第二十八話 トランプ
まずはババ抜きだ。ジョーカーを一枚だけにしてシャッフルし、三人に配る。すでにペアになったものを中央に置き、始めるときには俺が十枚、歌島が九枚、るいが八枚となっていた。
「やれやれ。ババ抜きなんて久しぶりだ」
中学校の修学旅行のときから、特にやったことはなかった。あくまでるいを楽しませるために遊ぶので、勝敗にはこだわらない。歌島は俺の札を引き、るいが歌島からカードをもらい、その次に、俺がるいの手札をとる。淡々とそれを繰り返すだけの作業だけど、誰がジョーカーを持っているのか、それがどこにあるのかという心理戦もある。
「あがった……」
歌島の手札がゼロになった。残っているのは俺とるいだけである。俺の手札にジョーカーはないので、るいがそれを持っていることになる。というか、最後に歌島から引いたカードがどうもジョーカーだったみたいだ。
――表情に出すぎなんだよな……。
るいは明らかに心理戦に向いていない。引いた瞬間に口が丸く開き、瞬きのスピードが速くなった。るいの手札は二枚であり、俺は残り一枚。ここから先は、いかに二分の一を引き当てるかというゲームだ。
後ろ手でかきまぜたあと、俺の前に手札をかざす。なぜか片方だけ上に突き出ていて、もう片方が奥に引っ込んでいる。よくやる手だよな、と思いつつ、俺は目立っているほうに手を伸ばした。
「……え?」
予想外だったのか、るいが声を漏らす。どうせ、ジョーカーを前に出していると見せかけて奥のほうがジョーカーだろうと思ったが、やはりそうだったみたいだ。
カードをつかむと、るいの視線が右往左往する。
――はぁ、しょうがない。
俺は、仕方なく奥のほうをとった。るいの表情が、一気に明るくなる。
「やった!」
さすがにここで勝つのは気が引ける。あくまでるいのためにやっていることだし、大人しく引っかかってやろう。
「まあ、こんなの運だからな。とりあえずもう一回だ」
カードを集め直して、シャッフルする。
二回目のババ抜きでは、るいが先に上がり、俺と歌島が残る形となった。残念ながら、俺の手札にジョーカーがあるという状況だ。
二枚のトランプを歌島の前に出す。るいのように小細工はせず、同じように見せる。
歌島は、数秒程度迷ったあと、右側のトランプをとった。
「……」
残念ながらそれはジョーカーだ。歌島は二枚のトランプをかき混ぜてから床に置いた。
「わたしもどっちかわかんない」
「表情から読みとらせないということか、なるほど」
俺は右側のトランプをとった。すぐにその中身をチェックする。
「ちっ……」
二回連続でお互いにジョーカーを引いたということになる。同じようにかきまぜてから歌島にカードをとらせたが、今度はジョーカーを引いてもらえず、あえなく二連敗となった。
「ふぅ。こんなので運を使うのももったいないからな」
「あ、悔しそう……」
「悔しい? そんなわけないだろ。それより、もう一回やるか」
「……素直じゃないなぁ」
るいは俺たちのやりとりを聞きながら、始終ニコニコしていた。楽しんでもらえたようならなによりだと思った。
そのあと三回つづけてババ抜きをやったが、一回も一位で上がることはできなかった。
「じゃ、大富豪にするか」
「諦めた……」
「ババ抜きより実力が出るからな。残念だが、おまえらの快進撃は終わりだ」
ただ、大富豪の場合、ルールをどうするか決める必要がある。ローカルルールが多すぎるので、共通認識を確認しなければならない。
るいの知っているルールを確認し、「ジョーカー上がりなし、階段・革命あり、8切り、11バック、スぺ3返しあり」とすることに決めた。ごちゃごちゃ他のルールを足すと混乱してしまうので、シンプルなのが一番である。
ジョーカー一枚のままトランプを三人に配ったところ、奇跡的に俺の手札にジョーカーが来た。おかげで階段革命が可能になる。
――さすがに、るいに遠慮せず一回くらい勝っておくか。
ババ抜きも、最初の一回以外は特に気を使っていなかったのだけど、もしかしたら無意識に手を抜いてしまったかもしれない。
まとめて出せない札を出しつくしたところで、俺は2を繰り出した。返す札もないため場が流れる。そして俺はジョーカー、5、6、7の階段革命をする。あとは、3を出してから残り二枚の5をまとめて置けば勝てる。
この革命を返すには、3、4、5、6を出すしかない。そんなものがあるわけないと流そうとしたところで、るいがぽんと四枚を置いた。
「……ん?」
見るとそれは、ハートの3、4、5、6であった。
「マジか……」
るいは、ふふんと胸を張っている。歌島にはそれ以上返す札がないようなので、革命返しがきれいに決まってしまった。
「じゃ、あたしの番です」
よく考えれば、三人しかいないのだからこういうことも起こりうる。もっと警戒しておくべきだったということだろう。
俺の手札には、3が一枚と5が二枚。11バック以外では勝てないような状況だった。
そして、なすすべなく俺はぼろ負けしたのだった。




