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第6話

しっとりとした黒髪がとても艶やかで、肌は陶器のようになめらかだ。見る角度によって、肌がひそやかに、にぶく輝く。

そして、何よりも印象的なのはその両の目の力。圧倒的なパワーで私を圧倒する。なんとも形容し難い妖しい二つの光はまるで私の心の中までも見通すかのようだ。


こちらの魂までもむさぼり食らいそうな強烈な視線!


そのうえ、妖魚は全身から挑発的とも言える、においたつような色気をまきちらしていた。

私はその色気のような毒気に、あてられたのかもしれない。しばらくその嫣然たる姿に陶然として見とれていた。けれどそれは、次の瞬間には、一瞬で我にかえるほどの、ぞっとする笑みを見せたのだ!

美しいだけによけいに恐ろしい。全身に鳥肌が立つのが分かった。背なかを冷たい汗が落ちる。


金縛りにあったように、恐怖で呆然としていると、それはほふく前進をするような格好でずるずる音を立ててこちらへ近づいてくる。視線をこちらに見据えたまま、着実と近づいて来る!


こんな時なのに、どうしてか、妖魚が動くたびにのぞく胸の谷間が気になってしょうがない自分がいた。しょうもなさと、恐ろしさを同時に味わいながら、私は、慌ててドアを閉じる。すると、もの凄い力でドアが押された。しばらく、ドアを挟んで互いの力は拮抗していた。押し合いが続く。私は体重をかけて、押し続けた。


けれど、弄ばれていたのだろう。やがてもっとはるかに大きな力がいっきに押し寄せてきて私は後ろの壁にふっとばされた。


背なかと頭を打って少しくらくらしたところに、冷たいものが私の首にかかるのが分かった。気付くとすぐ目の前に、あの妖魚の顔が迫っていた。首にかかっていたのは妖魚の両手のようだった。手の指の間にあるひれのぬるぬるとした感触が首筋に伝わる。


ああ、私は、殺されるのだと冷静に考える。


すると、とうとつに首に込められていた力が解けた。


「お遊びはここまで。さっ。おしゃべりしましょう。」


どすの利いた声がした。まるで、酒焼けと煙草で痛めつけられた後のようなつぶれた声。

妖魚は四苦八苦しながら、また室内に戻ろうとしていた。はって、戻ろうと頑張っている姿はなんだかとても健気でこっけいだ。そして、かなり無様でもある。さきほどの、恐ろしさがうそみたいで私は思わず口元に軽い笑みができた。


「ちょっと、遊びすぎたみたい。疲れたわ。」


妖魚は私の勉強机にもたれて、肩で息をしている。私はとりあえず、自分のクッションを抱えて妖魚とは一定の距離を置いて座り込んだ。


「何から説明したらいいかしら。」


妖魚は首をかしげて言った。その動作のせいで黒髪が絹糸のようにさらさらと白い肌に揺れている。その流れを目で追いながら私は言った。


「とりあえず、自己紹介してくれたら助かるな。あなたは、先輩の金魚よね?」


私は率直に尋ねる。さんざん脅された後で、変に肝が据わってしまったようだ。


「そうよ、元はね。ローレライにだってなれるわよ?」


すると、妖魚はいとも簡単に今度は金髪碧眼の美女に姿を変えた。ただし、やはり人魚であることに変わりはなかった。

彼女は伸びをしながら今度は軽やかな美声で歌うように話しだす。


「どうやら、この姿が、本来の私の姿に近いみたい。体がとってもしっくりするもの。本当はあなたの体をいただきたかったんだけど。

まぁ失敗しちゃったものはしょうがないわね。これはこれで、まずまずだし。

だけどこの世界、とっても面白いわ。特に、あなた達の種族。ふふ。本能をどこに置き忘れて来たのかしら?

非常に興味深いわ。」


私の体、乗っ取るつもりだったの?


何気なく、人魚はさらっと恐ろしいことを言ってのける。

ローレライ。確か、その美しい歌声で舟人をラインの川底へ沈めてしまうという伝説の妖女。さきほどから、ひと癖ある美女にばっかりに変身するんだな。


今更身の危険を感じてもどうしようもないし、無難なところから話をつなげないと。

私は用心しながらきりだした。


「この世界って、言ったわね。あなたは違う世界から来たの?

