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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
最終章 高校生編 -冬-
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第五十八話 涙

 暗がりのなかにその画面の光が、煌々と灯っている。俺が放置している間にも、電話はぶるぶると鳴動を繰り返し、未開封メールと書かれたその件数がどんどん増えていく。


 俺が困り果てて歌島さんのほうを見ると、歌島さんが声で操作方法を教えてくれる。


 やがて、そのメールとやらを開いた俺のまえに、文字が現れた。





 森口 幸仁:《明人、あけましておめでとう!》





 最初、その文字を見たとき、なにが起こっているのか理解できなかった。俺に語りかけるその言葉は、いったいどこから来たのだろう。そして、これはなんなのだろう。


「なに、これ」


 俺の戸惑いを察したのか、歌島さんが言う。


「メール。手紙みたいに、相手に言葉を送れるの」

「……メール……」


 俺は、また画面に視線を落とす。次から次へと訪れるそのメールとやらには、似たような文面が書かれてあった。


 一斉に、図ったみたいにたくさんのメールが同時に届いている。メールボックスには、午前〇時に送られたものがほとんどで、どれも「あけましておめでとう」とか「今年もよろしく」なんて言葉が連ねられている。


 どうやら、新年のあいさつとしてメールを利用しているらしい。


 どのメールにも明人、明人と呼びかけるように名前が刻まれていた。どうして、俺なんかにわざわざそんなメールを送ってくるのか、理解ができなかった。


「ねぇ、明人……」


 歌島さんが、傷だらけの顔を俯けながら言った。


「送られてきたメール、全部、見て……」


 俺は息をのんで、最初に送られてメールから、一件ずつ読み込んでいくことにした。


 最初に送られた森口、という名前は聞き覚えがある。そういえば、病室に来たかっこいいお兄さんがそんな名前だったような気がする。


 もう一度そのメールをしっかり読むと、おめでとうという内容のあとに、俺に対する言葉が寄せられていた。家を出たこと、学校のみんなが心配していること、自分たちは明人が帰ってくるのをずっと待っているということ……。


 ――でも、これは俺に対してものじゃない。


 俺は、森口という人のことをよく知らない。小学校のときからの付き合いらしいが、俺にはまったくそんな記憶はなかった。


「……こんなの、俺じゃない」


 そうつぶやいた。歌島さんが俺と同じ画面を見ながら言う。


「本当にそうかな? わたしは、そんなことないと思うの」

「……」

「明人から聞いた海の話。同じだったんでしょ。それだけじゃなくて、わたしは明人が、苦しんでいる姿をたくさん見てきた。夢にうなされるところも、自分の気持ちを正直に話せなくなってしまったというのも知ってる」


 あの家のなかで見た、たくさんの写真立てを思い出す。その姿は、十歳のときの俺が今の歳になるまでの過程を細かに追っていた。


 ――本当に、俺、なのか?


 いや、あんな目に遭ってきた俺が、前向きに生きられるはずがないんだ。そう思いながら、送られてきたメールをさらに読み進めていく。


 同じテニス部に入っているという人や、小学校・中学校の同級生だという人。名前を覚えきれないくらいにメールが送られてきている。



《明人。今年もよろしくな》


《明人、元気か?》


《明人、また久しぶりに会おうぜ》



 俺の名前を呼んで、俺という人間がいることが当然であるかのように、多くの言葉が向けられていた。今の俺のことを知っている人もいれば、知らない人もいる。だけど、そのどれもが俺のことを必要とするかのような声であふれていた。


 読んでも、読んでも、読み切れないくらいにメールがいっぱいになっている。


「やっぱり、違う。俺なんかじゃない」


 電話を持つ手が震えるのを見ながら、俺は言った。


「俺は、おとうさんからもおかあさんからも見放されて、雪のうえに投げ捨てられたやつだ。もう、なにも残っていない。もう、なにも手に入れることもできない。どうせ捨てられるんだってわかっているんだから、もう、一人でいることしかできないんだ……」


 やがて、メールボックスのうえのほうにたどりついた。そのとき、俺は、「家族みんなから」というタイトルのメールに気づいた。送信主は「父さん」と記載されていて、あの家にいる義父のことだとわかった。


 おそるおそるメールを開く。





《明人へ。今は新潟にいると聞いています。歌島さんだけに任せていいのかと迷いましたが、それでも、今は追い詰めてはいけないと思い、ここで待つことに決めました。新しい年になって、明人がいない家を見ているとやはり寂しいなと感じます。

 初めて、明人がここに来た日のことを覚えています。

 あれからだいぶ時間が経ちましたが、初めて明人を迎い入れたときから、明人に憎まれることになったとしても絶対にこの子を守るのだと決めていました。今でもそれは変わりません。どんな明人でも、私たちのことをどう思っていても、ちゃんと明人を受け入れるから。

