第58話 歪んだ愛〜ランセルド〜(前)
ランセルドのお話です。
ちょっと、いや、大分イッちゃってる話なので苦手な方は閉じてください。
ドンと来いな勇者様はそのまま下にスクロールして下さりませ~
ランセルドは筆頭公爵アイシェバール家当主ナミル・フォン・アイシェバールとナミルの二番目の正妻との間に三男として生まれた。
父ナミルと二番目の兄は南にある海に面したアイシェバール領で領地経営をし、母と一番目の兄とランセルドは王都の公爵邸に住んでいたので、ランセルドはほとんど父と会わずに育った。
母は貧乏伯爵家の四女で実家の援助と王都の公爵邸で好きに過ごせる代わりに父に一切干渉しない条件で嫁いだ。
母はランセルドを愛してくれたし父とは会えないが、年の離れた一番目の異母兄が父替わりに構ってくれたので寂しいとは思わなかった。
8才の時に領地にいるナミルから第一王女ユーリアシェのお披露目パーティで王女のエスコートをするよう手紙が来た。
祖父が先々代の王弟で第一王女と年が近かったせいでランセルドに白羽の矢が立った。
面倒だとは思ったが父の命令に背くほどでもないと受け入れた。
お披露目パーティで初めてユーリアシェ第一王女を見て雷に打たれたような衝撃を受けた。
美しい銀髪をハーフアップにし不安そうに潤んだロイヤルブルーの瞳で第一王女はランセルドを見上げていた。
「ユーリアシェ殿下にご挨拶申し上げます。アイシェバール公爵が三男ランセルドと申します。本日のお披露目のエスコートをお許し頂けますか?」
型通りの挨拶をし笑顔で手を差し出す。
「リグスタ第一王女ユーリアシェと申します。
アイシェバール公爵のご子息様にエスコートして頂き嬉しく思います。」
頬をバラ色に染め紅を塗らずとも赤い小さな唇から紡がれる声は透明な湖を思わせる程清らかだった。
手袋ごしではあるが己の手にユーリアシェの小さな手が重なった時、心臓がドクドクと身体中に鳴り響いた。
パーティの広間に入ると突き刺さるような視線が集まった。
好意的とは言い難い視線に体を震わせたユーリアシェの手を強く握るとランセルドの方を見て顔中真っ赤にしてはにかむユーリアシェを抱きしめたくなる衝動に耐えながら国王の元までエスコートする。
「国王陛下、王妃陛下にご挨拶申し上げます。
本日はわたくしのお披露目を設けて頂き感謝致します。
王族の一員として国の為にこの身を捧げる所存に御座います。」
5才とは思えない口上に驚いたが国王の「ああ。」の一言しか返さぬ冷淡さや王妃の冷ややかな目の方に驚愕する。
ユーリアシェは冷たい両親の反応に涙を零さぬように瞳を大きく開いて下がった。
ランセルドが会場の隅に連れていきハンカチを目元に置いた。
「姫、ご立派でございました。」
笑顔で伝えるとユーリアシェが微笑んだ拍子に瞳から雫が落ちハンカチに涙が吸い込まれる。
ランセルドは再び抱きしめたい衝動に駆られた。
それからランセルドはパーティが終わるまで料理を取り分けたり飲み物を手渡したりと甲斐甲斐しく世話をした。
パーティが終了し邸に戻ってもユーリアシェの涙が忘れられなかった。
(あの方の涙をもっと見てみたい。)
美しい透明な雫が薔薇色の頬を伝うのを、笑顔だけでなく全ての表情を自分に向けてくれたらーーー
ランセルドはユーリアシェの涙を吸ったハンカチに頬ずりしながら夢想しうっとりと微笑んだ。
それから王城でユーリアシェとすれ違ったり練武場で稽古をしていると見学に来て挨拶をされた。
己への好意を隠さず頬を染めるユーリアシェの姿に優越感を抱いた。
それが王城で孤立している寂しさからただ一人優しくしてくれるランセルドに縋っているだけだとしてもーーー
ユーリアシェが10才になり専属護衛を決める時の為に選ばれるように昼夜修行に勤しんだが国王は専属をつけなかった。
そして第二王女が10才の誕生日にリーシェが自分を選んだ時はアイシェバール領に行き公爵ナミルにリーシェではなくユーリアシェの専属護衛騎士になりたいと必死に頼み込んだ。
その頼みをナミルは切って捨てる。
「国王は第一王女に専属を付けるつもりはない。
お前は第二王女の婚約者候補としても選ばれている。大人しく第二王女の騎士となれ。」
その言葉にランセルドは絶句した。
第一王女、王太女となるかもしれないユーリアシェに専属護衛騎士が付かないなどありえない。
高位貴族ですら専属護衛騎士がいるのに。
しかもアイシェバールから候補だとしても憎悪している王家に息子を差し出すなどーー。
父ナミルの姉が先代国王の王太子時代の幼い頃からの婚約者であったのに子爵令嬢を選び捨てられた経緯があり、王家とは確執があった。
婚約者であったアイシェバール公爵令嬢はそのせいで心を壊し、今もアイシェバール本邸で結婚せずにひっそりと過ごしていると聞いている。
先代アイシェバール公爵は死ぬまで王家を呪い、現アイシェバール公爵であるナミルは王都にはほとんど出てこない。
下に付いている家門も領地だけを守り王城で誰も役職に就いていなかった。
筆頭公爵であるアイシェバールが王都に影響を及ぼしていないせいで第一王女の婚約者の実家であるアラミス公爵家が王城で幅を利かせているが、ナミルは好きにさせていた。
ランセルドも成人したら領地に戻ることになっている。
王都に嫡男である一番目の兄がいるのは王家に対しての最低限の義理を果たす為と母が王都から離れないから。
王城の重鎮は先代の横暴でアイシェバールから距離を置かれたのを気にして第二王女の婚約者にランセルドを持ってくることで和解したい思惑があり、アイシェバールは拒否したがしきれず候補とすることで妥協した。
「突っぱね続けるのも面倒でな。
そなたが嫌になればここに帰ってくればいい。
理由などなんとでもなる。」
「そうなったらこの国はアラミスが乗っ取るのでは?」
ずっと王都にいればアラミスの思惑は透けて見える。
犠牲になるのは王家だ。
「姉上を捨てた国などどうでもいい。」
吐き捨てる父の言葉にランセルドはその時がくれば父が国を捨てるつもりだと悟った。
ならばその時はユーリアシェを攫ってもいいのではないか?
アラミスが王家を簒奪すればユーリアシェは王女ではなくなる。
それならば自分が貰っても許される。
笑顔も可愛いが悲嘆にくれる顔も絶望に涙するユーリアシェも愛らしいに違いない。
仄暗い想いがランセルドの心を占めたーーー