あなたの名前はなんというの?」


「名前はナンバー千十二。」


ナンバー千十二。

あれ?どうしてだろ。聞き覚えがある。


「登録番号みたいなものかしら。私たちは一度にたくさん生まれるから、個体に名前をつけている暇なんてないのよ。こうして旅をできるのもほんの一握り。みんな生まれてすぐに、ほとんど狩られてしまうから。

こうして、あなたに出会えたのも奇跡だわ。」


そう言って、彼女はにこっとほほ笑んだ。私はその奇跡を喜ぶ気持ちにはとてもなれそうもないけれど…。


彼女は遠くを見て、つぶやく。遠い故郷に思いを馳せたのだろうか。


「そう、私は、違う世界で生まれたの。生まれてすぐ、心と体を切り離したからこうして、意識を飛ばしてここまでこられたのよ。」


「どうして、そうまでして旅をしているの?」


「私にとっては、生きる目的の為よ。あなたに説明するのは難しいかもしれない。さきほど得た知識で、知っているのよ。あなた達の種族が変わっていることを。」


「どこがあなた達とは違うの?それに、生きる目的って、何?そんなに明確にあるものなの?」


ローレライはふふっと優しく笑った。


「その発言そのものが、面白いわ。ありえないもの。

私たちの目的は子孫を残すこと。この世に自分の血を残すことよ。他の誰でもない私の血を、ね。

あなた達の社会は不思議ね。子を残すことが優先事項にならないなんて。それだけを目的に生きている私には、奇異でしょうがないわ。

子どもを産まない選択肢。そんなものがあるなんて、本当に驚き。」


「旅と、子孫を残すことがどう関わっているのかさっぱり分からないのだけど。」


「ああ、そうね。あなた達は同じ種族間でしか交配を行わないのだったわね。

私たちは違うの。異種の文明や文化、そして新しい知識を交配によって、取り込むの。そうして、進化しながら繁栄してきたのよ。

最初は自分の体で遠い場所を目指して泳いで行っていたのだけど、より遠くのより異なる種族を求めるあまりまたさらにどんどん遠くに旅をするようになって、生身の体で行ける限界を知ってしまったの。

そうして、体を捨てることを覚えたのね。

でも、あれは本当に嫌なものだわ。

だから、こうして久々に肉体に宿るのって、とっても快感。五感が目覚めるのってとっても新鮮ね。ずっと、六感だけの世界だったから。」


「よく、分らない。体を捨ててまで旅をすることが。

本能のままに生きているの?それって、どんな感じなのかしら。」


「分からない?ふふ。

常に己を支配している本能の欲求を感じないかしら?

進化・進化・進化!

体中が叫ぶのよ。新しいものを求めて。伴侶を求めて。文明を求めてね。」


「それじゃ、あなたはこの地球に生きる人間の文明を吸収する為にやって来たのね?」


質問ではなく、断定的に私は言った。

すると、意外にも人魚は首を横にふった。さも、面白いことを私が言ったような驚きに満ちた表情で。


「まさか!

でも、そうね。確かにここも面白いけれど。残念ながら、私の本能はここの種族・文明を求めてはいないわ。

私は、恋しい彼を追って来たの。私達と似たように精神体で旅をする、似て非なる珍しい種族の彼を。」


「彼?」


「ええ。出会ったのは偶然だった。彼も私も同じ天敵に狩られようとしていたから。

…違うわね。正確には私が狩られるはずだったの。突然彼が現れて助けてくれたのよ。素敵でしょ?

