15.(コロシアム4)
「ふー、久々にこの魔法を使ったな。やっぱ風魔法は肩がこるし、嫌だなあ………さて、ワーズさん。肩慣らしは終わりで、そろそろ本気の勝負に入ろうか。まさかこれぐらいの攻撃でやられる訳もないし…あれ?」
ふぁあ、とあくびをしたアヤトは、そこでようやく足元に伸びたワーズに気がついたらしい。
「あっれー………??もう終わりなのか?」
困惑して頰をかくアヤト!
うざいうざすぎうざすぎる!
呆然とする観衆、口をあんぐりと開ける審判!
「な………………あの暴虎の爪研を…一撃で!?そんなバカな!暴虎は今大会の優勝候補の一人と呼ばれていたんだぞ!!そんなことがあり得るわけがない!!」
「そ、そうだそうだ!!こんなことあり得ない!」
馬鹿なことを口走るモブ、がなりたて叫喚する兵士!
「そんな馬鹿な…これは何かの間違いでは!?」
思わず立ち上がった男の隣で、クスクスと妖艶に色気を帯びた笑みが零れ落ちる!
「フフ、どうしたの?そんなに慌てて。何か言うことがあるなら、聞くけれど」
ドヤ顔を浮かべるキャスリーン!
悔しげに爪を噛む貴族!
とても貴族がする動作ではない、貴族、ここで育ちの悪さが露見する!
「くっ…!!」
キャスリーンは上機嫌でアヤトに手を振った。
無論、アヤトは彼女の来訪にすら気づいてさえいないのだが、それでもキャスリーンはうっとりと酔いしれたように、アヤトの背中に熱い視線と吐息を贈った。
そうこうしている間にも、アヤトに完膚なきまでに叩きのめされ、地面にだらしなく伸びた前々回優勝者が回収されていく。
「ん、これで第一回戦はクリアか。散々法螺吹いたわりには、大したことないなあこの国も」
アヤトは、混乱極まる民衆に呑気に手を振ることはおろか、悠々と入口へと戻っていく。
「ーーーー待て」
だがそこで凛とした声が、去り行くアヤトの背中を引き留める。
アヤトははたと動きを止めると、声の聞こえた方ーーー王族しか座ることの出来ない、中心に構えた特等席の方を振り返った。
そこでは全身をお堅い軍服に身を包み、荘厳とした空気を漂わせる女性が手すりに立ってアヤトを見下ろしていた。
「試合の途中、すまない。だが、彼とは私が戦わせてもらおう」
ざわり、と場が驚きと困惑に震える。民衆たちは固唾を呑み、ただただ成り行きを見守った。
「しかしクロレラ様!」
女性ーーークロレラの傍らに立っていた兵士が、咎めるような声を上げる。それを片手で制止すると、クロレラはアヤトに向かって宣言した。
「せっかくの優勝候補がこうも一方的に、勇者なんぞに叩きのめされては、こちらも示しがつかないのでな。飛び入りの余所の人間に、この国の底力というものを見せてやろう。勇者よ、本来はこれは特例中の特例だ。感謝するがよい」
「へえ、王女さんが戦ってくれるんだ?」
「ほざけ。そのヘラヘラとした上っ面、このクロレラが叩き斬ってくれよう」
「ふっ、言ってくれるじゃないか。…でもなあ、そこまで啖呵切るってことはさ、俺が勝ったらもちろんそれなりの報酬をはずんでくれるんだよな?それも、特例のなかに含まれているんだろうな?」
「…」
「よっし、そんじゃ俺が勝ったら、あんたに願いを聞いてもらう」
細胞みたいな名前の少女はわずかに疑念の色を浮かべたが、すぐに表情からその感情を拭い去る。
「…良かろう。父上もよろしいでしょうか」
「ああ、構わん」
クロレラは父である王を見やり、かすかに頷くと、再び不機嫌そうに眉根を寄せ、長い得物を片手にアヤトの元へと降り立った。
すたん、と赤いマントを翻しながら、硬いコロシアムの地面に舞い降りる。
そうして、身の丈を超える大剣をアヤトに突きつけた。
隙だらけ極まりない、完全に戦いの姿勢を崩した少女の構え。
しかし吶喊をためらわせるほどの鬼気を、少女は全身にまとっていた。
まるで彼女そのものが極限まで研ぎ澄まされた刃のように、触れるものすべてを無作為に傷つける鋭気を伴って。
「ーーーーーやっと追いついた…っ!!」
ちなみにテセラが到着したのはその時だ。
運が良いのか悪いのか、その時ちょうどアヤトは、闘気を燃やすクロレラと対峙して居た。
「ヤバイ………ッ!?」
それで状況の全てを悟ったテセラは、さーっと全身から熱が引く。コロシアムは初めてだが、この展開自体はよく知っている。嫌という程理解している。テセラはよろよろと数歩歩きながら、手すりに身を乗り出した。
「ヤバイ、いきなり王女との対決!?ヤバイヤバイヤバイ、どうにかして止めないと……………っ!」
だが、一度始まってしまった試合、それも王の手前とても割り込むことなど出来ないだろう。どうしよう、どうするか。何か良い策はないのか。いっそ爆発物をしかけまくって、観客諸共コロシアムを破壊してしまうか。
「ーーーー何を言っているの?」
だがその時、背後からバカバカしい、と言わんばかりの冷たい声が落ちた。
振り返れば、キャスリーンが椅子に悠々と腰掛けながらこちらを見下ろしていた。