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【完結】犬死にした俺は、過去に戻ってやり直す  作者: Pのりお
第二章 高校生編 -夏-
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第二十二話 雨

 朝。女の子を探すため、起きてすぐに家の周囲を探していた俺は、苦労もなくその女の子を見つけることになった。


 どんよりした空から雨が降っている。手に持った傘に雨粒が弾ける音が絶え間なく聞こえている。


 寝る前まで特に雨の予兆はなかったのに、起きたころには強い雨が降っていた。普段は午前九時くらいまで寝ているのだけど、雨音がうるさくて七時くらいに自然と目が覚めた。


 両親には買いたいものがあると嘘をついて、朝ご飯を食べることなく家を出た。昨日の女の子の姿が脳裏に焼きついて離れず、いてもたってもいられなくなってしまった。


 あの女の子は傘を持っていなかったから、もし建物内にいないのであればどこかで雨宿りしなければならない。


 そんな考えのもと、雨宿りできそうな場所を探しているうちに女の子を発見した。


 駅舎のなかだった。改札前の小さなベンチに腰かけている。深夜に見たときと同じリュックサックを背負いながら、足をぶらぶらさせて降り注ぐ雨を眺めていた。


 電車に乗るのなら、改札を抜けてホームに入ればいい。それをしない以上、行き先もなく雨をやり過ごしているだけなんだろう。


 俺は、意を決して女の子に声をかけた。


「ちょっといいかな?」


 怖がらせないように腰をかがめた。この雨のなかを逃げることはないと思うが、念のため、退路をふさぐような位置に陣取った。


 女の子は、俺を見て、驚いたように「え?」と声を漏らす。


 逃げるそぶりはない。傘の骨が女の子に当たりそうだったので、バンドで傘を縛った。


「一人? お父さんやお母さんとは一緒にいないの?」


 しっかり寝ていないのか目が少し充血している。あのあと、野宿でもしていたのだろうか。


「一人、です」

「服や髪が少し濡れているよ。傘は持っていない?」


 女の子は下を向いた。両手をスカートのうえに置き、ぎゅっと握りしめてから首を振った。


「……君は、夜、家の前にいた子だよね?」


 そう声をかけると、俺のことを覚えているのか素直にうなずいていた。


「どうして、あんな時間にあの場所に……?」


 その質問に、女の子は言葉を返さなかった。微動だにせずうつむいている。


 さて、どうしたものか。この子からは普通じゃない雰囲気を感じる。


 俺が次にかける言葉を探していると、女の子は、言葉を足元に投げかけるように言った。


「もしかして、ケーサツの人に言いますか?」

「……」


 その表情から、そうしてほしくはないという感情が読み取れた。


 俺は、答えに窮してしまう。実際、それが一番正しい判断だと言える。でも、本当にそれでいいのかよくわからなかった。


 目を合わせようとしない女の子に、柔らかく語りかける。


「……してほしくないなら、しないよ。俺は、夜のことが気になってここまで来たんだ」


 背中に負われているリュックから察するに、誰にも言わず一人で来たのかもしれない。家出ということだろうか。


「困っていることがあるなら聞くよ。そのあとのことは、聞いてから考える」

「その……」


 女の子がなにか言葉を紡ごうとした矢先、後ろから駅員らしき人が近づいてきた。


 俺は立ちあがって、駅員のほうを向く。


「この子の知り合い? 早朝からずっといて、気になっていたんだよね」


 四十代くらいの優しそうなおじさんだ。俺と女の子を交互に見ている。どうやら、おじさんも女の子に声をかけたが、あまり返事をしてくれなかったらしい。そして、警察の人を呼ぼうか迷っていたところに俺が現れたという。


 どう取り繕うべきか迷っていると、女の子が俺の服の袖をつかんだ。


 小さな手だ。握る力も、想像以上に弱い。


 振りほどこうと思えば振りほどける。だけど、そんなことをする気にはならなかった。


 女の子の行為に切実な感情を感じ取った俺は、おじさんに言った。


「……親戚の子で、着いたばかりで迷子になってしまったみたいなんです」

「そうなんだ。それならよかったよ」


 おじさんは、俺の肩をポンポンと叩いて駅員室に引き返した。ベンチのまえには、俺と女の子だけが残された。


「……」


 嘘をついてしまったが、これでよかったのだろうか。女の子の手は、変わらず俺の袖を握っている。うつむいていたままの女の子から、かすかな吐息だけが俺の耳に聞こえていた。


 しゃがんで、袖をつかむ女の子の手に俺の手を重ねる。その手はとても冷たかった。


「さっき、なにを言おうとしていたの?」


 女の子がようやく顔を上げた。その目には涙が浮かんでいる。


 やはり女の子の様子は普通じゃない。なにか事情を抱えているのかもしれない。


 黙って話すのを待っていると、やがて女の子が言った。


「助けて、お兄ちゃん」


 かすれたような声だったが、はっきりと俺の耳に届いた。


 ざあざあと雨が降りつづけている。夏の真っただ中なのに、体が冷えてしまう。湿った空気のなかで、俺は迷いながらも「わかった」とうなずいていた。


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