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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
最終章 高校生編 -冬-
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第五十一話 出発

 結局、俺たちは朝の八時くらいに目を覚まして、すぐにホテルを出ることになった。相変わらず空から雪が散っている。この時期の新潟の空には、ほとんど太陽がのぞくことはない。雲が常に覆っていて、どんよりとした空気を漂わせている。足元の雪は昨日からほとんど減っていないので、替えたばかりの靴下もまた濡らしてしまいそうだと思った。


 日付は、十二月三十日。あと二日で新年になる。そのためか、住宅の前に門松を飾っているところがいくつかあった。だが、俺にとってそんなことはどうでもいい。今は目的地にたどり着くことしか考えられなかった。


「明人。お金ってどれくらいあるの?」


 歌島さんに訊かれる。正直に、残り数千円しかないことを告げると、「わかった」と歌島さんがうなずいた。歌島さんは、出かけるまえにお金を親からもらったらしく、まだ余裕があるのだと教えてくれた。


 俺たちは、コンビニで二人分の傘を買って駅に入った。


「どこに行く? 私はここらへん全然知らないけど……」

「俺も知らない」


 そう言うと、歌島さんは呆気にとられたような表情になった。


 だが、これは本当のことである。適当に電車を乗り継いできたわけで、今、どれだけ目的地に近づいたのかさっぱりわからない。そもそも俺が知っているのは、施設の近辺や俺の住んでいた地域くらいだ。


 だから、記憶をたぐりつつ進んでいく必要がある。


「……じゃあ、どの電車に乗ればいいの? そのあたりでわかることってないの?」

「もともと住んでいたところの地名ならわかる」


 仕方なく俺たちは、駅員にその地名を伝えて行き方を教えてもらうことにした。まだだいぶ距離があるようで、ここから三時間くらいかかりそうだということがわかった。どう乗り継げばいいのかを覚えて、まずそこを目指して行くことにする。


 電車に揺られている間、俺は自分のなかに緊張感が走るのを感じていた。


 ――そうか、俺は……。


 あまり考えずに来てしまったが、嫌な思い出の染みついた場所を通らなければあの海にたどりつくことはできない。施設に行くまでわけのわからないままいろんな場所を転々としていたので、過去の自分の動向をきちんと記憶していなかった。


 俺が認識していた地名というのは、母親がまだいたころに住んでいた場所だ。そのあとの俺が通ってきた細かい地名までは覚えていない。


 電車は、雪の舞うなかをまっすぐ走っている。まだ見覚えのない風景がつづいているけれどそのうちに自分の知る光景が目の前に現れることになる。六年という月日が経過していたとしても、そこまで大きく変わったわけではないだろう。


 今も頭に残りつづけるその景色が、一瞬だけ脳裏をよぎった。


「……」


 襟元をつかむ。呼吸が苦しくなるのを感じた。


「大丈夫?」


 俺の異変に気づいたらしく、歌島さんが心配そうにこちらを見た。俺はなるべく平静を装って「別に」と返した。


 ここまで来ておいて、今さら引き返すなんてことできるわけがない。過去のことであり、今さら俺を苦しめるものは存在していないはずだ。


 なのに、電車が先に進むにつれて、体が寒さを覚えはじめる。手や足に痺れるような感覚が走る。俺は、胸元をおさえながら、何度も何度も深呼吸を繰り返した。問題ない。どれだけ体が痛んでも、あの場所にさえたどりつけばなんとかなるんだ。


「明人……」


 歌島さんが心配そうに手を伸ばしてきたので、俺は体をのけぞらせながら目で制した。手が引っ込むのを確認してから俺は口を開いた。


「前にも言っただろ。俺にさわるな」

「……うん」

「俺は平気だ。少し、ほんの少しだけ嫌なことを思い出しただけだ」


 大丈夫、大丈夫と何度も自分に言い聞かせる。そもそも、こんな苦しみなんて散々味わったものの延長でしかない。レールに車輪が叩きつけられる音が耳を塞ぎたくなるほど大きく聞こえたとしても、車両の揺れが脳みそごと揺らすような感覚であったとしても、気にするほどのことではない。


 俺は一人で行くつもりだった。歌島さんが隣にいるのは予想外のことで、本当は自分一人でたどりつかなければいけない場所だ。こんなことで挫けている場合ではないし、病室に来た人たちの手を振り払ってやってきたのに、誰かの手にすがりつくなど本末転倒だ。


「俺がちゃんと思い出すから、勝手についてくればいい。もともと、そういうつもりで今俺と一緒にいるんだろ」

「……」

「ここから先のことは、本来、あんたに関係のないことだ。俺は自分のために行きたい場所を目指しているだけで、それ以上でもそれ以下でもない。だからそこを勘違いしないでほしい」

「わかった」


 歌島さんは、つらそうに目を細めてそう答えた。言い過ぎたかもしれないが、拒絶の意思を示しておかなければ耐えられなくなるくらい俺に余裕がなかった。


 しばらく二人とも無言のまま、電車の走る音だけを聞いていた。


 前から襲いかかる雪をはねのけながら、電車は、白く煙る新潟をひたすらまっすぐに進んでいった。


ここから、主人公のトラウマ巡りツアー開催です。

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