第十三話 日常
俺たちの通っている私立高校の生徒数は多い。一学年に三百人くらいいるので、以前に歌島に冗談めいて話した「友達100人計画」も不可能ではない。もっとも、そんな労力を割くくらいなら勉強したり、部活に精を出したりしたほうがマシだ。
俺の所属するテニス部の朝練が終わり、1年D組の教室に入ると、すでにほとんどの生徒が集まっていた。あと三分ほどでSHRが開始するようだ。
「山村」
廊下に出ていた男子生徒が、俺を見つけるや教室に戻って話しかけてきた。
さっぱりとした短髪に、端正な顔立ち。その手に持ったものを視界に収めたところで、俺は彼の用事を理解した。
「もうそれ読み終わったのか、森口」
「ああ。面白かったぜ」
文庫本サイズの小説を手渡される。表紙には、「アクロイド殺し」と記載されていた。言わずと知れた、アガサクリスティの名作ミステリである。個人的にアガサクリスティのファンであるため、著作のほとんどを所有している。それを森口に貸していたのだ。
「確かに、今でも語り継がれるだけはあるな。今度、またなにか貸してくれよ」
「そうだな。まさかこんなに早いとは思わなかったから、今日は持ってこられなかった」
「いいって。じゃ」
そう言って、爽やかに去っていく。
森口もまた、小学生のときからの付き合いだが、親しみやすい雰囲気は変わっていない。見た目はだいぶ大人びて、消しピンで遊んでいたころと比べて落ち着いたが、森口との交友関係も変わらずにつづいていた。
――ほんとに、いいやつだよな。
初めて小学生に戻った日、なんとなく話しかけただけの相手だったが、こんなにも長続きするとは考えてもいなかった。この高校は、住んでいた近辺ではもっとも偏差値が高いところだから、優秀な成績の森口も、俺や歌島と同じように受験していたわけである。
SHRが終わったあと、一時限目が始まるまでの休み時間で英単語の勉強をする。
家のなかで勉強するより、学校のなかのほうが集中できる。一週間ほどあとに期末テストが控えているので手を抜くことはできなかった。
……もともと、俺はこんなに勉強熱心な人間ではなかった。
以前の人生では、努力や自己研鑽と無縁だった。だが、過去を変えられると知り、もう二度と後悔するような道を歩まないと決めた以上、できることはすべてしたいと思っていた。
だから、歌島を助けた日から俺は全力で生きることにした。
努力の甲斐あって、今では常にいい成績をとれるようになった。きちんと将来設計をして、十分な収入を得られる職に就くことができれば、両親に恩返しができるようになる。死ぬ前の人生と今の人生を合わせて四十年以上の月日を経験しているのに、ずっと両親の庇護のもとで生きている。そのことに焦りがあった。
昼休み、森口と一緒に食堂に行ったときに言われた。
「おまえは、ずっとなにかに追われているみたいだよな」
ラーメンをすする手が止まる。森口は、白い歯を見せながら笑っている。
「気楽に生きていないっていうか、やっぱり昔から変わってる」
「……別に、俺は負けず嫌いなだけだ」
小さいころからの付き合いだから、俺のことをよく知っている。小学生のときも「年上みたいに感じる」と言っていたし、勘が鋭いのだろう。
「それに、俺だけが変わっているみたいな言い方は心外だな。おまえはおまえで、どれだけ女をはべらせてるんだかな。今年は、サッカー部のマネージャー候補がたくさんいるって聞いたことがあるぞ」
「あれは困るよね。正直、多すぎて練習の邪魔なんだ」
「お、言うじゃねえか」
「実際、他の部員からはクレームが出ているんだよ。夏休みには言わないといけないかな」
「女泣かせだねぇ……」
元ジュニアユースで、顔も整っているから森口はやたらとモテる。今も食堂にいる女子生徒からの視線を感じる。
「それを山村に言われたくはないけどな」
俺は、その言葉の意味を理解しながらも聞き流した。
テスト期間が近いこともあり、今日の午後練習を最後にテニス部の活動が休止する。練習が終わったときには午後六時になっていた。部員と雑談をしながら帰り支度を済ませて正門の前に向かうと、そこには一人の女子生徒の姿があった。
歌島だ。
夕焼けに染まった空の下でぽつんと佇んでいる。吹奏楽部に入っているから、歌島も練習後なのだろう。
正門に近づく俺に気がつくと、歌島が駆け寄ってくる。テニス部の同級生たちは気を使って「じゃ」とその場で別れてくれた。
「はいこれ」
歌島が、コンビニのシールつきのスポーツ飲料を手渡す。受け取りながら俺は言う。
「ありがとう」
「お金はいいよ。今度勉強教えてもらうための前払いだから」
「そういうことね、はいはい」
駅に向かって歩き出す。勉強や部活で毎日忙しいけれど、充実した毎日だと思う。
ストック尽きてます。毎日投稿(一日一回or二回)をしばらく続ける予定なので、応援していただけると嬉しいです。




