一話
試しにかいてみますた
足はだんだんと重くなり、階段を駆け上がる速度は焦る気持ちと反比例に遅くなってゆく。
電車まであと10歩といったところだろうか。やっとのことで階段を駆け上り、締まり始めた電車の扉をくぐり抜ける。
今日もなんとか間に合ったようだ。電車がゆっくりと動き出した。肩で息をしながら座れる席はないものかと見渡すが、案の定席は満席で、席に座る人の列は永遠に続いているように見える。
電車窓からは墓石のようなビル群が青空を背景にして聳え立っているのが見える。
「間もなくー、....」電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえ、電車から降りる。
黒と灰色の人の波を泳ぎ、流されかけ、見馴れた扉をくぐり抜け、見馴れた廊下を歩き、見馴れたテーブルに座る。昔はここに座るとやる気が出てきたものだが、現在ではやる気が出るどころか、自分の中から魂が出てゆくような気がする。
そこから1時まで単調な作業をこなし、その後昼飯を食い、また仕事に戻る。
昼飯の時間になると、右隣の席の佐藤が話しかけてきた。「なぁ、駅隣りにまっちゃスイーツ専門店ができたらしいぞ!食べに行こうぜ!」
この男は食い物に目が無く、食い物のこととなるとこの男からは今まで史上最高の笑顔、無限のスタミナが湧き出てくるのだ。いつもは頬杖をつき、死んだ顔でキーボードを一本指で叩いているのにも関わらずだ。
一応、「昼飯にまっちゃスイーツはおかしくないか?しかも駅前だぞ?会社の食堂でいいだろう。」
と、反論してみるのだが、
「あえてだよ、あえて。」などという受答えになっていない返しが返ってきた。どうやらとにかくまっちゃスイーツ専門店に今行きたいらしい。
隣の席なので断って気まずくなるのもどうかと思い、ついていくことにした。しかし、このようなやりとりがそろそろ1000回目を迎えてもおかしくはなくなって来たので、上手いことわりかたを思いつきたいものだ。
下矢印のボタンを押し、佐藤とエレベーターを待っていると、 ピンポーン、と間延びした到着音と共にエレベーターの扉があいた。エレベーターに乗り込み、一階のフロアのボタンを押そうとして、ボタンを押そうとする指が一瞬止まった。
ーなにかおかしい。なんだ?ボタンが、なんだ?ー
数秒思考して気がついた。ビルの最上階、20階を示す「20」の数字のうえに「21」の数字が増えているのだ。これはどういう事だろうか。今朝は20までだったはずだ。こんな人がたくさんいる真昼に、誰もいない深夜に起こる幽霊がらみの事象が発生するわけはないのだ。もしや異世界に飛ばされたというのでもいうのだろうか?それとも誰かのいたずらだろうか?
佐藤はこのことに気づいていないらしく、
「どうした?固まっちゃって。まっちゃだけにってか!?」
と、この歳の人間が言わないようなギャグを飛ばしてきた。佐藤にこのことを言おうか迷ったが、おかしい人間だと思われたくはなかったので、とりあえず佐藤とまっちゃスイーツ専門店に向かうことにした。