 そのことを、もっと早く言えばよかったと後悔しています。

 だから、明人。この家に、戻ってきてほしい。

 それから、あけましておめでとう。

                                   父さんより》





 その下には、まだメッセージがつづいている。



《明人。こんなメール、本当は送ってほしくないかもしれないけど、言わせてください。

 私も、それからお父さんも、あなたが苦しんできたことを知っています。

 初めて、明人に会ったとき、世界のすべてを恨むような目をしていましたね。でも、一緒にいるうちに、本当に優しい子なんだということを理解しました。作ったご飯を残したことは、一度もありませんでした。

 明人は、頑張りすぎてしまうからいつも心配になります。

 いつになったとしても、ご飯を用意して待っています。

                                   母さんより》





 そこまで読んだところで、俺は胸元を握りしめた。


 言い訳できないほど、今の俺――十歳の俺に書かれている言葉だった。前はぎこちない関係だったはずなのに、これほどまでに直接的に想いを伝えられて、戸惑うしかなかった。


 下がっていくと、もう一つだけメッセージが残されていた。





《お兄ちゃん。こういわれるのは嫌かもだけど、そう呼ばせてほしい。

 わたしは、お兄ちゃんみたいに、心読んだりできないけど。お兄ちゃんが話してくれたことはちゃんとおぼえてる。

 自分が悪い子だって考えてたこと、お兄ちゃんもあるんだよね。

 ガマンするんじゃなくて、自分で進みたい道をえらぶんだって教えてくれたとき、どういう気持ちだったのかわからないけど。

 お兄ちゃんも、お兄ちゃんにとっての道をえらんでほしいです。

                                     るいより》






 そこでメッセージは終わっている。俺は、全部を読み終わってから、思った。


 ――なんで。


 捨てられてから、自分を責めつづけた日のことを、どうして知っているんだ。


 誰にも話したことのなかったことを、前の俺は全部知っていて、そのうえでそれを乗り越えて生きていたのだろうか。


 自分で進みたい道を選ぶ。


 俺にはその意味がまったく理解できなかった。


「明人、ごめんね」


 しばらく呆然としていた俺に、歌島さんが言った。


「昨日、明人が夜につぶやいていたこと、聞いちゃったの」


 あのとき、ベッドのほうから音がしていたことを思い出す。膝の上にのせられた歌島さんの手に、ぽつ、ぽつ、と滴るものがあった。それは、歌島さんの顔からこぼれてきたもので、目から落ちる涙を歌島さんは、拭うこともせずにそのまま流していた。


 俺は、その表情を眺めながら、言葉を失っていた。


 ――なんでだよ。


 幾度も幾度も繰り返した疑問を、またも心のなかに抱いた。


 ――なんで、俺なんかのために、あんたが泣いてるんだよ。


 歌島さんがなおもつづけた。


「今日、おじさんとおばさんに、訊いたの、明人のこと。本当は、こんな形で訊くべきじゃなかったと思うけど、耐えられなかったから……」


 涙は止まることなく、鼻をすする音のなか、勢いを増している。


「わたし、わたしは……。ぜんぜん、知らなかった。明人がそんなことを経験していたなんて理解して、なかった。そんなに、過去にひどいことがあったなんて……。わかっていたつもりでぜんぜん、わかってなかった……」


 やめろよ、と思った。やめてくれよ。


 その姿を見ていたらわかってしまう。


 俺のことを、本当に考えてくれて、心配してくれているのだということがわかってしまう。


 そしたら、期待する。


 自分は、誰かに必要とされて生きることができるのではないかと、考えてしまう。


「でもね、明人」


 歌島さんが、涙に濡れた瞳をこちらに向けた。


「わたしは絶対に、明人から離れたりなんて、しない。明人のことを裏切って、明人を悲しませるようなこと、絶対にしない」


 心臓が大きく跳ねた。俺は、その顔をまっすぐ見られなくなり、目線をそらした。


 もう、俺は、同じことを経験したら、今度こそ壊れてしまう。


「そんなこと……どうして言えるんだよ」


 世界は優しくない。自分のほしかったものを、容赦なくすべて奪い取る。


「俺は、もう、そんなの信じることはできない」


 いつだって、あの手の感触が蘇る。おまえに価値などないと、おまえは雪に埋もれて死ぬ定めだと訴えかけてくる。


 俺なんて、決して幸せになれないと知らしめてくる。


「俺は、俺は……」


 そのとき、歌島さんが距離を詰めた。近づくなと言おうと顔をそちらに向けた矢先、唇になにか温かい感触が走った。


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