こちら高難易度ダンジョン前の宿屋です!冒険者の彼が再び訪れてくれるのを何年も待ってます。
ジャンルはホラーです。気をつけて下さい。
「わー今日も冒険者がいっぱい!!」
庭掃除に使うホウキを両手で支え、そこに顎を乗せながらひっきりなしにダンジョンに入って行く冒険者を見る。
先ほどこの宿屋からも10組ほどのグループが朝食を食べて出掛けて行った所である。
忙しい時間が過ぎたと思ったら、少しの休憩時間を挟みすぐに次のお客を迎える準備をしないといけない。
庭の花に水をやり終わる頃には、女将さんが洗濯を終わらせているだろうから、シーツ干しを手伝ってベッドメイキング!
あっ!今日は11の月の13の日だから、大斧使いのハンスさんが来る日じゃなかったっけ!? 大将に夕飯の肉料理を多めに用意してもらうように言わなくっちゃ!!
サニーはクルクルとかわる表情に笑みを浮かべながら、宿屋に戻って行く。軽やかにステップをふむその姿を見ていると、ここが国で一番攻略が難しいダンジョンの前だと言うことを忘れそうになる。
このダンジョンは現在65階まで攻略がされている。
とは言え300年前から存在を認知されているにも関わらずまだ65階だということからも難易度がよくわかる。
その65階でさえ攻略されたのは4年も前の事であり、毎年何千という腕に自信のある冒険者が国の内外から挑戦をしているがその全貌はまだわからないままである。
そんなダンジョン前に建つこの宿屋は、元冒険者の大将と女将さんが13年前に開いた宿である。
二人組で各地を周り、それなりの腕利きだった大将たちでも、攻略は30階が限度だったようだ。それでも一生暮らせる程の宝物を手に入れ、それを元にこの宿屋を建てた。
高難易度ながら、訪れる冒険者が後をたたないのは、比較的浅い階数でもそれなりの宝物を手に入れられるからだろう。
数々の冒険者から慕われていた大将夫婦は、森の奥にあるこのダンジョンの攻略がなかなか進まない理由の一つがダンジョンに来るまでに体力を使う事にあるとアタリをつけ、ここに宿屋を建てる事に決めた。
泊まるだけじゃなく、食事や温泉のみの休憩にも使えるので体力回復にはもってこいである。
実際この宿屋が出来てから到達階数が一気に15程進んだので、その攻略に一役買っているのだろう。
「ようサニー!1年見ない内にまたキレイになったんじゃないか?」
そう言いながら入って来たのは大斧使いのハンスである。
「もぅ、そんな事言ってもいつも通りのサービスしかしませんよ」
笑いながら答えるサニーに
「ほらよっ!土産だ」
と渡してくれた袋を開けると、赤い実が入っている。
「わー、ロリーの実!こんなにたくさんありがとう!」
嬉しそうなサニーの頭をワシャワシャと撫でると、ハンスは受け付けへと歩みを進める。
「大将、今年もよろしく頼むな!」
「今年は一人かい?去年の相棒は?」
「去年は、俺一人しか脱出出来なくてな。今年はここに暫く滞在して、どこかのパーティーに合流させてもらおうかと思ってなーー」
少しつらそうにハンスが答える。
「そうか、あの男が一緒でも駄目だったか」
ここのダンジョンは入り口こそ一つであるが、一度足を踏み入れると各階にある転移陣からしか出られず、その転移先は遥か遠くの王都のギルド近くへと繋がっている。
「気をつけて!いってらっしゃい!」
と見送った冒険者たちが無事に出たのかどうかは、こうしてまた顔を見せてくれるか、他の冒険者から噂を聞くしかないのである。
攻略を目的とした冒険者は再度利用してくれる事もあるが、宝物目的なら再び訪れる事は少ない。
年中無休の宿屋を休む事は出来ないので、一年中ここから離れられないサニー達は冒険者たちが運んでくれる情報だけが、この世界を知るすべてである。
大将とハンスが話し終わるのをエントランスの花瓶を拭きながら待っていたサニーは、話を終えてこちらを見たハンスに駆け寄る。
「そんなキラキラした目で待って貰ってる所悪いんだけど……」
歯切れの悪さに続きが分かったサニーは頭を下げがっくりと肩を下ろしたが、
「ダンジョンを出たって所まではわかったんだけどな」
昨年までとは違う言葉が続きガバッと顔を上げる。
「ダンジョンは無事に抜けたんですね」
安堵から全身の力が抜け、その場にヘナヘナと座り込んだサニーはそう呟く。
「あぁ、でも今回はそこまでしか調べられなかった、すまんな~、サニーの喜ぶ顔を見たかったんだけどな」
と、ハンスは気まずそうに頬をポリポリと掻いた。
