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ドラッグ・オン・フェアリーテイル【overdose】〜絶海の殺戮饗宴〜  作者: 山下愁
パーティー準備:招待状の送り先にはご用心
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【前編】

『本日【OD】が事件を起こしました』


『本日【OD】が事件を起こしました』


『本日【OD】が事件を起こしました』



 とある高層ビルの最上階。

 広々とした部屋に設置された数え切れないほどのラジオやテレビから、同じような音声が流れてくる。そのどれもがニュース番組を流しており、高さや大きさなどが全く違う声がぶつかり合って同じ文言をなぞる。


 繰り返し、繰り返し、繰り返し。



『本日【OD】が事件を起こしました』


『本日【OD】が事件を起こしました』


『本日【OD】が事件を起こしました』



 部屋に置かれたラジオやテレビの音声に耳を傾けているのは、着物を身につけた老爺である。

 威厳を漂わせる顔立ちには白い髭と年季の入った皺が刻まれ、落ち着いた色合いの着物がよく似合う。節くれだった指先が立派な執務机をリズミカルに叩き、テレビやラジオから流れるニュース番組を静かに聞き入っていた。その姿勢はまるで、荘厳なオーケストラを鑑賞しているかのようだ。


 何度目か分からない『本日【OD】が事件を起こしました』という文言を聞いたところで、ようやく老爺は閉じていた瞼を持ち上げる。



「来たか」


「はい、つい先程」



 老爺の視線の先には、年若い男が封筒を小脇に立っていた。


 年齢は20代後半から30代前半程度といったところだろうか。濃紺のスーツを着崩すことなく着用した姿は、彼の性格を示しているようだ。黒い髪を整髪剤で固め、黒縁眼鏡の向こう側では黒曜石を想起させる瞳が輝く。

 磨き抜かれた革靴でラジオやテレビが設置された床を踏み、今もなおニュース原稿を読み上げている機械の群れを蹴倒すことなく器用に避けながら、男は老爺の目の前まで辿り着いた。それから、小脇に抱えていた封筒を差し出す。



「こちらがパーティの招待客になります」


「ほう」



 封筒から紙束を取り出した老爺は、



「随分と多いな」


「会長は『目につく連中を片っ端から』と仰いましたので」


「重畳」



 紙束を執務机に放り出して、老爺は薄く笑う。



「招待状は?」


「全ての招待客に送付済みです。最後のお2人だけは、私が迎えにいく手筈となっております」


「最後」


「ええ、最後」



 年若い男は机に投げ出された紙束を視線だけで示し、



「ご覧になれば分かるかと」


「…………」



 老爺は紙束を拾い上げ、最終ページを捲る。


 そこに添付されていたのは、2人組の写真だった。

 片方は金髪碧眼で背の高い男、もう片方は黒いレインコートを身につけた青年である。1人は目立たない出立ちだが、青年の格好がやけに目立つ。異様なのは2人揃ってカメラ目線であることだ。どちらも、この写真撮影に気づいた様子である。



「ユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオか」


「日本にやってくるとの情報が入りまして」


「なるほど、面白そうだ」



 老爺は紙束を指先で叩き、



「丁重にもてなしてやれ」


「かしこまりました」



 年若い男は恭しげに頭を下げると、そのまま数分前と同じようにラジオやテレビの群れを器用に避けながら部屋を去る。「失礼します」という言葉がニュース原稿を読み上げるアナウンサーの声と混ざった。


 老爺は再び瞳を閉じる。ふかふかの椅子に深く腰掛け、ラジオやテレビが流している音声に意識を集中させた。

 何度も聞こえる『本日【OD】が事件を起こしました』という言葉。うんざりするほど同じ言葉が聞こえなくなる日は、果たしてやってくるだろうか。



「ああ、もうすぐだ」



 老爺は薄く笑う。

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