第55話 王妃の絶望
「ねえ、お母様。
気づかないのですか?
リーシェの丸い大きな眼も小さな口もすぐに泣く所も人の男を奪るのも、全てお祖母様そっくりなのですよ。」
定例会の日に娘に言われた言葉。
あの言葉がいつまでも絡みついて離れないーーー
王妃シルフィーラはリグスタ王国ヘンダー公爵の長女として生まれた。
両親から愛され公爵令嬢として何不自由なく過ごしていたが、14才で王命により当時王太子であったマドルクの婚約者に選ばれた事で状況が一変する。
王太子とはいえ生母は阿婆擦れと言われる子爵令嬢、一時は国王の子ではないと噂された男になど嫁ぎたくなかったし、なによりあの阿婆擦れを義母と呼びたくなかった。
しかし王命には逆らえず、王太子妃教育の為に王城に通いマドルクとも定期的に交流したが、マドルクは良くも悪くも凡人でシルフィーラが夢見た『理想の旦那様』ではなかった。
その上シルフィーラが妃教育で登城する度に王妃が絡んできては少しでも言い返すと泣きながら周りの男に訴え、頼られた男達はシルフィーラを悪者扱いした。
父ヘンダー公爵から国王に陳情しても相手にするなと言われ、マドルクは我関せず。
婚約解消も何度も頼んだが許されなかった。
国王が王太子時代に捨てた元婚約者が筆頭公爵アイシェバール家の令嬢で今も国王を憎み、高位貴族は問題だらけの王家に娘を嫁がせたくないと理由をつけて辞退した。
ヘンダー公爵も辞退したが王命を出され拒否できなくなったのだ。
(何故わたくしがこんな目にあわなければならないの?!)
ヘンダー公爵家に何の利もないどころかアイシェバール公爵家に睨まれ、シルフィーラも最初から望んでいなかったのにーー
婚約してからヘンダー公爵家は王家とアイシェバール公爵家の板挟みで公の場にあまり出る事はできず、シルフィーラは王城で孤立無援だった。
そんな悲惨な日々に終止符を打ったのが意外にも国王だった。
国王夫妻とマドルクと夕食を共にした時に国王が王妃に毒を盛り殺したのだ。
もちろんシルフィーラの為ではなく、王妃が不貞の末に身篭ったからだった。
毒により苦しんで動かなくなった王妃を残し国王が出ていった後、シルフィーラはテーブルに広がる銀の髪を無惨に切った。
(いつもいつも結いもせずに銀の髪を見せつけて鬱陶しかったのよ!)
この国で見かけない自慢の銀髪を切り刻んで床に投げ捨て、シルフィーラは笑いながら王太子を放って部屋を出た。
自邸に戻り父ヘンダー公爵に今日の事を告げると、ヘンダー公爵は難しい顔をして先の見通しがたつまでシルフィーラには身を慎むように注意した。
(確かに次の王妃によってはわたくしの立場もどうなるかわからない)
そんな心配をしていたが国王が後妻を娶ることなくシルフィーラが王太子妃になった半年後に病死した。
(病気だったなんて聞いてない!
暗殺されたの?わたくしも殺されるの?!)
明らかに病死ではないとわかっていたが、王城の医師は病死だと発表し、どの貴族からも異議は出なかった。
マドルクは実父が死んでも特に何も思っていない様子で、シルフィーラは一人恐怖に震えていた。
国葬で会った父ヘンダー公爵は苦しげな表情で囁いた。
「陛下が亡くなったのは自業自得だ。
あの方はお前の安全は保証して下さったから安心しなさい。
そしてこの話はもう誰にもしてはいけない!」
あの方が誰か薄々気づいたが、追求しなければ自身とこの腹に宿る子が脅かされる心配はない。
王妃になりなんの不安もなく出産したが、子の頭に白く光るものを見て発狂した。
(どうして?!あの女は死んだ筈なのに!
生き返ったというの?!)
まともに子を見る事もできず自室から遠い部屋に移した。
マドルクも出産で疲れた妻を労りにも生まれた子に会いにも来なかった。
ヘンダー公爵は生まれた赤子が王妃宮の隅に放置されているのを知り、シルフィーラを諌めようとしたが赤子の話をしようにもシルフィーラが泣き叫んでできず、せめて名前だけでもつけなければとユーリアシェと名づけた。
シルフィーラはユーリアシェを居ない者として扱い、リーシェが生まれた時は髪と瞳が自身と同じ色で喜びと愛おしさを感じた。
(この子なら愛せる。
わたくしと同じ瞳と髪だもの。
あの阿婆擦れとは違う。)
シルフィーラはユーリアシェが先代王妃に見えていたのだ。
暫く経つとユーリアシェが同じ宮にいるのが我慢できず凛星宮に移した。
後継者が賜る凛星宮ならユーリアシェを王妃宮から追い出したと見られない。
凛星宮に移したユーリアシェが馬鹿な真似をしないように定期的に侍女を入れ替え親しい者や味方ができないようにし、淑女教育に厳しい教師を何人もつけた。
国王も同じ考えだったようであらゆる教育を徹底的に学ばせた。
ユーリアシェは愚痴も反抗もせず受け入れ、公務も積極的に熟していった。
成長するにつれ王都以外でユーリアシェが賞賛され始め、リーシェはユーリアシェほどの評判がないことに苛立ちを覚えた。
(何故わたくしの子よりあんな女が賞賛されるの?!
皆あの女に騙されてる!!)
既にシルフィーラはユーリアシェを我が子だとは思っていなかった。
だからこそリーシェがイルヴァンと恋仲になったと聞いてリーシェこそがこの国の女王となるべきだと思い国王を説得した。
その全てが間違いだと知ったのはユーリアシェの最後の言葉だった。
髪の色に目隠しされたというのは言い訳にもならない。
(あの阿婆擦れとリーシェが同じモノだったなんて!)
今更気づいてもユーリアシェは去っていき、リーシェは次期女王として王城に居続ける。
あれほど厭い憎んだ女とそっくりな娘を今まで愛して育てていたなどシルフィーラには耐えられない事実だった。
シルフィーラは一番の愚か者が誰かを絶望の中で知った。




