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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
最終章 高校生編 -冬-
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第四十三話 苦手な人

 俺が真っ先に考えたのは、いち早くこの場所から逃げ出すということだった。なぜなら、俺のなかに別の誰かを見出す連中のせいで、自分の心の平穏を保てそうにないからだ。


 ただ、逃げるにあたって一番大きな問題はリハビリである。ただでさえ自分の体の大きさに違和感があるのに、体になかなか力が入らないので、いつまでも違和感が解消されない。病院内で一生懸命歩く練習をしても全然うまくいかなかった。


「寝たきりだった人が元の力を取り戻すのに、最低でも寝ていたのと同じ期間かかる。それどころか、倍以上かかるケースだって珍しくない」


 そんなことを、病院の大人に言われた。


 俺は思う。


 ――知ったことか。


 リハビリをしているうちに、気づけば季節は冬に変わっている。病院で目を覚ましてから、二か月近くが経とうとしていた。


 壁伝いで、数メートルほど歩けるようになると、夜にこっそり病室を抜け出しては、何度も歩く練習を繰り返した。ずっとこの場から去ることしか考えていなかった。歩けるようになればこっそり抜け出して、誰もいない遠くに行くことができる。遠くに行ったあと、どうなるかわからないけれど、それはそれで問題ない。別に、俺は死んだとしてもかまわない。


 病室に来る連中とは、まともに会話をしていない。これだけ冷たい態度をとっていれば、そのうちに俺にかまわなくなるだろう。


 ――あともう少しだ。


 もうちょっとで、俺は一人になれる。誰からも切り離されて、自由になれる。


 それだけを希望に、俺はきついリハビリに一人で耐えつづけていた。



* * *



 病室に入ってくる連中のなかで、一人、とても苦手な人がいた。


 その人は、毎日のようにやってきては、屈託のない表情で俺に話しかけてくる。いくら俺が無視してもお構いなしに一方的にしゃべって、面会時間ぎりぎりまで病室に居座る。


 今日もまた、彼女は俺の病室に顔を出した。


「明人」


 午後三時くらい。俺は、その日のリハビリを終えて、ベッドで横になっているところだった。毎日懸命に足を動かしているからだいぶ疲れがたまっている。


「ね、聞こえてる? 明人」


 仕方なく、俺は視線だけをその人に向けた。


 今の俺と同じ高校生であると以前に聞いた。俺の記憶にあまりないが、どうやら隣に住んでいた歌島という子が大きくなった姿らしい。


 相手にする理由もないので、すぐにベッドの布団を引っ張ってそのなかにこもった。


「……」


 しばらくそのまま横になっていたが、特につづく言葉がない。数分くらい待ってから、もうあきらめて帰っただろうと思い、布団を剥がした。


 と、なぜか目の前にはさっきのお姉さんが変わらずそこに立っていた。


「やっと出てきた」


 にこりと笑う。その表情を見ると、胸がしめつけられるような不思議な感情がわきあがる。


 俺はすぐに布団をかけなおそうとしたが、今度はそのまえに手で制止されてしまう。


 そのとき、至近距離で目が合った。俺は気まずくなって視線をそらす。


「いい天気。窓開けるね」


 お姉さん――歌島さんは、レバーを外して、ほんの少しだけ窓を開いた。今は十二月で、冬の最中である。当然、冷たい風が吹きつけて室温が下がった。


 文句が口から出かかったが、声にすると会話が成立してしまう。文句を飲み込み、なんでもないふりをして膝を抱えた。カーテンが風にあおられて、ふんわりとふくらんでいる。


 歌島さんは、ベッドのそばにある椅子に腰かけた。学校帰りで来ているらしく、制服を身にまとっている。こうなってしまったら、しばらくは帰らない。


 なおも無視しつづけていると、歌島さんが言った。


「リハビリ、頑張ってるんだってね。療法士の人が、明人をほめていたよ」


 心のなかで、おまえらから逃げるためにね、と返した。俺にとって親しくもない人が、こうやって声をかけてくることが苦痛で仕方ない。


 歌島さんは、俺の返事など待たずに言葉を継ぐ。


「でも、無理しちゃだめだよ。明人は、頑張りすぎちゃうところがあるから。休みをとらないとうまくいかないって」

「……」

「それとね、ちゃんとご飯をいっぱい食べて、よく寝ること。夜は、寝られてる?」


 答えない。答えるわけがない。


 すると、歌島さんは手を伸ばして俺の目の下のあたりに触れようとした。咄嗟に俺は、その手を思い切りはねのけてしまう。


「あ……」


 俺の行動に、歌島さんが悲しげな表情を浮かべる。俺は、手の甲に当たった鈍い感触と痛みにかすかな後悔を抱きながら、謝ることもせず、顔を反対側に向けた。


「さわるな」


 片方の手でもう片方の手をさすりながら、繰り返し言った。


「俺に、さわるな」


 ひどい仕打ちだと自分でも思う。だが、歌島さんはすぐに取りなおしたのか、「ごめんね」と柔らかく答えるだけだった。その顔を見なくても、また微笑みを浮かべていることがわかる。


「寝られているんだったら、よかったの。わたし、明人が心配だから」


 この人はなんで俺にここまで優しくできるのだろうか。理解ができない。

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