第52話 己の価値
敵襲から仮眠と小休止しか取らず10日かかる道のりを5日でスード領に入った。
道中、傷を負った騎士らの手当てをさせてもらい、野営での手伝いも女性騎士に習った。
始めは王女ができる訳ないと邪魔者扱いだったが、必死に頼み込んで色々と教わり、料理も前世の知識で何とか食べられる物を作れた。
これまでと180度違う生活を体験し、王女でなくなった不自由さと開放感を同時に味わっていた。
スードの本邸まで残り1日の距離で、カーティスは別邸に泊まると言いだし、側近を残して解散した。
皆と別れる時、好意的、否定的と様々な視線に晒される。
それはユーリアシェの今の立場を如実に表していた。
王太女として皆の期待を背負っていたが今は王族ですらない。
今回の王家の醜聞を知っており、その血が流れている。
自身の不安定さを痛感するのに充分だった。
早朝の別邸の庭をユーリアシェは1人歩いていた。
昨夜は早めに就寝し、夜明け前に目覚めたので野性味溢れる庭でこれからの事をゆっくり考えたかったからだ。
遠くに騎士が立っていてこちらに気づいているが近づいてはこない。
楠に似たリーガという大木を見上げていたら、後ろから足音が聞こえてきた。
振り向くとカーティスが此方に向かって歩いて来るのが見えた。
「おはようユリィ。早いな。」
「おはようティス兄様、兄様もね。」
ユーリアシェは自分の笑顔が不自然に見えないように計算して表情を作った。
カーティスは作られた笑顔を見た後、リーガに視線を移した。
「この木を覚えているか。」
その問にユーリアシェは記憶にあるカーティス兄弟とのやり取りを思い出していた。
「ティス兄様とエリオルが登って行くからフィーが自分も登りたいって泣いて怒って大変だったのよ。」
あの後カーティスがフィルフェを背負って登ろうとしたら高くて怖いとまた大泣きしていた。
「フィーがあんまり泣くから倒れるんじゃないかって心配した。」
ユーリアシェは思い出して苦笑する。
「ユリィは登りたいとは言わなかったな。」
カーティスはユーリアシェに向き直った。
「私はもうそんな年じゃなかったし·····」
射抜くような視線に耐えられず顔を背けて言い訳する。
「あの時だけじゃない。ユリィが我儘を言ったのは初めての視察の時だけだ。」
あの時、帰りたくないと泣いてしまった。
「1年に数日しか会えない時も手紙でも、一度もしたい事も欲しいものも言わなかった。」
言ったところで困らせるだけだと知っているから。
それにーー
「スードではいつもしたい事をしたし、欲しいものを貰ってた。言う必要がなかったのよ。」
ユーリアシェが王女の仮面を脱げる唯一の場所だった。
手紙も視察や慰問先でしかやり取り出来なかったがそれだけで良かった。
「今回の件で王族を抜けると手紙に書かれているのを見て、スードに来る気になったのかと思ってた。」
ユーリアシェは己の価値ー王族の直系ーが諸刃の剣であるのを誰よりもわかっていた。
(私を囲えば王位を狙えるし、逆に一族を危うくする。
何方にも身を預けるべきじゃない)
「ティス兄様にスードに誘ってもらえて嬉しかった。自分の立場を忘れて甘えてしまった結果があの襲撃に繋がったのよ。
皆が軽傷で済んだのは奇跡だった。」
もし、死者が出ていたらきっと耐えられなかっただろう。
「じゃあ、ユリィはどうしたいんだ。」
「サクリファス聖国に行くわ。大巫女になる。」
サクリファス聖国は前世のバチカン市国のようなものだ。
どの国も手出しがしにくい。
そして女性は巫女として神に仕える事で聖国市民になれる。
寄進を多くすれば大巫女となり大神殿で生涯生活できるのだ。
そうすれば誰にも迷惑をかけずに生きていける。
読んで下さりありがとうございます
m(*_ _)m
残り1話で区切ります。




