13.(コロシアム2)
「勝者、ルカーナ!第21試合目の勝者は、剣闘士ルカーナです!」
ガンガンと鳴り響く司会者の声に、わーっと会場が沸き立つ。
裏での騒動も露知らず、血に飢えた観客達は、リングの上で瓦礫を押しのけて立ち上がった男に、惜しみなき賞賛を振りまいた。
「さあさあみなさま、お待ちかね、お次は第22試合目!なんと、右門の選手は昨年の優勝者、あの暴虎ワーズです!」
司会者が上げた名前を聞いた途端、会場は一層激しい盛り上がりを見せた。
そして右の入場口から、入り口よりも背の高い大男が出て来た途端、至る所で黄色い歓声が飛ぶ。
勝負はまだ始まってすらも居ないのに、盛大な拍手をするものまで居た。
「素晴らしい盛り上がりですね!さすが、我らが大会優勝実力者ワーズです!そして左門は今大会、初出場だというアヤト!タチバナアヤトです!対戦相手はご存知の通りあみだくじで決まるのですが、初出場でこれは厳しそうですね!」
司会者の笑い混じりの言葉に、観衆たちは冷笑する。可哀想になあ、という露ほども心配して居ない声がどこからか投げかけられた。
やがて入り口から、巨人の半分程の背丈もないひょろひょろのもやし男が出て来た時、そのあまりの貧相さに会場内は苦笑の嵐だった。
ワーズという男も好戦的な笑みを浮かべて居たが、アヤトの姿を見た途端拍子抜けしたらしい。顔をひくつかせて見るからに不機嫌になった。
「………おお、本当にすごい人だな。こんなに人に囲まれながら戦うのは、少し久しぶりだな」
場内の白けた空気を察せないアヤトは、呑気に自分の思ったことを口にする。そんな見かけ通りのアヤトの空気の読めなさにも、ワーズは興ざめしたらしく盛大に眉をひそめた。
「………くだらないことで時間を取らせおって。こんな有様ではせっかくの最初の試合も、準備運動にもなりゃしないな。時間の無駄だ。まあ良い。名乗れ、小僧」
嫌悪を隠しもしないワーズに吐き捨てられ、アヤトはフッと笑みを口元に刻む。大剣を空に掲げ、対してかっこよくない顔で、無駄にかっこいいポーズを決めた。
「よくぞ聞いてくれたな。皆、よく聞け!俺は勇者ーーーー勇者タチバナアヤトだ!!」
瞬間、シーンと一斉にして皆が黙り込む。
だが、逆光で剣がキラリと光輝いた刹那、どっと会場内を空気を揺るがすほどの哄笑が炸裂した。
「勇者だってぇーーー!?」
「プッ、ハハハハハ!なーにが勇者だ!」
観覧席に座る誰もが、腹を抱えて笑い転げる。
瞬く間に害意に満たされた場内に、アヤトはポカンと呆気に取られる。
司会者の男も悪意ある笑みを浮かべて、その場を取り仕切った。
「なんとなんと!このコロシアムに、勇者が参戦していました!!かつて龍をも倒したという、あの歴史の…クク、あのかつて世界を救ったという、勇者が!!」
アヤトは、ああ、と手を打った。
「ああ、そういやこの前、どっかの水郷都市で黒龍を滅ぼしたこともあったな」
「だわーはっはっはっ!!龍を倒したぁ〜!?馬鹿も休み休み言え、そんなわけがないだろうが!それにあの伝説の龍退治は、かの有名なハーベルグ王国のヘブンズ騎士団長が倒したって話だろ!?なーにが龍を滅ぼしたこともあったな、だ!」
「嘘つきの弱者はとっとと引っ込んでろ〜!」
投げかけられた痛罵悪罵に、アヤトははて、と首を傾げた。
いつの間にか曲げられていた事実に、不服の念が募るが、さりとて特にしがらみにとらわれることもなく、すぐに気持ちを立て直す。
もっとも、そういう楽観的で前向きな面は、テセラ以外が賛同してくれる自分の美点だと、アヤトは自負している。それでこそ、勇者なのだと。
貴族のみが座れる特等席でも、邪な嘲笑は悪意を携え渦巻いていた。
ちなみに勇者が世間にバカにされているのは、テセラの布教が原因だ。黒龍を倒したのもヘブンズということにして、王国の力を借りて頑張って世間に広めた。
「フン、何が勇者だ。くだらぬ。所詮お飾りの役職よ」
「金にものを言わせて、すぐに退場させてやりましょうぞ」
「そうだ、それが良い!あんなもの、余興の足しにもならぬぞ!」
そんな姑息で狡猾な案が飛び交う中、不意にその声は響いた。
「ーーーーそうやって鼻にかけるのも、今のうちよ」
会話に割って入った、麗しく清廉された美声に、貴族たちの眉が釣り上がる。
「なんだ、貴様はーー」
「誰の許可を得て、この貴族のみが座れる場に立ち入っている?今すぐ首をはねられたいのか!」
しかし少女の姿を目にした途端、たちまち不敬の声はかききえた。
少女の黄金ばりの輝きを持つ金髪に、誰もが言葉を失った。
「お、お前は、いえ、あなたはまさか…!?」
「あの、有名な…キャスリーン・アズカルド!?」
「あの高名なレナルド魔術教長の娘の…天才少女!?」
くすり、と美少女キャスリーンは艶めかしく、微笑んだ。
「ふふ、どうかした?ワタシがここに居て、何か悪いことでもある?なんだか、物騒な言葉も聞こえた気がしたのだけれど」
髪を払って華麗に広げながら、隣にこれ見よがしに座って見せれば、貴族達はさっと青ざめた。
「い、いえ………そういうつもりでは………」
「しかし…鼻にかけるとは、これまたどういった意図で?」
「ーーーーそのままの意味だけれど」
「と、言いますと?」
キャスリーンはゆったりとした仕草で着席し、足を組んで口元に手を当てる。さらには空いた手できらめく髪をかきあげて、もったいぶった仕草で微笑んだ。
「ーーーあそこにいる誰もが、アヤトには勝てないということ」
「はあ?」
キャスリーンの言葉に、でっぷりと太った貴族達は途端に抜かれた気力を取り戻す。
「ほっほっほ、冗談が過ぎますぞ。いくらキャスリーン様といえ、それは笑えませんな」
「そう?ワタシは真実を述べたまでだけど」
「はっはっは!そんなわけがないでしょう。なにせ奴は勇者ですぞ?」
「ええ、もちろん。だからこそよ。彼は、負けないわ」
「ふん。いくらキャスリーン嬢が認めようと、あの最強の剣士、ワーズ・アンドレイには敵わないだろう!」
そう言って、貴族達が見やったのは、アヤトと対峙する一回戦目の相手である筋骨隆々な男。
「彼奴は前回の優勝者である男!勇者など一太刀浴びせるどころか、触れることさえ叶わないだろう」
「そうかしら?まあ、それが本当かどうかは見ていれば分かるけれど」
貴族の自信たっぷりな宣言にも、キャスリーンは余裕の笑みを崩さない。
どこからそのわけのわからぬ自身は出てくるのだと、貴族はチッと舌を打った、
「チッ、小娘が調子に乗りやがって…今に恥をかくがいい。その高慢な態度、今に砕いて辱めてやるわ!」