PHASE9 プロの介入
有村の身体を抱き起こす。
もう二度と離すものかと、身体を引き寄せる。
すると彼女は一瞬、戸惑ったものの僕の背中に腕を回した。
「あれ……フジバヤシシュウヤ。
さっきのカード見せて」
せっかくの感動に水をさすなよ、なんて思いつつカードをAMに渡す。
「……そんな簡単に渡しちゃダメよ。
こんなとんでもカード、プレイヤーが持ってたらプレイヤーキルの格好の的になっちゃうレベルに貴重なんだから」
「知らないよ。
僕はゲームプレイヤーじゃない」
カードの力は使った。
だけど、それは有村を救うためだ。
こんな恐ろしいゲームに巻き込まれるのは金輪際ゴメンだ。
「……やっぱり、おかしい」
「何が?」
「ここ見て」
●効果:対象のステータスを戦闘開始時の状態に戻す。
戦闘開始時……おそらくはここで交戦し始めた時だろう。
AMとの戦闘は終了していたし、直近の戦闘だろうから————あ。
「まだ戦闘が終了していない?」
僕が考えを口にすると、外でザザッ、というアスファルトに靴を蹴りつける音が聞こえた。
「マズい! 見られてた!」
AMが追いかけようと外に出る。
僕も続いて外に出たが、筋肉男は既にはるか前方を走っており、背中が小さくなっていく一方だ。
「チッ。逃げ足だけは速いな」
「呑気な反応しないで!
アイツにあなたのカードの力を見られたのよ!
情報が拡散したらプレイヤーがあなたの元に押し寄せるわ!」
「とっ捕まえて殺しても別に記憶がなくなるわけじゃないんだろ?」
僕が指摘するとAMは悔しそうに唇を噛んだ。
「お前らにとってここの死はただのゲームオーバーに過ぎない。
口封じなんてどうやってもできやしないのさ」
金輪際関わりたくないゲームにおいて僕はレアモンスターと化してしまったわけだ。
爺ちゃんがくれたのは、幸運なんて一口で語れる代物ではなかった。
「お尋ね者生活か……
どうしようかな、山奥にでも篭ろうかな」
半ば自棄で呟いた言葉だったが、
「んー、別にそこまでしなくても大丈夫じゃね?」
突如、聞こえてきた声に驚きながら振り向く。
するとそこには見知った顔があった。
「や。今日はよく会うじゃん」
「ま、真希奈!?
どうしてここに!?」
「アハハ、そりゃあ我が家の近辺でこんな騒ぎ起こされたら出張っても来るし。
私達がそういう者って、しゅーちゃんも薄々気付いていたんじゃね?」
ケラケラと笑う真希奈。
だが、その目は笑っておらず、AMの一挙一動を追い続けていた。
「ん、達ってことは……先輩も?」
「そうそう。
だから心配いらないよ。
あのマッチョの逃げる方向に網を張ってるはずだから」
◆◇◆
やったやったやった!!
大スクープだ!
まさかのエネミードロップのSSRカード!
しかも激レアの回復系で死亡状態からの復活までできるなんてバランスブレイカーも良いところじゃんか!
殺して奪うか?
いや、奴はかなり強い。
メメントカードなしの単純な戦闘力で3人相手に圧倒していたからな。
今後、レベル上げていけば倒せるようになるかもしれないがそれまでに他の奴に情報が漏れたり討ち取られる可能性だってある。
そもそもあんな壊れカード持ってるのバレたらおちおち散歩もできねえよ。
ここは攻略組に話を持ち込んで情報料としてオブジェやスキルと交換するが吉ってな!
アビリティカードの【脚力強化】は文字通り脚の力を強化できる。
蹴り技はもちろんのこと下半身の力で打ち出すパンチの威力も上がるし、走る速度も今や陸上選手を上回る。
現実じゃ非力な俺がこの世界じゃ強化系のアビリティを載せまくってるおかげでモリモリマッチョマンの豪傑だ。
一生このゲームの中に入り浸りたいくらい最高にハイな気分だ!
角を曲がると前方にスラリと細長い男がポツリとひとり立っていた。
鳥の巣みたいなアフロヘアをしているがこの町の住民にしては彫りが深く、現実でもイケメン扱いされるだろう見た目……気に食わねえな。
さっきの連中が追ってくる気配はねえし、狩っておくか。
俺はナイフを装備して男に飛び掛かった。
すると奴は咥えていたタバコを地面に落として、
「————っおおおおおお!?」
突然、俺の右目が見えなくなった。
「タフだな。痛がるより慌てる方が先かい」
その言葉を聞いてようやく自分が目を潰されていることに気づいた。
そして、目の前の男が危険な存在だということも。
「ふ……ふんっ!!」
俺は地面を蹴って高く飛び上がり、二階建ての建物の屋上に飛び乗った。
まともに相手してデスペナをくらうのは避けたい。
せっかくかき集めた肉体強化が失われるのは能力以上に自分の自信や誇りが失われてしまう気がするからだ。
建物の屋上から奴を見下ろし、ほくそ笑む。
「棒高跳びでもできれば追ってこれたかもな!」
いくらヤバイ奴でも、肉体は普通の人間なんだ。
逃げに徹すれば大丈夫……とたかをくくっていた俺の目を疑う動きを奴はした。
軽く跳び上がるようにして走り出し、そのまま階段を駆け上がるように垂直の壁を走って登り切ると宙返りをして俺の目の前に降りてきた。
「ん。なるほど、わかった」
よく見ると男は耳にインカムのような物を付けていた。
誰かと通信しているのか?
