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第61話 人形の野心〜侍従長〜(中)

わたしが姫様にお会いしたのは姫様が二才の時、国王マドルクに命じられ王妃のご機嫌伺いのついでに様子を見るだけのつもりだった。


両親から疎まれた可哀想な銀髪の姫、その認識しかなかった。

姫様に会うまでは───


初めて見た姫様は部屋の隅でボサボサの髪のまま泣いていた。


周りに侍女や乳母もおらず放置されている状況に驚いた。


嫡流の王女が捨てられた孤児のようだった。


わたしは姫様を怖がらせないようゆっくり近付き声をかけた。


「ユーリアシェ姫様、どうされました?」


⋯なんとも間抜けな問いかけだ。

幼児が泣くのは何かを訴えたいからなのに。


わたしは寡夫で子供もおらず幼児の扱いに慣れていなかった。


姫様もわたしを見てから更に体を部屋の隅に押し付け震えて大きな青い瞳から涙がとめどなく流れている。


その姿に早く涙を止めなければあの綺麗な青い瞳まで溶けて流れるような気がして必死に話しかけた。


「ユーリアシェ姫様、何かして欲しいことはありませんかっ!

あ、それともお腹がすいていますか?

どこか痛いのでしょうか?」


手を無意味に振りながら引き攣った笑顔の中年男に驚いたのか、姫様の涙が止まり大きな瞳を更に見開いてわたしを見た。


その顔を見て我に返りわたしは恥ずかしさに顔が真っ赤になった。


⋯とりあえず涙が止まったので恥をかいた甲斐があったと思おう。


姫様はキョトンとしたお顔でわたしを見ていたが、また悲しそうな顔をしたので泣かせるまいと羞恥心を脇に置き、道化師のように大仰な動作で話した。


「ユーリアシェ姫様、わたしはお父上から言われてご挨拶に参りました。

⋯ですから、その~⋯

また参りますね!」


駄目だ!

わたしには幼児の知識が圧倒的に足りない。

あのキョトンとしたお顔が何を意味するか全く解らない!


わたしは幼児の扱いを学んでから仕切り直ししようと戦略的撤退を選んだ(逃げた)


陛下には姫様の現状をお伝えしたが興味の無い様子で生返事をされるだけだった。


自分の娘が泣いていると聞かされても何とも思わないのだろうか?


王城の図書室で育児本を読みながら何ともいえない苦い気持ちになった。


「侍従長補佐殿が育児本を読むとは明日は雨かな?」

「苦虫を噛み潰したような表情をしているとは珍しい光景ですな。」


目立たないように奥まった場所に居たのに同僚達に見つかり囃し立てられた。


珍しいと言われても仕方ない。

普段のわたしは喜怒哀楽が乏しいらしく関心事など無いと思われている。


「隠し子でもできたのか?」


同僚の1人が馬鹿な発言をと呆れたが四十路近い男が育児本を読むならそう思われるかーーー


しかし今はどう思われても知識を仕入れなければ姫様と会話ができない!


