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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
第二章 高校生編 -夏-
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第二十三話 名前

 しかし、非常に困ったことにゆっくり話せる場所がない。外は雨が降っているし、どこかの店に入ろうにも朝ゆえに開店前である。話をするには他人に聞かれない場所を選ぶ必要があるのだけど、ほとんどが封じられてしまっている状態だ。


「……いや。いや、でも」


 一つの傘で、女の子と俺の両方を雨から守っている。はたからこの状況を見たら、かなり怪しい状況なのではないだろうか。しかも、中に入っているのが総計四十を超えたおっさんなので、つい必要以上に周囲を警戒してしまう。


 はっきり言って、もう選択肢は一つしかないのだけど、それはある意味でもっとも最悪だ。


 俺の服の裾をつかんでいる女の子が、不思議そうに見上げている。


「どこに行くのです?」

「……ごめん。ちょっと待ってくれるか?」


 覚悟を決めるべきなのか。いや、リスクが大きいのではないか。はたしてそこまでしないといけないことなのだろうか。


「……君は、もともとうちに用があったの?」


 そう、連れて行くなら俺の家しかない。だが、それはもはや誘拐になってしまう。いったん話を聞くだけ、なんて言い訳が通用するほど世の中は甘くない。


 幸いなことに、雨ゆえ、外にいる人の数は少ない。その状況を目撃されず、話を聞いたあとに然るべき対処をすれば問題にはならないだろうか……。


 女の子は、少しずつ見えてきたうちの屋根を見たあとうなずいた。


「ここに住んでいるって教えてもらったので……」

「え?」


 予想外の返答に、俺のぐじぐじした思考が止まった。教えてもらったから? 意味が分からず呆然としてしまう。


 女の子の背負うリュックは、傘で守り切れずに濡れてしまっている。親にも話していないのだとしたら、一人で荷物をまとめたということになる。そのうえで、わざわざ、俺の家のある場所を調べていた……?


「どういうこと? 君はいったい……?」


 言いづらいのか、女の子はそこで口を閉ざしてしまう。


 もともとうちに来ようとしていたのなら、俺はその案内をしてあげただけで連れてきたということにはならないだろうか。そんなことを考えながら雨のなかを進み、家に戻ってきた。


 ――両親にどう話そう。


 俺は、玄関のドアを開けた。


 三和土には、父さんの靴が残っている。まだリビングのなかにいるようだ。


「待ってて」


 女の子を玄関に残したままリビングに入った。食事中の父さんと母さんに近づく。


「あの、ちょっといいかな?」


 そこで俺は話した。女の子を拾ってきたこと。どうやら、うちに用事があるようで、一人でここまでやってきていたこと。


 父さんが、置いていたメガネをかけながら言った。


「もしかして、昨日言っていた?」

「うん」


 父さんも母さんも戸惑いながら、すでに玄関にいる女の子の元まで向かっていく。


 女の子は、緊張した様子でスカートの裾を握っている。髪やリュックから染みこんでいた雨粒が間断的に落ちていた。家のなかで改めて女の子の姿を見ると、その異様さがわかった。


 着ている水色のTシャツは、伸びてしまったせいか左右の長さが一致しない。また、女の子の肌が少し青白くなっている。心配になってしまうような出で立ちだった。


 母さんも父さんも、その様子に言葉を失っていた。


「明人、タオル」


 俺は急いで洗面所の引き出しを開けて渡す。母さんは、受け取ったタオルで女の子の顔についている雨粒をぬぐいはじめた。父さんは、重たそうなリュックを背中から外してやり、玄関横の壁にそれを置いてあげていた。


 二人とも、やはりこういうのは放っておけない性格らしい。かつて俺を助けてくれたのも、そういう性格だったからなんだろう。


「大丈夫? 寒くない?」


 母さんが尋ねると、緊張していた様子だった女の子は急にぽろぽろと涙をこぼしはじめた。


 タオルを持っている母さんの手が止まる。


 涙がとめどなくあふれている。声を出さず、汗のように流れる涙を、女の子はただただ袖で拭いていた。


 父さんと母さんが顔を見合わせる。当然のことながら、父さんも母さんもこの子のことを知らないらしい。それでも、今はこの子が泣き止むのを待つしかなかった。


 やがて、女の子の涙が止まる。それから、真っ赤になった目で俺たちを見た。


「ごめんなさい……」


 なにに対する謝罪なのかわからない。実際に何歳なのかわからないが、年齢の割にしっかりしている印象を受ける。


 母さんが優しく微笑みかけながら尋ねる。


「よかったら、名前を教えてくれる?」


 すると、女の子は一度口を閉ざし、覚悟を決めたように息を吐いてから言った。


「あたしは、百瀬るいっていいます」


 名前を聞いてもまったくなにもわからない。しかし、心のどこかでこの女の子が自分と関係のある存在なのではないかという気がしていた。


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