第三十一話 責任
――あのころの俺、か。
俺は、過去を頭から振り払って目を開いた。
急に黙り込んだ俺を、不思議そうにるいが見ている。俺は言った。
「実はさ、似たようなことを考えていたことが俺にもあるんだ」
「え?」
「でも、悪いことなんてしていなかった。きっとるいも同じなんだと思う」
ただただ、不平等なだけだ。そこに理由なんてない。ランダムに神が振り分けたものを、受け取れる人と受け取れない人がいるだけだ。
「俺は、るいと一緒にいて、悪い子だと思ったことはない。それは自信を持って言える。だから、るいにはちゃんと楽しく生きてもらいたい。おまえなんてまだ小学生なんだから、ごちゃごちゃ考えずに、嫌なものは嫌でいいんだよ」
自分のことに精いっぱいだったかつての俺は、るいという妹がいることも知らず、こんな言葉をかけることさえできなかった。
「自分が我慢すればいい、みたいな考えはとっとと捨てることだ。別に我慢なんかしなくても世界はうまく回るからな。それどころか、ちゃんと自分で進みたい道を選ばないと本当にいい未来はやってこない。後悔するだけになってしまう」
だから、かつての俺が背負えなかったものを、ちゃんと背負わなければならない。この家にまで引っ張ってきたときにこの子の運命が変わったのなら、それは俺の責任でもある。
クズのような人生を歩んできた俺にも、そんな人生を歩んだがゆえの教訓がある。かつて、俺を拾ってくれた両親のことを受け入れようとしなかった結果、本当に手に入れたかったものを失う羽目になった。その後悔を胸に生き永らえたものの、最終的になんの希望も得られないまま命を落としてしまった。
「るいとしては、それでも肉親だし、簡単に捨てられるものじゃないんだろう。だけど、そうやって我慢した結果、無理になって助けを求めることになったわけだ。それ自体、とても勇気が必要だったと思う。そして、その行動は、決しておまえのワガママなんかじゃない」
もしかしたら、ここに来るための費用をこっそり親から盗み取ったのかもしれない。迷いに迷ってたどりついて、それでも家の前に立ち尽くして、これまで会ったこともない人に助けてほしいなんて図々しいことを言っていいのかとためらって、最後の最後、ようやく俺に助けを求めることができた。
あとは、俺がその手を引いて、さらにその先のよりよい未来に導いてやるだけだ。
「……」
るいは、俺の話を聞きながら、ずっと悩んでいる様子だった。しばらく沈黙がつづいた。
俺は、なにも言うことなく、るいの言葉を待つ。
やがて、るいは膝のうえに置いた手を握った。
「……やっぱり、すごいです」
なんのことかわからず、「ん?」と訊き返すとるいはつづけた。
「あたしの考えていること、なんでもわかっちゃう」
「いや、だから、別にわからないって」
あくまで俺の経験則に沿って話をしているだけだ。そう感じるということは、結局俺たちは似た者同士ということになる。
血のつながりがあるからなのか、お互いひどい目に遭わされているからなのか謎だけど。
「駅で困ってたときも、あたしの気持ちがわかるみたいに来てくれた」
「たまたまだ。というかあんなふうに逃げられたらさすがに気になるだろ……」
あのとき目を輝かせていたのは、せんべいのことだけじゃなかったのかとどうでもいいことを考えた。
俺は言う。
「おまえは、俺がこの家の本当の子供じゃないことを理解しているんだろ。まぁ、俺にもいろいろあるわけだ。一応、実の兄になるわけだから、好きなように話せばいい」
ようやく、るいはうなずいた。
ゆっくりと時間が動いているのを感じる。大きく息を吐いた俺は、暑さが残る部屋のなかで少し体の力を抜いた。
とにもかくにも、なにがあったのかを教えてもらわないことにはどうしようもない。話したくないこともあるかもしれないけど、聞き出せるだけ聞き出しておかないと後悔する状況に陥る可能性もある。
「……もう一回訊く。いったい、どんな目に逢っていたんだ?」
そして、ぽつりぽつりと、るいは話しはじめた。




