第46話 混乱
侍従長が出ていき、すぐにカーティスが部屋に入ってきた。
ユーリアシェはぼうっとしたままカーティスに目を向ける。
「いつから居たの?」
「途中から」
「そう…」
「どうした?」
「侍従長の最後の顔、ハルシュで領主の執事をしていた人と同じだったの。」
カーティスは色の無い声で続けるユーリアシェの手をとる。
「その人も領主が悪事に手を染めていたのを止められなかったのを後悔してた。私が領主を断罪した後、あんな顔をしたの。
あの顔、昔見た·····」
後悔、愛惜、諦念。全てを自身の命で贖おうと覚悟した表情。
ユーリアシェはカーティスの服にしがみつく。
「ーっ、侍従長が死んだらどうしようっ!
私、覚悟なんか出来てなかった!
どうなってもいいなんて思ってたけど、違ってたっ!
受け止めるなんて無理だったの!!」
取り乱したユーリアシェにカーティスは驚く。
「落ち着け。
侍従長は死なない。
·····ちょっと待ってろっ!」
ユーリアシェにクッションを持たせて部屋を出ていく。
ユーリアシェはソファに顔を伏せて泣き続けた。
「姫様。私の小さな姫様。」
優しい手がユーリアシェの頭を撫でる。
懐かしい声と仕草にユーリアシェは泣き顔をあげる。
「そんなにお泣きになったら、お目目が溶けてしまいますぞ。」
宥める声音でいつもそう言って濡れた頬を拭いてくれた。
どうして忘れていたのだろう。
「じい!じいが死んじゃうの!リィが悪い子だからっ!
だからじいがっーー!!」
縋るように侍従長の胸に顔を埋める。
「姫様は誰よりも良い子です。
姫様が幸せになる迄、じいは死にませんぞ。」
「ホントに?
リィがおばあちゃんになってもいてくれる?」
「おばあちゃんまではちょっと·····」
「やだーーーっ!」
「ああ、姫様。私の小さな姫様!
どうか泣かないでくだされ。
おばあちゃんの手前まで頑張りますから!」
「ふっっ·····うくっ!」
「さ、泣き止んでじいと約束しましょう。」
約束する時は両手を繋いでお互いの目をみる。
昔から約束する時の決まり事。
「じいはちゃんと生きますから、姫様は幸せになるのです。」
「じい、じい!」
また泣き出したユーリアシェを優しく抱きしめ背中をゆっくりさする。
泣き疲れて糸が切れたように眠ったユーリアシェを寝室に運んだカーティスは、濡れたままの服で待っていた侍従長に問いかける。
「仕事は大丈夫なのか?」
「引き継ぎはしております。」
呼びに行った時、侍従に告げていたのはそれかと、抜かりない古狸をまじまじと見る。
「もしやと思いまして。」
何処までもすました顔で言ってきた。
カーティスはあんなユーリアシェは初めてで狼狽えたが、この老人は予測出来る程にユーリアシェを理解している。
カーティスは羨望の眼差しを老侍従長に向けた。




