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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
第一章 小学生編 -夏-
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第二話 小学校

 どうやら、今は七月になったばかりのようである。もはや小学校のカリキュラムを忘れていたが、「連絡帳とかあったなぁ」とか「朝の会って言うんだっけ」と懐かしいことばかりだ。


 ちなみに、どのクラスなのか、下駄箱がどこなのか全然わからなかったので、教室に行くまで非常に苦労した。結局、先生らしき人物に声をかけてなんとかしたが、この世界に生息している彼らはNPCのようなものなのだろうか。


 ――俺、そういえばほとんど友達いなかったなぁ……。


 イジメられたり、からかわれることもなかったものの、クラスメイトが遊んでいるなかで、俺はやる気なく突っ立っているタイプだった。誰かと仲良くなることに心理的抵抗があって、一人でいることを選んでいた。


 窓際の席に座りながら、俺は教室の雰囲気を眺めた。


 当たり前だが、みんな子供だ。当時はそう思わなかったけれど、びっくりするくらい体が小さい。机も椅子も低いし、教室は驚くほどこぢんまりとしている。


 そして、斜め後ろの席に歌島生美が座っている。


「……」


 この教室の誰しもに、輝かしい未来があっただろう。少なくとも、俺なんかよりも幸せな人生を歩めたのではないだろうか。ただ一人、彼女――歌島を除いて。


 もしも、ここが天国ならば俺と同じように意識を持ってこの場にいるのかもしれない。


「なぁ。ちょっといいか?」


 休み時間、俺は思い切って声をかけてみることにした。しかし、反応がなく、まだノートにペンを走らせている。


「おまえだ、おまえ。聞こえてるか?」


 そこでようやくペンが止まり、顔があがった。


 今の俺は小学生の体格だが、中身は薄汚れた大人である。子供と相対していると、やっぱり違和感がある。子供と接するような人生を歩んでこなかったので、どのような言葉遣いをすればいいのかわからない。


「歌島生美。俺のことはわかるか?」


 普段、気軽に話すような仲ではないからか、戸惑っている様子だった。あんまり周囲を気にしていなかったが、他の生徒たちも俺のことを不思議そうに見ている。NPCなんかではなく、本当に意識を持って行動しているかのようだ。


「俺は誰だ?」


 すると、歌島はおそるおそるという感じで答えた。


「山村、明人くん……」

「そうだ。ところで、今は何年の何月何日だ?」

「一九九六年の七月二日」


 俺が小学校のときの日時として矛盾していない。かなりしっかりと作りこまれている。


「1足す1は?」

「2だけど……」

「じゃあ、6分の1割る2分の1は?」

「……よくわかんない」


 今の俺たちは小学四年生という設定なので、分数の割り算がわからないことは整合性のとれた話である。この子はちゃんと死んだときのままの状態なのではないかという気がした。


 なにせ、小学五年生に上がるより前に死んでしまうから、分数の割り算を習ったことは一度もなかったはずなのである。


 この子には、この子なりの人生が存在したはずで、死にさえしなければ俺よりもいい人生を歩むことができただろう。


「記憶はどうなってるんだ? どこまで覚えている……?」


 独り言のような俺の言葉に、歌島が体を小さくした。俺が怖いのかもしれない。


「この先、どうなるかわかる? それとも、今の段階までのことしかわからない?」

「……この先って」

「将来のことだよ」


 ますます俺の言葉の意味がわからなくなったようだ。となると、やはり自分が死んだときの記憶は持っていないらしい。俺と同じように、死んだときの状態から陸続きでこの世界にいるわけではないのだから、彼女もまたNPCのような存在なのかもしれなかった。


「そんなの、わかんないよ」

「……そうだな。残念なことさえ起きなければ、そうだったはずだな」


 あくまで俺のために作られた天国だとすると、気を使っていても仕方ないのかもしれない。


 俺は、歌島の頬を指でつまんでみた。


「ふ、ふぁに?」

「感触自体も、やっぱり人間のソレなんだよなぁ。反応とか見ても、すごく精度が高い」

「ふぁなしてよぉ……」

「痛い?」

「いふぁいって、言ってるよぉ」


 頬の弾力を楽しんでから手を離した。自分が触ったことのないものについてまで、それらしい感触が用意されている。四畳半の部屋で死に瀕していた記憶がなければ、現実世界のものと信じていたことだろう。


「おまえは、将来、なにになりたかったんだ?」

「……なんでそんなこと教えなくちゃいけないの?」

「別に教えたくないならそれでもいい。なんとなく気になっただけだから」


 生きてさえいれば叶えられた夢だったのかもしれない。今の歌島がNPCだとしても、悲惨な死を迎えたという点でシンパシーを感じていた。


「ケーキ屋さん……」


 やがて、俺以外には聞こえないくらいの小さな声でそうつぶやいた。胸の内に秘めて、人に話したことはあまりなかったのか、耳が少し赤くなっていた。


「そうか。なれるといいな。素敵な夢だと思うよ」


 俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべて、首を傾けながらうなずいた。

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