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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
最終章 高校生編 -冬-
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第四十七話 雪

 翌日、予定通り隙を見て俺は家を出た。


 午前十時過ぎ。誰も俺が外出したことには気づいていない。玄関のドアを開け閉めする際は音を立てないように注意したし、隣の歌島家にも見咎められないよう反対の方向から大回りして駅に向かうことにした。


 十分ほどかけて駅にたどり着いた俺は、通っている路線の一番端の駅に行くことにした。俺が新潟からここに来たときは車だったから、電車に乗って行く方法はよくわかっていない。


 とにかくいろんな電車が集まる駅に行って、そこから新潟に近づける電車を一つ一つ選んでいくしかない。もしうまくいかなかったら、駅員に質問すればいい。


 天井近くにある路線図に書かれた金額を投入して、切符を購入した。駅舎に入って五分ほどで電車がやってきたので、すぐに乗り込む。


 電車に乗ってしまえばこっちのものだ。俺がいなくなったことに気づいたとしても、簡単に追いつくことはできない。ようやく一人になれたのだと思って、俺は安堵した。


 病院で目を覚ましてから、やたらと多くの人が俺にかまってきた。


 周囲には常に人がいた。本当の俺のことを知らないくせに、知ったような顔をして俺に話しかけてきた面々の顔が思い浮かぶ。「明人」と呼びかけるその声を聞くたびに、俺に笑いかける表情を見るたびに、俺の根源にある恐怖がわきあがり、戦いつづけなければならなかった。


 車窓に、俺が二年間暮らした街並みが流れていく。ほとんどなんの思い入れもないけれど、二度と戻ってこない場所なのだからとその映像を脳裏に刻み込む。


 六年という月日が急に消えなければ、わざわざ逃げることはなかっただろう。


 どうしてこんなことが起きたのかよくわからないけど、俺にとっては地獄だった。こうなることを望んだことなど一度もないのに、なんの嫌がらせでこんな目に遭わなければならないのだろうか。あのまま、わけのわからない状況を受け入れてしまったら、自分の心は恐怖におしつぶされてしまうのだと思う。


 きっと、あの人たちには理解できない。幻の俺を見ていた人たちには伝わらない。


 身を引き裂かれるような痛みを味わった俺自身にしか、わかることはないのだ。


 終点についた電車を降りた俺は、北を目指す電車を探す。まっすぐ新潟に向かうことはなくても、一つ一つ近づいていけば必ずたどりつくことができるはずだ。


 また切符を買って、それらしき電車に乗り込む。また終点まで行って、新しい電車に乗り換えるというのを、延々と繰り返した。


 北に行くにつれて、徐々に俺の視界に真っ白な光景が映るようになる。


 雪だった。


 どれくらい、電車に乗りつづけただろう。午前十時くらいにあの家を出てから、すでに十時間近くが経過しようとしている。日は沈んでいるものの、街灯の光などで照らし出されて、雪の白が闇のなかに浮かんでいた。


 ずっと電車の座席に座っていたので、尻が痛いし、眠くなってくる。それでも久しぶりに見る雪景色に俺は目を奪われていた。


 自分がもともと暮らしていた地域の近くまで来たという確信を持つ。


 今日中に目的の海までたどり着くのは無理だろうから、どこかで野宿する場所を探さなければならない。雪に覆われた地面に寝そべるのは自殺行為なので、開放されている建物などを探さなければいけないだろう。


 適度なタイミングで、俺は電車を降りた。駅を出て、知らない街に足を踏み入れる。


 頭上から、ぱらぱらと舞い散るものがある。風に絡みながら、雪がひらひらと漂っている。


 底の薄い靴で雪を踏むと、冷たい感触とともに甲高い音が響いた。息を吐くたびに白い煙となって空気中に溶けていく。まだ夜の八時くらいだから、周囲に人影がたくさんある。電車を乗り継いでも余ったお金があるので、駅の横のコンビニに入った。


 温かいお茶と、立って食べられるおにぎりやパンを買う。財布のなかには二千円程度しか残ってないので、もうあの家に戻ることはできない。


 駅に戻って、屋根の下で食事をする。


 もしも、俺が十歳の姿だったなら不審に思われていたかもしれない。だが、十六歳の外見を持っているおかげで、誰からも怪しまれることがない。駅の横を通りすぎる人たちは、俺など目もくれずに歩き去っていく。


 駅舎を照らす蛍光灯に、蛾が数匹集まって、バタバタと羽を揺らしていた。駅の前に積もる雪や肌に触れる空気から冷気が伝わってくる。食事を終えた俺は、ゴミ箱に包装などを捨てたあと、リュックのなかから服を取り出して、着ていたセーターに重ねた。内側のモコモコした部分が首や腕を覆ってくれて、だいぶ寒さがマシになる。


 ――行くか。


 ポケットに手を入れて、寝る場所を探そうと思った矢先だった。


 急に、ぶるるるるという音が聞こえてきた。なんの音かわからず呆然としていたが、やがてリュックのなかにあるなにかが暴れているという事実に気がついた。虫がリュックに入ったのかもしれないと思い、なかを開くと光を飛ばしながら震えているものがある。おそるおそる、俺はそれに手を伸ばして、つかんだ。


 出かけるまえにリュックのなかに放り込んだ、時計と思しき謎の装置。しかし、なぜか今はぶるぶると震えながら、俺の手のなかで音を立てている。


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