仲間を呼ばれるといよいよマズい!
「うおおおおおっ!
死にやがれえええ!」
全力で殺しにかかることにした。
痛みはショックアブソーバーが無くしてくれる。
ダメージは筋肉の鎧がやわらげてくれる。
相打ち覚悟で攻めればこっちに分がある————
パン! パン! パン! パン!
風船を割ったような耳に障る音が四つ。
同時にショックアブソーバーですら痛みを消しきれない衝撃が四つ。
俺の逞しい両腕と両脚、つまり四肢が切り離されたかのようにいうことを効かなくなって地面に倒れ込んだ。
奴の手には拳銃が握られていて、銃口からは薄ら火薬の匂いが流れ出ている。
「銃!? 嘘だろ!!
この世界でも警察や軍隊じゃなきゃ銃は持っていないはずじゃ」
「持つことが禁止されているだけだ。
無視すれば誰だって持てる」
と言ってさらにパンッ! と銃弾を放つ。
銃弾は俺の右手の人差し指を破壊した。
このままじゃデスペナ間違いなし……
「安心しな。殺したりなんかしねえよ。
もっとも、お前らに取ったら死ぬ、っていうより敗走に過ぎないんだよな。
たとえ四肢がちぎれようが目をくり抜かれようがお前らは痛くも痒くもない」
「……ど、どうしてそれを」
「お前が質問する機会なんてもう無いんだよ」
硬いブーツを穿いた男の足が俺の歯を折って口の中に突っ込まれる。
「これからは素直でいることを心がけな。
俺の拷問はちょいとハードだからな」
……なるほど、俺を生け捕りにするつもりなのか。
しかたねえ、めんどくさいけど付き合うか。
上手くいけばこっちも情報を手に入れることができる。
どうせ痛みはないんだ。
拷問でもなんでも持って来いってんだ。
「大人しく拘束されたってさ。
判断ミスったよね。
私なら兄さんに捕まったらすぐに舌噛み切るし」
真希奈は拓殖先輩と連絡を取り合っているらしく、さっきの筋肉男を生け捕りにしたことが伝わってきた。
「生け捕りにしたはいいけど、拷問なんて意味ないわよ。
ショックアブソーバーが効いている限り大した痛みは」
「うるせえ!
誰が好き勝手喋っていいって言ったし!?
テメエはこっちの質問に答えるだけでイイんだよ!」
「ひっ……」
真希奈は凄まじい剣幕で口を挟んだAMを萎縮させた。
有村まで僕のシャツの袖を掴んで後ろに隠れている。
「こ……こわっ!
いつものマッキーじゃない!」
「あっ、ビックリさせてゴメンね、たまちゃん。
このクソ女が口から臭え息吐き出すもんだから。
つい口が悪くなっちゃったし。
反省! てへぺろ」
てへぺろ、じゃねーよ。
あざといってとこまでも届いてないよ。
「AMは敵じゃない。
さっきも僕たちを助けてくれた」
僕の擁護を真希奈は耳を小指でほじりながら聞いている。
「敵じゃない……ねえ?
でもコイツ人間じゃねえし?
気まぐれで味方してくれているだけの奴は気まぐれで元に戻りやがるし」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも分かっているだろう。
今、彼女と戦っても何もいいことはない。
それよりも彼女に教えてもらうべきことだらけだ。
僕たちはあまりにこの状況を理解できていなさすぎる」
真希奈はうーん、と考え込む仕草をしてから不満そうに一言。
「オッパイなら私の方が大きいと思うよ?」
「ゴメン、理解以前の問題だった」
「だってしゅーちゃんが私の味方しないなんて万死に値するし」
「いつお前に忠誠誓ったんだよ」
「私の初めてを無理やり奪ったあの夜から」
「へ?」
顔を赤らめてそっぽ向く真希奈。
すると背後にいた有村が、
「あー、やっぱ噂どおり2人できてたんだ」
「なんだよ、その噂!?
おい! 適当なこと言ってるんじゃないぞ真希奈!」
真希奈は頬を手で覆ってか弱く呟く。
「あれは5年前の夜。
しゅーちゃんのお爺ちゃんちに泊まっていた私の寝床に息を殺して忍び込んできて力づくで」
「爺ちゃん家でそんなことしたら日本刀でぶった斬られるわ!
ハイ! 論破!」
唾を飛ばして真希奈に怒鳴りつけると、
「アハハハハハハハッ!
……ごめんなさい」
AMが大声で笑って、すぐ謝った。
その様子を見た有村は彼女を温かい目で見つめて
「やっぱ人間なんだね」
と言って肩を叩いた。
真希奈も毒気を抜かれてしまったようで、
「どうせ殺しても消えるだけだし、危害を加えてこねえ限りは生かしといてやんよ。
ありがたく思いな」
と吐き捨てた。
ちょうどその頃、遠くから銃撃音や爆発音が聞こえてきた。
「自衛隊が出動したみたい。
流石に渋谷事変を繰り返したくはないものね」