第57話 存在意義〜イルヴァン〜(後)
それが裏目に出たのを知ったのは3日後に父と共に謁見の間に呼び出された時だった。
謁見の間には国王、宰相、騎士団長の主だった重鎮が揃い、端には捕縛された者が何人もいた。
その者達を見た父の顔色が変わったのを目の端に捉え、何かが失敗したのを悟った。
宰相が私たちを呼んだ理由を説明する。
「定例会翌日の夜、領地に向かっていたスード一行を近衛騎士団に扮した輩が襲撃した。
スードの騎士と本物の近衛騎士団で捕縛したのだが、首謀者がアラミス家門のノリス・ドゥ・ウィグノー伯爵だったのだ。
しかもウィグノー伯爵はアラミス公爵、貴殿に頼まれたと言っている。」
私は反射的に父を見た。
ウィグノー伯爵は母の従兄弟だ。
あの中に居ればアラミス家門の受ける打撃は大きい。
しかもそれを父が頼んだとなれば·····
背中に嫌な汗が流れる。
「私が何を頼んだと?何も知りません。
我が家門からその様な愚か者が出たことは私の不徳の致すところですが·····」
父は片手で顔を覆い悲痛な声で言った。
近衛騎士団を勝手に名乗り東の辺境伯一行を襲ったとなれば死刑は確実だ。
「では近衛騎士団に扮してスードを襲ったのもユーリアシェ殿下を弑そうとしたのもウィグノー伯爵の独断だと?」
宰相が念を押すと、捕縛されたウィグノー伯爵が父に向かって叫んだ。
「アラミス公爵!貴方が定例会の夜に私を呼び言ったではないですか!
ユーリアシェ殿下がスードに行ってしまえば王都が危うくなると!!
そうなる前に阻止しなければならないと言ったから私はっっ!」
「リグスタ王国の公爵としてユーリアシェ殿下が王族から抜けスードに向かえば王都や王城が混乱するのを案じたまで。
阻止と言ったのは話し合いで王族に留まるように願おうという意味だ。」
父が決定的な発言をしていないようでホッとした。
だが宰相の追求は終わらなかった。
「アラミス公爵の言い分はわかった。
だが貴殿の言葉でアラミス家門の者がユーリアシェ殿下とスード一行を襲っている。
しかも近衛騎士団に扮して。
貴殿は家門の長として責任を取らねばならない。」
「私の望んだ事ではない。」
「だとしてもだ。
今回の件で既に奥方から爵位返上の話が出ている。
貴殿とも離縁したいと言ってきたがハスターバルが絡んでいる為に許されない。
なので貴殿の咎の連座を避ける為に奥方と御息女を西伯の預りとした。」
「なっ?!」
母上と妹を?!
何故そんな勝手な真似を!
「どういうつもりだ!
人の妻を他所の領地に預けるなど!!」
それまで黙ってやり取りを聞いていた国王が割って入った。
「アラミス公爵夫人から王家の命令で無理矢理縁付けられアラミス公爵家を乗っ取られた上にそなたの野心で自分や娘、領民をこれ以上犠牲にするのかと、それならば自分の命をやるから娘と領民は助けるように迫られたのだ。
離縁はさせんがそなたが家門を動かす事はもうできんぞ。
領地も代官を置き監視をつける。
そなたのあずかり知らぬ所で勝手な真似をする者がでんようにな。」
父がウィグノー伯爵を切って罪を逃れた代償は大きかった。
これでは今まで集めた勢力が一気に離れていく。
「貴族の特権にまで手を出すなどいくら国王陛下といえども許されませぬぞ!」
父の言葉に国王が自嘲した。
「許さぬならどうすると?
わしもそなたもユーリアシェを害した者として貴族から見放されておる。
どう足掻いても無駄だ。」
王家の求心力は定例会で王太女と婚約者の交代、ユーリアシェが王族から離籍する事態にまで発展したせいでなくなった。
アラミスも私がユーリアシェの婚約者であったから勢力を集められたが、国の為に王族を抜けたユーリアシェを襲ったのがアラミス家門、その件で母上や妹が私たちを捨てたと知られれば貴族全てから背を向けられる。
王家もアラミスも八方塞がりになった。
「イルヴァン、そなたはまだリーシェの婚約者だ。大人しくしていろ。用は済んだ、もう下がれ。」
生気のない国王の声に、これ以上何を言っても無駄だと知り父と謁見の間を後にした。
馬車の中では無言だった。
邸に着き父の執務室に入るといきなり殴られた。
「お前は何をやっていたんだ!
女1人を御せないでよくあんな茶番劇を演じようなどーーっ!
恥を知れ!!」
その茶番劇に一番乗り気だった男が喚く。
女1人を御せない?
よく言う、自分だって母上と妹に捨てられたくせに。
父と母の仲が冷えきっていたのは知っていたが己の命をかけてまで父と縁を切りたがっていたとは思わなかった。
いや、捨てられたのは私もか。
幼い頃から母とは数回会っただけだ。
私の教育は父が主導して行い、母が余計な事を吹き込まないように会うのを制限していた。
妹が居たなどリグスタに帰ってきて初めて知ったくらいだ。
母と妹に情はないがあちらもそうなのだろう。
捨てられて当たり前だ·····
「聞いているのか?!」
「はい、申し訳ありません。」
怒り狂う父に虚しさを抱えながら返事を返した。
「まだお前は第二王女の婚約者だ。
あの小娘ならお前の言うことは何でも聞くだろう。
機嫌を損なわんようにしておけ。」
話は終わったと言わんばかりに手を振られ、執務室をでた。
父はまだハスターバルとリグスタ両方の玉座を諦めていないのだろう。
妻子に捨てられ家門も動かせず王都の貴族達はリーシェを狙って私たちの敵に回るとしてもーーー
私とて今更後戻りはできない。
人生の全てを二つの玉座に捧げてきた。
私の存在価値がそれしかない事に虚しさがあってもーーー
それを手にできればこの虚しさも消えるはすだ。




