第56話 存在意義〜イルヴァン〜(前)
物心ついた時からアラミス公爵である父はいつも私に言い聞かせていた。
「お前はリグスタ王国第一王女の婚約者であり、ハスターバルの王位継承権を持っている。
いつかリグスタ、ハスターバル両王国の国王となるんだ。」
その為に生まれたとでもいうように何度も聞かされ、そうなるのが当然だと思っていた。
リグスタ王国では5才になると国内の貴族にお披露目され、その時に初めて一族として受け入れられる。
乳幼児の死亡率が高いので5才までは神の子とされる風習があるからだ。
私はお披露目の後すぐに父の母方の実家であるハスターバル王国のカラン侯爵家へ預けられた。
ハスターバル王国は父の異母兄が王太子で現国王にはこの王太子と父しか息子がいない。
そして現国王に兄弟がおらず妹が二人いるがハスターバルは女性の王位継承権を認めていない。
だからリグスタ王国に婿に行く父や私の継承権を取り上げるのは難しかったのだ。
20年前の流行病で国王と王太子が高熱を出した時に子種がなくなり子はできなくなった。
正妃の息子である王太子に子ができなければ側妃の子である父が王位継承権二位、私が三位のまま。
随分カラン侯爵側に都合が良い話だと思ったが、私が両王国の君主になれるなら些細な事だ。
。
大叔父に連れられ祖父のハスターバル国王に謁見の許可が出てハスターバルの貴族達の前で挨拶をした。
祖父王は私を孫として紹介したがハスターバルの王族としてでなく終始リグスタ王国のアラミス公爵子息として扱った。
警戒していると子供心にも感じたが、直系の子がいないのに無意味だと内心で滑稽に感じていた。
それから14年間をハスターバルで過ごし、カラン侯爵側の派閥を増やしていった。
ハスターバルの貴族も王家から次世代が生まれない事で継承権を持つ私に擦り寄る者もいたのでやり易かった。
カラン侯爵は私をハスターバル国王にし、自身の孫娘を王妃にするという野心があった。
私はカランの孫娘でもリグスタの第一王女でも情勢によりどちらかを王妃にし、余った方を側妃にすれば良いと考えていた。
ハスターバルの方は順調だったがリグスタ王国の攻略は上手くいっていなかった。
リグスタでは高位貴族達が牽制し合いハスターバル出身の父は大きく出れずにいるらしい。
婚姻の準備の為にリグスタ王国に帰国し王女達を紹介された。
婚約者であるユーリアシェは冴えた美しさがあったが、アラミスを警戒しているのか一線を引いていた。
妹のリーシェは私を見て頬を染めている。
私の容姿は貴族令嬢に受けがいい事はハスターバルで証明されていたが成人した王族がこれ程表情を取り繕えないとは·····
姉の婚約者に向けていい視線ではないが使えるなと思った。
それからユーリアシェと交流を持ってわかったが、彼女は私を婚約者として未来の王配として尊重しているが、国政に参与させる気はないようだ。
ユーリアシェは王太女としての実績があり、地方貴族の信頼を勝ち取っている。
片や私はハスターバルよりのリグスタ貴族と思われ、婚姻してもユーリアシェ相手では実権を握るのは難しいだろう。
鬱々としていたがリーシェが私に近づいてきた時に光明が見えた。
リーシェの前で婚約者に相手にされない風を装い少し寂しそうにしただけで姉の婚約者に愛を告げてきた。
周りは止める気配もなくリーシェとの浮気の件で国王に呼び出されても、リーシェが泣きつけば婚約者を替えるだけでなく王太女までリーシェにすると言う。
17の娘がアラミスの脅威を知っていて一国の王が分からないとは!
愚鈍過ぎる親娘に呆れとともにこれならリグスタを簡単に手にできると歓喜した。
リーシェが女王になれば私が実権を握れるし、雑事はユーリアシェにさせればいい。
ユーリアシェは今まで一度も両親に逆らった事がなく、妹にも甘いと報告されていたし私が見ていてもそう感じた。
大勢の貴族たちの前で王太女を外され婚約者を妹に替えられたら実績はあっても一介の王女でしかないユーリアシェは従うしかない。
毎月行われる定例会で婚約者、王太女交代を宣言する為に出席する貴族に根回しをした。
王都にいる貴族達はユーリアシェが王族として残るなら国王の不興を買ってまで反対はしなかった。
だが定例会当日、番狂わせがおきた。
今まで国王夫妻に唯唯諾諾と従い続けたユーリアシェが王族を抜けると言い出した。
そんな事になれば王都の貴族も黙っていない。
ユーリアシェが王族に残りリーシェを補佐するからこそ交代劇にも乗ったのだ。
皆リーシェに国を率いる能力がない、王族としても足りないと知っているのだから!
ユーリアシェの補佐がないリーシェの王配が私では反発を招くのは必至だ。
国王も私の失言でアラミスを警戒し始めた。
なんとか挽回しようとリーシェとユーリアシェを説得するがユーリアシェだけでなく東伯の息子カーティスにまで反論され拒絶された。
王女宮に戻るとリーシェが泣き崩れた。
「どうしてお姉様は助けてくれないの?
あんな意地悪を言うなんて!」
リーシェの言い分にユーリアシェやカーティスに苛立っていた私でさえ呆れた。
一体何を聞いていたのだろう。
後先考えずに姉の婚約者に愛を告白し、実力もない癖に王太女になろうとしたからだと言われただろう。
ユーリアシェを王族に残し利用するつもりだった私が言える事じゃないが、この女は思考能力や理解力がないのか?
だがこんな馬鹿な女でもリグスタ王家直系の血を引いている。
まだ私には必要だ。
「リーシェ殿下、貴女には私がいる。
どうかユーリアシェ殿下でなく私を頼りにして下さい。」
抱きしめて耳元で囁いてやれば涙が止まり頬を染めて私の背に手を回す。
単純で羨ましい。
今回の件は王城にいるアラミスの手の者が不測の事態に備えて王都の邸にいる父に報告しているだろう。
ユーリアシェがカーティスと共にスードへ戻る前に手を打ってくれるはずだ。
それが裏目に出たのを知ったのは3日後に父と共に謁見の間に呼び出された時だった。




