第二十五話 写真
「でも、それって確かな話なの?」
「それについては謝らないといけない。るいちゃん、ごめんね。勝手にリュックのなかを見てしまった」
「別にいいです」
百瀬るいは、口の端にせんべいのカスをつけながらそう答えた。
シャワーを浴びたあと、替えの下着はどうしたのだろうと思っていたが、リュックのなかに替えがあったのかもしれない、なんてどうでもいいことを考えた。
父さんがつづける。
「それで、るいちゃん。アルバムを一つ持ってきていたね。そこに、あの妹の姿が映っていたから確信できた」
あのリュックにはそんなものも入っていたのか……。
なんとなく、そのことからも百瀬るいの覚悟が伝わってくる。もう二度と戻らないつもりで家を出たのかもしれない。だから、思い出の詰まったアルバムを入れて、今まで行ったことのない親戚の家まで一人でやってきた……。
――クズが。
一瞬、頭のなかが黒いものに包まれた。すぐに黒いものが晴れ、目前の現実に視界が戻る。
ダメだ。過去のことを考えてはいけない。今は、この子のことに集中しなければ。
母さんが、俺のほうを見て言った。
「明人、ごめんね。あまり聞かせたい話じゃないからどうしようかと思ったんだけど」
「俺のことはどうでもいいよ。今さらだし。とりあえず、事情は理解できた」
深夜のことを思い出す。百瀬るいは泣きそうな表情を浮かべて、家を見上げていた。どんな気持ちだったのだろう。せっかく一人でやってきたにもかかわらず、インターホンを押す勇気などなかった。俺に話しかけられても、逃げることしかできなかった。
もしも、生前の人生において同様のことがあったとしたら、俺も両親もその存在に気づくことはなかったということになる。結局、一度も俺たちに声をかけられず、警察に保護されるしかなかったのではないか。
いったい、そのあとどうなったのだろう。警察に保護されたら、親元に帰された可能性が高い。この子の事情は解決されないまま、苦しい未来を迎えていたのかもしれない。
――駅員に告げた嘘が、まさか本当になるなんてな。
あのとき、駅員が警察を呼ぶ前に割って入ったことで変動した未来にいる。なにがいい選択なのかわからないし、俺が声をかけたことで悪い未来につながる可能性もある。でも、袖をつかむ手を見て、それを振りほどくなんてこと俺にはできなかった。
「さすがに帰すわけにはいかないでしょ。もちろん簡単じゃないのはわかってるけど」
「明人ならそう言うと思っていた。正直なところ、俺も同意見だ」
ここで守らなければ、以前の人生と同じ未来を歩ませてしまう。それがどんな未来かわからないけど、こうやって巡り会ったことがただの偶然だとは思えなかった。
「親戚なんだ。親戚だから、来た姪っ子を受け入れただけということで押し通す。幸いなことに、今の学校はお休みだ。時間はいくらでもある」
どうやら、俺に話すより前に覚悟を決めていたらしい。玄関付近で母さんと父さんは、そのことをずっと話していたのかもしれない。
俺はうなずいた。
「異論はない。もともとここに連れてきたのは俺なんだから」
「じゃあ、決まりだ」
こういうときに、子供としての自分が恨めしい。俺にできることはほとんどない。
百瀬るいは、とんとん拍子で話が進んでいくのに驚いている様子だった。
「……いいんですか?」
俺と両親は顔を見合わせて、同時にうなずいてみせた。
こうなったら、やることはいくらでもある。実の親との交渉は父さんに任せるしかないのだけど、一時的だとしても家に泊めるには準備が必要だ。
結局、父さんは午後から仕事に行かなければならず、昼前には家を出た。母さんと百瀬るいは、いろんなものをそろえるために買い物に行くことになった。俺だけ留守番である。
といっても、なにもしないというわけじゃない。
二階に、普段は物置同然で使用していない部屋がある。その部屋の整理を任された。
ネット通販で買ったけど使わなかったマッサージ機、壊れてしまったストーブ、カメラ用の三脚などが置かれている。一つ一つを外に運び出して、一階のリビングまで持っていく。
「ふぅ……」
一時間ほど体を動かしていたら疲れてきてしまった。休もうと思ったそのとき、ふと玄関前に置かれたままになっていたリュックが視界に入った。
急に俺のなかにある衝動が生まれる。誰もいないはずなのに、つい周囲を見渡してしまう。
――いけない。でも……。
勝手に体が動く、俺はそのリュックのファスナーを開いた。そして、つい、父さんの話していたアルバムを探してしまう。
すぐにそれは見つかった。
――あった。
二十センチ四方のアルバムだ。こんなのがあるくらいだから、初めはうまく行っていたのかもしれないなんてことを考えた。
アルバムを開く。そして、ぺらぺらめくっていくうちに、俺はそれを見つけた。
記憶からほとんど失われていた実母の顔がそこにあった。
「……」
こんな顔だったのか、という驚きがあった。それを見たからと言って、なにか自分のなかで変化があったわけじゃない。ただそれでも俺はその顔から視線を外すことができなかった。