私たちは互いに強烈に惹かれあったわ。」


彼女の恋をするような夢見心地な表情が一転、険しい般若のような形相に変わった。彼女の拳が固く握りしめられる。


「…でも、彼逃げたのよ。私たちは結ばれる運命なのに。

それから、ずっと彼を追いかけているの。あきれるぐらい長い時をかけてね。

彼、この近くにいるはずなの。分かるの。だって、心がさっきからときめいてしょうがないもの。

探さなくちゃ!」


彼女は固く握った拳を激しく壁に打ち付けた。


ああ、止めて。我が家は安物資だから簡単に穴があくのよ。


彼女は思い出に浸っているのだろう。虚空を見つめて微動だにしなくなった。


ストーカーだわ。それも、かなり年季の入った。

どこの、誰だか知らないけれど、人助けをしたあげく追いかけまわされるなんて、災難だなぁ。


しみじみ、追いかけられている彼に同情していると、突然彼女は私に水を向ける。


「まぁ、そういうわけだから、これから宜しくね。」


何が宜しくなのか、本当のところよく理解できないけれど、私はただうなずくしかなかった。


なにはともあれ、その残念な彼には申し訳ないけれど、一刻も速く彼女につかまってもらって、彼女同様この星から去っていただくことにしなくては。



それから、宇宙外生命体との奇妙な共同生活が始まった。

彼女の名前が登録番号であるのは味気がないので、飼い主として、名前をつけてあげることにした。


「コスモスなんてどうかな?」


「コスモス。安直ね。どうせ、宇宙から来たからとかいうんでしょ。」


「あたり!でも、結構他にも意味があるんだよ。秩序を表す言葉でもあるし、花の名前でもあるし。いいじゃん。」


「…そうね。悪くないわ。」


そういうわけで、コスモスという名前がついた。彼女は相変わらず金魚や人魚に姿を変えていたが、基本金魚の姿であることのほうが多かった。人魚だと、動きを制限されるからだ。


一度どうして、二本脚の姿にならないのか聞いてみたことがある。すると、彼女は口を歪めてこう言った。


「脚を得る代わりに、声を失うのは嫌だから。」


彼女はアンデルセンの童話になぞらえてちょっと得意気に答えた。けれど、きっと単に完全に人間の姿に変身するのは無理なのだろうと思う。なにせ、元が金魚だからね。


でもふと考えた。上半身が魚で下半身が人間だとどうだろうかと。きっと変身可能なんじゃないだろうかと。…しかし、かなりおぞましい姿になるはずだ。あまりお目にかかりたいとも思わないので、今のところ提案するのは控えている。


彼女は、何も口にしない。

食事をとらなくても平気なのかと聞いた時、

「食事は一生に一度しかとらないの。今はまだその時じゃないのよ。」

と、何か含みのある言い方をした。

そして、時々何か言いたそうに私の胸のペンダントに目をやるのだ。私も、彼女がミキのペンダントを気にする理由を聞いてみたいと思っている。しかし、なぜか互いに話を切り出せずにいるのだった。

自称ペット?の居候が増えても特に大変なことはなかった。


「絶対に、私の家族に見つかっちゃだめだからね」という、私の最低限のお願いに彼女は忠実に従っていたし、学校についてくることもなかったから。


彼女は私のいない間はずっとパソコンとドッキングして情報収集に明け暮れているようだった。唯一難点といえば、ドッキングの際に相変わらず魚が焼けるいいにおいをさせることだ。私の家族はその度に鼻をくんくんさせて、不思議がる。その度に私は冷や冷やさせられる。


そうこうしているうちにあっと言う間に時は流れて、もう年の瀬がせまっていた。相変わらず、思い出したように雪がちらちら降っては、溶けて行く。今年も積もることはないのだろう。毎日、学校へ行って、帰って、そして、また学校へ行ってと、その繰り返し。


学校は変わってしまった。ミキが去り、先輩が去り、森田君が別人になった。

森田君。

友達だったのに。あの友達だった森田君ではなくなってしまった。

学校は楽しい場所ではなくなった。親友、初恋の人、友達を失った喪失感は、簡単にはぬぐいされるものではない。私だけどうしてここにいるんだろうと、自問自答を繰り返す。みんなは一体どこへ行ってしまったのだろうと。

機械的に毎日を繰り返す。余計なことを考えたくないので、家では机に向かう。おかげで成績が上がってしまった。


森田君。

彼はサッカー部を辞めたそうだ。あんなに楽しそうにサッカーをしていたのに。

別人なのだろうか、それともショックで人が変わってしまったのだろうか。


彼は、私がコスモスと出会った次の日から、私を無視するようになった。というより、誰とも交わらなくなった。明るい彼の周囲にはいつも誰かしら人が集まっていたのに。彼には友達がたくさんいた。けれど、今は一人で、誰とも口を聞かずひっそりと教室の隅にいる。周囲も彼をどう扱っていいのか分からずに、遠まきにしている。そうしてそのうちに、誰も彼のことを気にしなくなった。


