歓迎する声ばかりではなかった。


 しかし。


(この男は…私の力をちゃんと努力の結晶だと認めて…)


 それは、アヤトによって生まれて初めてかけられた言葉。

 不意にその考えとともに胸に宿った、筆舌に尽くしがたい暖かな気持ち。その想いに呑まれかけ、ハッと王女は潤ませた瞳を見開いた。

 しかし相手は敵、懐柔されてたまるかと首を振り、心に自戒の楔を穿つ。


「随分と傲慢な言い様だな。貴公に褒められたくて、私は剣を握ったわけではない。戦いの中途だというのに、余所見が過ぎるぞ、少年」

「はは、お堅いなあ。少年だなんて、俺とそんなに歳も変わらないくせに。……でもまあ、そりゃそうだわな。今まで散々褒めたおされてただろうしな。それに比べりゃ俺みたいな人間の言葉なんてやっすいもんだ。悪かったよ、忘れてくれ」

「っ…」


 少女は苦悶に顔をゆがませる。

 傷つき、ひび割れた心の痛みを味わうかのように、そしてアヤトの言の葉を否定した自分を責め苛むのように、苦痛を顔に走らせた。

 その裏には自責の念が見て取れて、アヤトはすっと目を眇める。


「だけど、才能頼りの無力者、とはちょっと聞き捨てならない言葉だな。なんでそこまでの力を持っているのに、そんな風に謙虚に走れるんだ」

「なに…?」

「何か過去にあったのか?それほどまでの力を持って、どうしてそんな風に怖気付くんだ」


 いきなり自分の心の中心に踏み込まれ、クロレラはさっと滑走を変える。怒りもあらわに吐き捨てた。


「黙れ。貴様に晒してやれる私事はない」

「だって、おかしいじゃないか。それに噂ではあんたのこと、皆が戦闘狂のように囁いてたのに、あんたは戦いを全然楽しんでいない。むしろ辛そうだ。それに、このコロシアムはあんたにとって、力を解放出来る自由な世界じゃないんだろ。ここはまるで、あんたを閉じ込めるために生まれた鳥籠みたいだ」


 だがそこで、あえて自分の地雷を踏み抜く言葉を選ばれているのだと悟り、少女は片眉を吊り上げた。


「でも、あんたの力があれば、こんな籠一瞬で壊せるのに」

「…黙れ…!」

「どうしてそんなに苦しんでいるんだ」

「黙れ!!」

「…どうして逃げることを、諦めているんだ」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーーッ!!」


 少女の絶叫とともに、掲げた左手から眩い光を帯びた白い柱が発生し、放射線状に爆発する。燦爛たる煌めきが花火のように何百と飛散し、青い空を彩った。

「なーーーーーーッ」

 驚愕に一歩距離を取るアヤトを青い瞳で睥睨すると、少女はぐっと左手で何かをつかむようなそぶりを見せる。刹那、空に展開していた白い光が、空中でぴたりと停止し、くるりと弧を描いた後、ひし形に変形した。

 全て一律に形を揃えた幾百もの凶刃が、アヤトに向けて鋭利な切っ先を晒す。


「これは…」


 およそ常人ではありえぬ魔法の境地に、アヤトは目を開き、口元を震わせた。しかし、わななく口元に刻まれたのは、畏怖ではなく喜々であった。


「ーーーー何にもないつまらない国だと思ってたけど…案外いいものも落ちてるもんだな」


 歌詞を口ずさむように笑い、余裕を崩さぬクロレラは唇を噛んで瞠目した。


「…潰れてしまえ!」


 今にもかき消えそうな一声の後、停止していた魔刃が旋回し、アヤト目掛けて落下する。

 無慈悲で冷徹な咎の猛追が、唸りを上げて降り注いだ。


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