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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
第二章 高校生編 -夏-
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第三十七話 心の拠り所

 空が赤く染まったころには、砂浜にひしめいていた人々が少なくなる。シャワーを浴びて、水着から着替えてその場から去っていく。


 俺たちも、朝来るときに着ていた服に戻すと、ビーチパラソルやレジャーシートなど、使用していた物を回収しはじめる。濡れた髪をタオルで拭くが、髪がだいぶごわごわしていて気持ち悪い。家に帰ったら念入りに洗っておこうと思った。


 森口が、俺に近づいて言った。


「今日は楽しかったわ。ありがとな」


 爽やかに笑って、畳んだビーチパラソルを手にコインロッカーに向かう。こういう如才ないところがモテる秘訣なのかもなと感じた。


 砂浜には、さきほど作りあげた城が残っている。波打ち際の水音が、柔らかく耳朶を叩く。一定間隔で横いっぱいに広がった波が、砂浜を撫でながら赤く光り輝いていた。


 俺は、砂浜に足跡を刻みながら、ビーチサンダルを履いた足を波打ち際に進めた。


「……」


 低い位置にある雲がゆっくりと流れている。


 黒い夜の色が少しずつ空に染みていく。


 足を止めたところで、追いかけてくるもう一つの足音に気がついた。


「明人」


 歌島だった。すでに水着ではなく、Tシャツとショートパンツという格好になっている。俺は、視界の端に海を収めながら体を横に向けた。


「海、見てたの?」


 俺はうなずく。泳ぐよりも眺めるほうが好きなのだ。


 白い泡を海面に浮かべて、引いては寄せて、幾重にも波を重ねて、俺たちの足元付近まで水を運んでいる。場所によって印象は異なるけれど、耳のなかを飛沫が舞っているかのような音も、潮の香りも、変わらず俺を優しく包み込んでいた。


「……新潟の海」

「え?」

「小さいころ、よく見ていたんだ。新潟の海を」


 歌島にとってはよく意味がわからないだろう。もともと、俺が新潟にいたことさえも伝えたことがない。


 足元の砂が、波にさらわれたところだけ濃い色になっている。小さなカニが波に当たりながらも懸命に歩いていた。俺は、ビーチサンダルの足跡を埋めながら言った。


「少し歩こう」


 俺が言うと、歌島は「わかった」と答えた。





 海水浴場のそばを離れて、岩の積みあがった位置に移動すると周囲に人の姿がほとんどなくなる。後ろに立つ木から、葉のこすれる音が聞こえていた。


 さらに遠くのほうには波止場があり、そこに釣りをしている人が数人いる。黒く染められた山の稜線が、空の一部に刻まれていた。歩いていける距離に俺たちの通っている高校があるのだけど、普段はあまり意識しない美しい光景につい目を奪われた。


 濡れた岩をさすりながら、歌島を見た。


「夕飯時だから、また腹が減ってきたな」

「うん……」


 俺は、手を後ろの腰に置いて岩に体重をかけた。歌島は、砂浜のうえにぼんやりと立ち、俺の言葉のつづきを待っている。


「るいが作りたがっていた砂の城、歌島のおかげでちゃんとしたものができた。やっぱり、俺だけじゃうまくできなかっただろうからよかったよ」

「そうなんだ」

「ごめんな」


 急に謝られるとは思っていなかったようで、歌島は目を見開きながらも大きく首を振った。NOの仕草が大きいのは昔から変わらない。


「明人が謝ることなんてなにもない」

「いや、こんなになにも話さない俺に付き合ってもらって、いつも悪いと思っているんだ」


 本心だった。歌島を助けてからずっとつづいている幼馴染という関係。にもかかわらず、俺は本質的なことを口にせず、いつもごまかしている。


 歌島は、俺のそばに寄って、同じように岩に背中を預けた。


 俺は言う。


「……昔から、ずっと海が好きなんだ」

「新潟の海?」

「そう。嫌なことがあるとよく見ていたんだ。海の前に来ると、いつも心が落ち着く。どんなことがあっても、なんとかなるように思えた」


 歌島の視線が、海のほうに向いた。


 幼少期から記憶を引き継ぐなかで、海はかなり上位の記憶として残りつづけていた。近くに海がないときであったとしても、そこにあるものとして記憶を思い返していた。ときには夢として現れて、俺の荒んだ心を静めてくれた。


 一人だった。孤独だった。誰のことも信用できなかった。


 苦しい記憶の連なりの果てにたどりついた場所で、生きることさえもままならなかった。


 胸の内の空虚さが、呼吸を止める。そこにあったものを未だに追い求める自分と、逃げようとする自分の狭間に立って、どうすればいいかもわからず、感情の奔流に飲み込まれるがままそこに存在するしかなかった。


 父親のことを、母親のことを憎み、かといって二人を憎みきれずに自分をも憎んで、感情のやり場を見つけられずに、打ちひしがれるしかなかった。


 そんな俺のそばにずっといて、どんな風になっていようが、絶え間なく波音を響かせていた海が、俺にとって唯一の心の拠り所だった。俺の心の叫びを、嘆きを、怒りを、いつも受け止めて、俺が落ちつくまでそこに存在しつづけていた。だから、いつもぎりぎりのところで自分をとどめて、生き抜くことができたのだ。


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