私はというと、悪夢を見なくなった。今のところ安眠が続いている。


この毎日はなんだろう。輝いていたあの日々はどこに行ったのだろう。私は一人ぽつんと生きている。


ミキからもらったペンダントは肌身離さず持ち歩いていた。お風呂に入る時も、眠る時も。片時も離さずに。


冬休みに入ると、歌番組が増えた。それらを自分の部屋でコスモスとよく見た。その度にコスモスはローレライに変身して、舟人を惑わすというその美声で流行した曲をたくさん披露してくれた。彼女が歌えばどんな曲も心震えるほどの情感をひきおこす。私は感動して、よく泣いた。その日も、彼女の歌声に涙していたら、彼女はふと言葉をもらした。


「リサって、本当に共感力が高いのね。よく今まで無事に過ごせてきたものだわ。」


「それ、どういう意味?」


「そのままの意味だけど。感受性が強いって意味よ。」


それから、意地悪そうな顔になって言った。


「なんといっても、リサが特別なのは霊媒能力に優れていることだけれど。」


「霊媒能力?何それ。

…そうなの?」

「そうよ。だから、あなたの体に乗り移ろうと思ったんだもの。」


何気なく言われて、ドキっとした。今日はどうやらコスモスは核心的な話をするつもりのようだ。


「どうして、そうしなかったの。」


私は静かに聞いた。


「はじかれたのよ。あなたのつけているそのお守りにね。」


コスモスは、私の胸にあるペンダントを指差した。私は両手でそれを包む。


ミキ。ミキが守ってくれたんだ。


「どうして、今までそんなふうに無自覚に生きてこれたのかしら。こちらの言葉で一番しっくりするのは…そうね、『霊感』かしら。人間離れした圧倒的なその力をあなたは持っているのに。」


「そうかな。」


「そうよ。」


コスモスは片眉をあげて、意地悪そうに断定した。


「もしかして、まだ私の体を狙っているの?」

そう聞く、私の声はなさけないほどかすれていた。


「そうしたいのは、やまやまなんだけど、すっかりこの体に定着したから、もういいわ。

それに、私の姉妹はあなたを是が非でも守りたいみたいだし。」


「姉妹?」


「そうよ。そのお守りをあなたに授けた人物ね。あなたの胸にある青いもの。それね、『人魚の涙』って言われているものよ。

私も初めて見るわ。伝説だと思っていたから。

まさか、お目にかかれるなんて、ね。初めて目にした時は、本当に驚いたわ。」


「そんなに、凄いものなの?」


「そうよ。それは、人魚がその命の大半を削って生み出すものだから。

私たちは、基本自分の本能に忠実に生きているのを知っているわね?だから、他人のために、そんなものを生みだしたりしないのよ。

あなた、姉妹にとって、よっぽど大事な存在だったのね。」


ミキ。


…命の大半を削ったの?やっぱり、もうあなたはこの世に存在しないの?

私はぎゅっとペンダントを握りしめる。

その様子をじっと見ながら、コスモスは苦笑いをもらす。


「だけど、動機はあなたがただ大切な存在っていう、それだけの理由だけではないわね。その青の光からは、あなたに対する大きな執着を感じる。

きっと、姉妹もあなたの体をのっとりたかったんじゃないかしら。

でも、それができなかった。自分の手にできなかったものを、他の人魚になんて、絶対にとられたくないっていう思惑も無きにしもあらずってところかもしれないわね。」


私の表情に戸惑いをみてとったのだろう、人魚は続けてこう言った。


「まぁ、でも光栄に思うことだわ。あなたは彼女に、子を産む以外の別の感情を呼び起こさせたのだから。あなたに対する執着心。それもとてつもなく大きな。それをこちらの世界では、なんというのかしら。『友情』?それとも『恋』?

…そうね。どちらかというと『恋』の方がしっくりくるわね。

まぁ、その感情がなんであれ、彼女にとってあなたは大切な存在だったってことだけは間違っていないわ。」


私は、どきんとするのを感じた。コスモスがミキのことを過去形にして話したから。


「どうして、『だった』なんて話し方をするの?」


「何を今更。あなた知っているでしょ?彼女が子を産んだのを。」


「え?」


「彼女の子供、グロテスクな姿だったわね。愛がないからかしら。本当はあなたを食べたかったのだから、仕方ないことなのかしら。

でも、彼女どうかしているわ。どうして、本能に逆らってまであなたを生かしたかったのかしら。あなたを生かすためにあなたのそばに現れたあの異星人を仕方なく食べたんだわ。

本能とあなたへの愛と両方のおり合いをつける為に、ね。

それに、あなたがあの異星人に惹かれていたのも我慢ならなかったんじゃないかしら?