わたしは恥を忍んで幼児の扱いについて聞いてみた。


だが周りは男ばかりで役に立たず子持ちの城勤めの女性を紹介してもらい、流行りの菓子で釣り幼児の情報を貰った。


そして王妃宮にご機嫌伺いの後、姫様に会いに行った。


今日は泣いておられなかったが部屋で1人ボーッと外を見ておられた。


客室を姫様の部屋にしたのか遊ぶ物もなく、子供用のベッドすらない。


「姫様~、こんにちは。」


簡単な言葉で明るめに。

なるべく目線を合わせて。


こちらを見た姫様はまたキョトンとしていたが、気にしては駄目だ。


わたしに慣れて貰うために少しずつ距離を縮めていった。


何度か通うとキョトン顔が笑顔になった時はあまりの可愛らしさに内心で悶えた程だ。


そして姫様が2才児にしては言葉や動きがなかった理由も、他者との触れ合いが無いからだと判明した。


3才までは色んな経験から表現を急速に学ぶが姫様には経験値がなかった。


今からでは遅いかもしれないがわたしは言葉や遊びなどを姫様に教えていき、会う度に銀の髪を梳いて整えた。


そして姫様も嫌がらず楽しそうに言葉や遊びを学び、感情表現も豊かになりわたしに懐いて下さった。


「じい」と初めて呼ばれた時は感動に打ち震え涙が止まらなかった。


今まで感じたことの無い愛おしさが日に日に膨らんでいき、姫様の成長をお側で感じるのが生き甲斐になっていった。


この王妃宮の奥まった場所はほとんど誰も来ない場所なのも都合が良かった。


姫様に少しでも好意や同情を持った侍女は王妃が辞めさせており、わたしも見つかれば王妃宮を立入禁止にされる。


今の世話係は最低限の世話しかしないが、わたしの存在に気づいても見て見ぬふりをしてくれている。


そのおかげで3年間王妃に悟られず姫様と過ごせた。


その幸せが壊れたのは姫様が5才の時。


王妃の指示で宮を移す為に侍女がいきなり部屋に入ってきて、わたしの存在もバレてしまった。


侍女は姫様にここから出ていくからわたしにはもう会えないと言い、それを聞いた姫様が火がついたように泣き出した。


わたしはその言葉を放った侍女を心の中で罵りながら姫様を宥めている最中に、王妃が部屋まで来て姫様を叩き罵倒した。


わたしは王妃を落ち着かせなければと間に割って入り跪いた。


「王妃陛下、わたしの勝手な行いで陛下の気分を害してしまい、謝罪の言葉もありません。

国王陛下にわたしの罪を告白し罰を受けます。」


姫様の意思に関係なくわたしの独断だと含ませたが、王妃はわかっていて歪んだ笑みを浮かべた。


「臣下の愚行は上の者が責任を取るべきよ。

鞭を持ってきなさい!」


ーーー何を言っているんだ、この女は。


たった5才の子に責任?


王妃を見て愕然とした。


憎い敵を甚振る愉悦の表情。


我が子を見る表情(かお)ではなかった。


本能的に姫様が殺されると思い、小さな体を抱き抱え両耳を塞いだ。


「じい、じい、こわいよぉ!」


姫様は叩かれた頬を赤く腫らしわたしに必死に抱きついてきた。


「姫様、大丈夫ですぞ。落ち着いて目を閉じていて下さい。」


努めて優しく小声で伝えたが姫様の震えは止まらなかった。


王妃は侍女が持ってきた鞭をわたしの背中に向けて何度も振るった。


一振ごとに背に焼けるような痛みが走る。


血が飛び散り王妃の金切り声が響き、姫様の耳を塞いでも聞こえているのだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい!

おねがいだからじいをたたかないでっ。

ごめんなさいっ!!」


「姫様、目を閉じるのです!」


恐慌状態の姫様にわたしの声は届かず、王妃に只管謝り続けた。


「お前が悪い子だからこの者は処刑されるのよ!」


王妃は鞭を止めて大声で姫様を傷つける言葉を浴びせた。


「しょけい?」


「処刑もわからないの?

この男の首を切ってしまうのよ。

お前が悪い子だから。

お前のせいでこの男は死ぬのよ!」


正気とは思えないその発言に姫様は耐えられず気絶した。


「姫様!」


真っ青な顔色の姫様はまるで死人のようだった。


わたしは怒りのあまり背中の痛みも忘れ王妃を睨みつけた。



「ご自身の娘にあまりに(むご)いなさり様です。

それでも母親ですか?!」


「王妃であるわたくしによくも無礼なっ!」


王妃?無礼?

お前が姫様に言った事はなんだ?


人としての発言か?


「無礼だからなんだと言うのです?

貴女がした蛮行はそんなものを超えるでしょうね。」


「なっ──」


少しは冷静になったのか手に着いた血を見、周りを見渡して急いで鞭を手放した。


「わたくしのせいじゃないわ。

そう、この子が反抗するから躾をしたのよ!」


その言葉に鼻で笑ってしまった。


「ではそう仰せになればよろしい。

皆が納得してくれるかわかりませんが。」


王妃は部屋の惨状から納得などしないと分かったのだろう、口を閉じわたしを睨んだ。


いくら王妃宮の奥まった部屋での暴行でも、侍女達がこれ程集まって見聞きしている。


人の口に戸は立てられない。


血が流れ過ぎて意識が薄れそうになるが、姫様をここには置いておけない。


姫様を抱き部屋から出ようとしたら王妃が叫んだ。


「どこに行く?!

その娘は置いていきなさい!」


「ここに置いていけば姫様のお命が危ないでしょう。

安全な所までお連れ致します。」


「わたくしはそれの母親よ!」


「母親は我が子をそれ(・・)などと呼びません!」


痛みと貧血でふらつきそうになるが、王妃から離れなければ本当に姫様のお命が危ない。


気力を振り絞り部屋から出た。


王妃宮の玄関に辿り着くと門衛がわたしに気付き駆け寄って来る。


「な、何があったのですか?!」


門衛ならば王妃ではなく国王に仕えている意識があるだろうと国王に伝言を頼んだ。


「王妃陛下がユーリアシェ殿下に暴力を振るった。

殿下の安全を確保し国王陛下に伝えてくれ。」


姫様に興味がなくとも体裁のために保護してくれるだろう。


最後の気力を振り絞り姫様を門衛に託して意識が闇に落ちた。

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