第三十四話 夏の海
結局、海に集結することになったのは、八月の半ばくらいのことだ。こういう予定はいつもずるずると遅れてしまうもので、もっと早く行く予定がそうなってしまった。もっとも、言い出しっぺの俺の周囲に大きな出来事があったから、それどころではなかったのだけど。
携帯電話で森口や歌島と一緒に予定を詰め、いろんな人を誘った結果、七人が参加することになった。男五人、女二人。しかも、プラスでるいまでついてくることになった。
日本海と違い、太平洋は穏やかな印象がある。そんなものは、場所によって異なるのだろうけど、実際に今日の海はとても鮮やかな光景だった。白い砂浜が広がり、海面は眩しい太陽によってきらきら輝いている。
「暑い……」
しかし、なによりまず生まれたのはそんな感想だった。
本当に暑い。上半身裸なのに、バカみたいに暑い。砂浜は灼熱だし、肌にまとわりつく空気はもわっとしている。
隣に座る森口も、同じように暑そうに手で空気を送っている。
「人も多いな。割と人気のところだから仕方ない」
「帰りたくなってきた……」
「……おいおい」
森口が呆れている。しかし、海自体は好きだけど人混みは嫌いなのである。これだったら、夜に一人で来たほうが楽しそうだと思った。
クラスメイトの矢部、サッカー部の田口、西村が俺たちと同じように横に並んで座る。田口はだいぶ女好きなので、周囲の女の子の水着姿を見て、ナンパしようかどうか迷っている。
――平和だなぁ。
海と言えば、ナンパ。ナンパと言えば海というイメージもあるし、それが目的でここに来ているやつも多いのかもしれない。実際、やたらと色が黒い男二人組が、さっきから至るところで女の子に声をかけまくっている。
当然のことながら、俺にそんなことをする気はない。やったところで成功しない自信があるし、そんなことをしたら後でなにを言われるかわかったものじゃない。
やがて、歌島たちも着替えを終えて俺たちのところにやってきた。明確に俺の周囲が色めき立つ。
「ど、どうかな。明人……」
歌島が、俺に話しかけてくる。
白いパーカーを羽織っているが、その下に歌島の水着が見えた。ハイネックのビキニのようで、胸をすっぽりと隠しているもののへそは丸出しである。歌島は割と大人しい服装が多いので新鮮な雰囲気だった。
「似合ってる。新しく買ったんだっけ?」
「うん……」
ちなみに、他の二人の女子もビキニを着ている。中学時代からの歌島の友達で、斎藤と藤川という子である。歌島と俺の微妙な関係を理解しているため、特に割って入ることなく、他の男子たちの相手をしていた。
歌島の後ろから、るいの姿が現れた。
「どうもです……」
るいは、かなり露出の少ない恰好をしている。ワンピースの水着で、腕と膝がある程度隠れるようなデザインとなっていた。
「お、るいちゃん」「山村の親戚の子なんだろ? あんまり似ている感じがしないけど」
るいと他の面々は初対面だったけど、皆、快く受け入れてくれていた。俺の妹とは思えないほどまっとうな性格であるため、年上から可愛がってもらえるのだろう。
ビーチパラソルとレジャーシートをセットしてから、俺たちは海に繰り出した。
「明人、あっちのほう空いてるよ」
歌島が言う。肌に日焼け止めのオイルを塗りたくっているから、腕のあたりがてかてかしている。押し寄せてきた波に足を浸すと、温かい海水の感触が肌に当たった。
「るい、俺たちのそばを離れるなよ」
膨らませたばかりの浮き輪を腰に巻いたるいが、小さくうなずいた。るいは泳げないらしいので、あまり奥に行かせてはならない。足を一歩一歩進ませて、肩までつかる。浮力が体を包むのと同時に、全身の筋肉が一気に緩んだ。
「ああ、気持ちいい」
人が多いとはいえ、暑いなか水に入るのは開放感があっていい。るいは、浮き輪に両腕をかけながら、海中で足をぷらぷらとさせている。
「るいちゃん。大丈夫? 疲れない?」
歌島が近くに寄って浮き輪を支えた。るいは、笑いながら首を横に振る。
「平気です。すごく、楽しいです」
るいの体重は軽そうだから大丈夫だと思うけど、浮き輪は浮力が強すぎてひっくり返る恐れがある。そのときには溺れてしまいかねないので、目を離すことはできなかった。
――まさか、るいも来るなんてな。
俺が海に行く話をしたときにやたらとうらやましそうにしていたので、「おまえもくる?」とつい訊いてしまった。あまり外出の機会がないるいは、俺の家に滞在している間、ほとんど家のなかにいた。不憫に思った両親からのプッシュもあり、るいは「行きたい」と答えた。
今のるいは、本当に楽しそうに笑っている。こういうふうに無邪気に遊ぶことが、今まではなかったのかもしれない。
「しょっぱい!」
口に海水が触れたらしく、るいが言った。
「そりゃそうだろ。学校で習わなかったか?」
「明人は、なんですぐそういうこと言うの? うん、しょっぱいね、でいいじゃない」
「……ま、そうだな」
こんなんだから、ぶっきらぼうだと言われてしまうのだろう。子供に対する接し方が未だにわかっていない。
「慣れているので、全然大丈夫です」
子供にも気遣われる始末である。俺は、ふぅと息を吐いた。