13歳からここで働いているサニーはこの宿の常連冒険者にとっては娘みたいなものだった。特にハンスは大将夫婦と一緒にパーティーを組んでいる時に魔獣に襲われていた村からサニーを一緒に救いだした経緯があり、その感情は大将夫婦に並ぶ程である。
そんな娘が恋をしたのは10年前の16歳の時、当時20歳の『ダンジョン攻略に一番近い男』と呼ばれる短く切った金髪に碧眼の見目麗しい男だった。
此処へたどり着く直前に魔獣に襲われている冒険者を庇って大きな傷を負い、ダンジョン攻略を1ヶ月遅らせて宿で静養をしていたのだが、その間にサニーとの距離が近づき、
「無事に出られたら来年も来るからその時は付き合って欲しい」
と約束を交わしダンジョンへと向かった。
彼は翌年、ダンジョンでしか採れない鉱石を使った指輪とともに、彼女に交際を申し込んだ。
そしてひとつき程滞在すると、その年もダンジョン攻略に向かったのだった。
彼はただの冒険者ではなく国からの命も受けており、ここで攻略を止める事は出来なかった。
サニーもその事を理解しており、年にひとつきだけの二人の付き合いがはじまったのである。
普通とは違う付き合いだったが、それでも二人は会えた時はとても幸せそうに愛を育んでいた。
ーーー4年前までは
翌年いつもの月に姿を見せない彼を毎日サニーは待っていた。
そしてその年の11の月にいつも通り現れたハンスに
「ダンジョンを出た後に何かわかればまた来年に教えて欲しい」
とお願いをした。
待っている間も宿に来る冒険者からそれとなく話を聞いたり、常連客にも頼んだりして、落ちつかない日々を送る。
せめて、ダンジョンから無事に脱出できたのか、それだけでも知りたい。
その翌年の約束の月にも彼が来ず、11の月にハンスから何も情報を得られなかったのを期に、サニーは表面上は元のように振る舞うようになった。
いつまでも大将と女将さんに心配はかけてられない。
夜布団に入ると泣いてしまうけれどーー。
そんなサニーの押し殺した泣き声をドアの前で聞き、大将夫婦もやるせない思いをしていた。
そして、今年ハンスの口から彼が生きている事を聞いた。
この宿に帰って来てくれない事情はわからないが、今は彼が生きているとわかっただけでも胸がいっぱいだ。
どうせ自分はこの場所から動けない。
それならここで、冒険者相手に忙しい日々をこれからも送りながら彼が来るのを待ち続けよう。
溢れる涙をそのままに、サニーは胸の前で手を組みそう誓ったのである。
「それじゃ、行ってくるわ!!また来年何か土産持ってくるわ!」
ハンスが、5人組のベテランパーティーと一緒に宿を出たのはそれから1週間後であった。
「いってらっしゃい!!」
見送るサニーの顔は前より晴れ晴れしている。
『来年はもっといい話を持って来れるといいな、それよりアイツを見つけたら一発殴ってやる、かわいい娘を泣かせてやがって』
そう心に思い、ハンスはダンジョンへの一歩を踏み出す。
ふと、宿屋の庭に今の時期にも咲き誇る赤い花の香りがここまで漂って来た気がした。
◇ ◇ ◇
「ここがそのダンジョンの跡地ですかーー」
そう言いながら若い冒険者は一歩踏み出そうとした。
「それ以上近づくと危ない!」
若者に近づいて来た赤い花のつるをその剣で凪ぎ払うと、辺り一体に蔓延る花を火炎魔法で焼き尽くす。
少し離れた所からその様子を眺めながら彼はポツリポツリと話し出した。
「4年前、俺はそのダンジョンの最深部である65階にたどり着いて、ダンジョンの主を倒し転移陣で移動をした」
その時の様子を思い浮かべながら話を続ける。
「転移先のギルドについたとたん、遥か彼方のダンジョンの方角で火柱があがるのが王都からも見えたんだ」
その火柱なら若者も見た。天まで届きそうな火柱だった。
「一緒に主を倒した仲間と唖然とした。今まで最深部を制圧しても、そんな風になるダンジョンなんて一つも無かったんだ」
花が燃え尽くされたのを見届けると、その場所に戻り、胸元から一輪のオレンジ色の花と翡翠色の指輪を出しその場に供える。
ダンジョン前にあった宿屋の看板娘、サニーの髪色の花と瞳の色の指輪だった。
毎年、太陽のような笑顔を向けてくれた彼女は、ダンジョン崩壊に巻き込まれ、宿屋もろともその姿を消した。
かってどこまでも続く森だった場所は荒野となり、水も無いのに赤い花が咲き乱れる場所となった。
立ち入りの許可が出てからすぐにそこを訪れたが、彼女に繋がる物は何もなく、その存在すら証明出来るものも、かって宿屋を利用し今も生き残っている者の記憶だけだった。
喪失のまま、その荒野近くに拠点を置いた彼の耳に不審な話が入って来たのは、それから1年ほど後の事だった。
あの荒野辺りで失踪する冒険者が増えていると言う。
