第十八話 カラオケ
俺は、背もたれに寄りかかりながら大きく息を吐く。
携帯電話だけでなくカラオケボックスも、俺が死んだころよりしょぼくなっている。タッチパネル式で曲選択できず、分厚い本から曲を探し出して、番号を入力しなければならない。細かいところで技術は進歩してきたんだなぁと改めて思う。
また、俺にとっては曲探しも大変で。知っている曲のほとんどがまだ発売されていない。もともと、音楽を嗜むような人生を送ってこなかったからレパートリーが非常に狭く、だいたいいつも同じ曲を選択する羽目になる。
「おぉ、浜崎あゆみか……」
歌島の選択した曲が画面に表示された。ああ、めちゃくちゃ流行っていた気がする……。
当時の俺は、例のごとく一匹狼を貫いていたけれど、あまりにもあちこちで流れていたから聞いたことのある曲が多い。
「そういえば、おまえとカラオケに来ることはあんまりなかった気がするな」
森口が、本で曲を探しながら話しかけてきた。俺はうなずく。
「小学校も中学校も近場で、しかも、遊ぶところなんかないから仕方ない」
「結局、誰かの家に行くか、ゲーセンに行くくらいだったもんな」
「高校に上がってからもお互いに忙しかったから、一緒に遊ぶこと自体が久しぶりかも」
さらに言えば、俺はカラオケにあまり行ったことがない。前の人生では、一緒に行くような友達がいなかったし、今の人生でも数えるほどしかやっていない。
話している間にも、歌島の声が響く。歌島の歌唱力は可もなく不可もなくといったところであり、そういう意味では名前負けしている。
歌島のあとに森口がマイクを持った。どうやらラルクアンシエルの曲にしたようだ。
腹立つことに、森口は歌が非常にうまかった。高音パートを難なくこなすし、基本的に音程を外さない。
森口が歌い終わると、俺と歌島はつい拍手をしてしまった。
「照れるな。さ、次は山村だ」
マイクを渡された。あんまり人前で歌うことがないから恥ずかしいという気持ちがあった。動揺を見せないようにしながら画面のほうを向く。そのとき、曲名を見た森口が言う。
「へー、ポルノグラフィティ好きなんだ」
音楽をあまり聴かない俺が知っている数少ない曲の一つである。母さんがボーカルの岡野のファンなので、自然と俺の耳にもなじんでしまった。
画面に歌詞が表示され、俺の口がマイクに近づき、声が発せられたとき、なぜか後ろの二人の動きが硬直するのがわかった。
――なんだ? まあいいか。
俺は気にせず、歌に没頭する。曲は何度も聞いたから、最初から最後までどういうリズムで進行していくのか知っている。とりあえずそのリズムに合わせて歌うだけだ。
前の人生では理解していなかったけど、歌って大きな声を出すのは気持ちがいい。あっというまに曲の最後まで歌いきり、俺はマイクを置いた。
演奏が終了して、静まり返ったカラオケボックスのなかで、俺はふぅと息を吐き、椅子に腰かけた。が、全然次の曲を入れる気配がないので、左右に座る二人を見る。
まず、左に座る歌島は、ぼーっとしたように口をぽかんと開けていた。俺と目が合うと、なにも言わずに視線を逸らす。
また、右に座る森口は両手で顔を覆っている。肩を揺らしているから、どうやら笑っているらしいとわかった。
――なんだ?
俺が怪訝に思っていると、やがて森口が肩を叩いた。
「おまえ、音程って知ってる?」
……どうやら、俺の歌は下手くそだったらしい。
それから一時間後。俺の歌の下手さに興をそがれたのか、カラオケをつづける雰囲気ではなくなってしまった。気づけば、誰もマイクを手に取らず、ジュースを飲みながら話すだけだ。
せっかくなので、以前に歌島に話したことを森口にも言ってみる。
「海?」
俺はうなずく。
「せっかく近くに海があるんだから、行ってみたいよなって」
小さいころから、海を眺めるのは好きだった。地平線の果てまでつづくその巨大さに、自分の心が凪いでいくのを感じた。
時間があるときに一度近くを歩いたことがあるが、景色の綺麗なところだった。かつて経験したものとは別種の潮の香りが心地よかった。
「もちろん混むだろうけど、海の家とか屋台もあるらしいし、楽しいんじゃないかと思う」
「確かにいいな。サッカーの練習がないときなら、俺はいつでも」
「わかった。他にも誘うかもしれないから、またあとで連絡するよ」
夏休みは、いろいろな面でお金が入用になるかもしれない。短期でアルバイトをしておいたほうがいいかもな、と俺は思った。
ちなみに、その日の夜、自室のなかでこっそり歌の練習をしたのは言うまでもない。