ふふふ。

ちょうど、私がこちらの世界に堕ちて来たのって彼女の交配のすぐ後だったみたいね。彼女、かなり動転していたわよ。その後、すぐに出産したでしょ?本来ならもっと時間をかけて育むべきところだったのに無理やり子をたたきおこして。ただでさえ、あなたの為に力を使って消耗していたはずだし子が生まれたのは奇跡だわ。まぁ、それどころじゃなかったのかもね。…あなたのことが心配で。」


「私が?」


「そうよ。だって、私があなたの体に目をつけるなんて言わずもがななことだから。

ふふふ。焦っていたわね。

おかげで、なんとも中途半端な王が生まれたものだわ。未完成品。欠陥物。

ふふふ。彼女、血迷ったわね。」


コスモスは私の悪夢を現実の世界のことのように平然と語った。それでも、あの悪夢が現実の出来事だということを信じたくなくて、私は聞いた。


「ねぇ。あの夢って本当だったの?」


「夢?さぁ、私たちは夢なんてみないから。

ああ、でもあなたは夢をみることで、出来事を把握しているのね。そう、夢なのね。

興味深いわ。私達とは別の感応方法。さっそく、その項目についてのデータの収集をしなくては。」


彼女はぽんっと、金魚に変身しパソコンを立ち上げている。


「ねぇ。どうして、ミキは私を食べたかったの?

どうして、先輩を食べたの?」


ドッキング体制に入っている彼女はやや不機嫌そうな声で答えた。


「…言ってなかったかしら。私たちの交配は相手を食べることなの。

それだけじゃないのよ。相手の魂までをも飲み干すの。そうして、すべての記憶を取り込む。究極の愛の形でしょ?

私たちにとっては一生に一度の食事よ。

分かった?もう、邪魔しないでね。」


私は無言で首を縦にふった。





王。未完成品。欠陥物。


コスモスが朗らかに語ったのはあの巨大な蜘蛛のことに違いない。ミキが生みだした怪物。私は、以前あれが襲ってくる夢を見ている。


コスモスの言うとおり私が夢を見ることで出来事を把握しているのなら、蜘蛛が襲ってくるのはこれから起こりうるまぎれもない現実ということになる。


私は焦った。ぎゅっと、ペンダントを握りしめる。


私は、コスモスを信頼していなかった。彼女が私の味方であるという確証がないからだ。コスモスはことの成り行き次第で、きっと簡単に私を見捨てるだろう。ドライに。


それで、以前見た夢の話、蜘蛛が襲ってくるという話を彼女にはしないでおいた。


その日珍しく私は夢を見た。コスモスとの出会った日の出来事だ。


炎を見つめるうちに、雰囲気を変えてゆく森田君がつぶやく。


「ナンバー千十二。」


私は、はっとして目を覚ます。


森田君はコスモスを知っている!


その日は久々、まんじりとして眠れなかった。一人、暗い部屋の中、朝が来るのを待っている。


私は、森田君と話をしないといけない!そう、強く決心する。


コスモスは眠らない。だから夢をみることはない。それで、夜は金魚の姿となってどこかへ泳いで行く。今も、彼女の姿はこの町のどこかにあるはずだ。


彼女は最初に出会った時に、私の感情の変化をオーラで見ることができると言った。私はこの決心を彼女にはどうしても知られたくなかったので、今彼女がそばにいないことに安堵を覚える。


初めて夜の散策に出かける時、彼女は意気揚揚とこんなふうに言っていた。


「探索よ!彼の気配を探してくるわ。


でも、彼こちらの存在に気付いているみたい。用心深く気配をそこらじゅうに分散させているわ。


ふふふ。無駄なことを。


時間の問題なのにね。焦らすなんて、ひどい人。」


けれど、探索は進んでいないようで、最近彼女に焦りの色が見受けられる。


私には予感があった。コスモスの探し人に対する。けれど、なるべく関わらないようにしていた。彼の身を案じたから。


でも、新たに生じた蜘蛛の問題がある。


そして、相談できるのは森田君その人しかいなかった。



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