皆かっての仲間を弔う為にやって来た冒険者だった。
不審に思い調査を始めた彼は、繭のようなものに取り込まれている一団を助けた。
生死の境から生還した彼らはそのはざまで皆同じ幻覚を見たと言う。
かってあったダンジョンとその前の宿屋、その世界でまだ生き続けている人々がいる幻覚だった。
彼らは宿屋に泊まり、少し成長した看板娘に会ったらしい。
彼女が着ていたのは、最後に彼が宿屋から出る時に「来年はこれを着て出迎えて欲しい」と言って渡した、白いワンピースだったそうだ。
彼らは、彼が65階を制圧する前年に、ダンジョンから帰って来なかった大斧のハンスと一緒にダンジョンに足を踏み入れる瞬間に助け出されたようだ。
ハンスが帰って来なかった事は、彼を父親のように慕っていたサニーには伝えられないままだった。
他にも、ダンジョンから帰って来なかった冒険者仲間や、崩壊に巻き込まれた顔見知りに何人も会い話をしたそうだ。
皆、何年もダンジョン制圧を続けているらしい。
ーー彼らの魂はあの世にいけず、さ迷い続けたままなのかもしれない。
幻覚を見た情報から赤い花が調べられ、危険と判断されたために、すべてを焼き尽くす命が出され、彼がその任を受けた。
「はい、確かにすべて焼き尽くしてますね。土の下もスキャンしましたが根も残ってないです」
その特殊な土魔法の才能から同行していた若者は、そう確認すると彼の方を向き
「あなたはこれからどうするのですか?」
と聞いてくる。
「変わらずあの町で冒険者を続けるさ」
寂しそうにそう呟き帰路につくと、町の入り口で若者と別れた。
その夜、再び荒れ地に戻った彼は、マジックバックから保護魔法と結界をかけた赤い花を出した。
その花もろとも自分に結界を張ると赤い花の結界を解く。
赤い花からつたがのびさらに自分が繭に囲まれていくのがわかった。
冒険者たちから話を聞き、繭に完全に取り込まれるれる日数を調べその時に時限爆弾的にこの結界の中を焼き尽くす魔法をかけた。
この最後の一本を自分のわがままで残すわけにはいかない。
「今年は会いに行くよ」
昼間供えた指輪を胸に彼はそう呟き花の匂いに目を閉じた。
◇ ◇ ◇
遠く離れた『失われた王国』の廃墟の中心で、金髪の男が大きな花に呑み込まれる様子を望遠鏡で見ながら、研究者が声を出しそうになるのを、案内人の魔法使いが手で制した。
ここは、航海技術の発展で最近発見された『失われた王国』があった島である。
あらゆる富を持っていたとされるその国の宝を目当てに冒険者が後を絶たないらしい。
島の裏手に泊まっている船からその存在を想像し、島に足を踏み入れると、研究者が調べたかった幻覚を見せる花に人が呑み込まれる瞬間であった。
あの花は、その香りを嗅いだ人にありもしない記憶を見せるらしい。
あの男は自分から花に呑み込まれに行ったようだが、どんな幻覚を見せられたのだろう?悲鳴もあげてなかったようだが。
先ほどの悲惨な光景は記憶の彼方に行き、今は研究者としての興味が頭を占めている。
ここまで案内してくれた魔法使いの存在を忘れる程に。
その魔法使いが背後で、大きな花の姿に変わってゆく。
「本当に研究者ってーー、幻覚を見せるってわかってるのに、自分が見てるものが幻覚だとは疑わないんだね。目の前の興味ある事にしか考えが行ってない」
そう言うと大きな口を開けた。
「いただきます」
◇ ◇ ◇
その広い野原には、ダンジョンも宿屋も荒野も花畑も『失われた王国』も島も海原も存在したことがない。
何百年も生きる一本の食虫植物が生えていただけだった。
その植物は匂いで餌をおびき寄せる事しかできなかった。
少しずつ虫を食べ大きくなり、鳥を食べ、小動物を食べ、また大きくなり、大型動物を食べ、ある日人間を食べた。
人間を食べた時に、植物は少し賢くなった気がした。
特に海馬と呼ばれる所を食べると食べた人間の記憶が入ってくる。
それからは好んで人間の海馬を食べ、残りは土に取り込み栄養にした。
その記憶を使い人の言葉を覚え、幻覚を見せられるようになった。
この土地は冒険者が横切る事が多かったので冒険者の記憶から作った幻覚が多かった。
ある日、研究者と呼ばれる人が護衛の冒険者と通りかかった。
研究者を食べると今までに無い知識を得る事が出来た。
植物は研究者の虜になった。
世界中に胞子を飛ばし、彼らの興味ある幻覚を見せ、ここに誘導する。
先ほどは廃墟で幻覚を見せられている男の幻覚を見せる事が出来た。
ーー植物の成長はまだまだ続く。
ーー植物の寿命はまだまだ尽きない。
この世界がどこまで現実なのか、とか考えると怖くなるって種類の怖さを時々感じます。