PHASE8 修復の果てにある創造〜レストア・マスター〜
駆けつけたAMの右腕はいつの間にか再生しており、左腕よりも軽快な動きでナイフを操る。
槍使いの男はリーチ差を生かして槍を捌くが、
「ごめん、全然怖くないわ」
AMは風に吹かれる煙のようにゆらりと大きく体を倒して攻撃を避け、懐に飛び込む。
「痛がらなくて死なない人間の相手のほうがよっぽど簡単ね」
シュババババッ! と大きな風切り音を立ててAMは槍使いの男の胸を何度も切り裂き貫いた。
「ぷ、【プレイヤーキル】とか!
サービス開始から大して時間経ってないのにやるんじゃねえよ!
晒してやるからな!!」
「ええ。さっさと腹を掻っ捌いて中身引きずり出してやるわ。
どんなカードドロップするか、楽しみにしてるね」
「ち、ちっきしょおおおおおおおお!!」
無様な断末魔を上げて槍使いが砕け散った。
すかさずAMは剣使いののど元にナイフを突きつける。
「さあ! あなたのスキル解除しなさい!
そしたらデスペナ食らわなくて済むかもよ!」
AMの脅しに剣使いは屈しようとした、が――――
「スキルを止めるな!
止めたらパーティ解散するぞ!
デスペナでやり直しの時、パーティもない状態から出直すか!?」
外にいる筋肉男の忠告を聞いて剣使いは思い止まる。
AMは舌打ちして剣使いの喉を掻き切った。
「こ、これで解散はなしだからな!!
【レベリング】は付き合ってくれよ!!」
間の抜けた遺言を残して剣使いも砕け散った。
「あ、有村……」
目の上が腫れて血が流れ込んでいるせいでしっかりとは見えない。
だけど電気の網の向こうにいる有村と目が合った気がした————
「アハハハ! 今日はこれくらいにしておいてやる!」
筋肉男がそう言って有村の背中を押して、逃げ出した。
有村だったものは膝をついてそのまま地面に倒れこんだ。
そして、有村が僕のすぐそばに転がってきて…………
あ…………
「アアアアアアアアアアアアアアッッッ!!
ウワアアアアアアアッ!!
オアアアアアアアアアアッ!!!」
叫んで、叫んで、泣いて、喚いて、吐いて、吐いた。
電気の網が消失し、有村の生首が僕の目の前に転がっている。
「アリムラタマキ…………どうして…………」
AMがその場に膝をつき、愕然とした顔で有村の生首に手を伸ばす。
僕は反射的にその手を払い、AMを床に押し倒した。
「どうして? おまえらのせいだろ?
おまえらがこんなゲームしてるからだろ?」
AMは怯えるように目を背ける。
「……私だって、最初からこんなゲームしたくなかったわ。
だけど、やらないとヤバいから仕方なく始めただけで」
「有村が死んだのは仕方ないのか!?」
「違うわ! そうじゃなくて!」
「そもそもお前がしゃしゃり出てこなければ有村は殺されなかった!」
「えええっ!? でも、それじゃああなたが殺されていたのよ!
私だって…………失敗するかもしれないと思ったけど……勇気を出したのに!」
AMは間違っていない。
こいつは確実に僕の命を救うことを選んだ。
状況にビビって抵抗を諦めた僕よりずっと勇敢だ。
だが、それと許せるかは別問題だ。
なんで有村がこんなかわいそうなことに!
メチャクチャ良いやつなのに!
明るくて元気で……それでいてみんなに優しくて……愛しい……
「有村ぁ……嫌だよぉ……」
泣き別れになった首と胴体を寄せて無理やりくっつけようとした。
当然、そんなのできるわけない。
「フジバヤシシュウヤ……
ダメだ……もうアリムラタマキは死んでる。
私にはお前達のHPが見えるんだ」
「うるさい。
蘇るかもしれないだろ。
お前だっていつの間にか腕が生えてるし」
「コレは私のカードの効果というわけで……ハッ!?」
AMは慌てて床を這う。
死んだ剣使い達が遺した武具をひっくり返して何かを探している。
「死体漁りなら別でやってくれ……」
と僕が呟いたら、
「違うわよ!
【スキルタイプ】の【アイデントカード】を探してるの!
私の持ってるカードは自分の傷を癒したりもできる!
もしかしたらこいつらが他人の傷を癒すことができるカードをドロップしてるかもしれない!」
必死の形相でカードを探すAM。
そういえばあの電気の網も……要するに魔法的なことができるアイテムなんだな。
だけど、
「そんな都合よく望む通りのカードが見つかるものなのか?」
僕の質問にAMの顔が曇る。
「回復系のカードは最低でもSR……
それもHPを回復させるだけで戦闘不能になって消えたプレイヤーを復活させることはできない……」
なんだよそれ。
この連中がたまたま未だ発見されていない超レアカードを落っことしてる可能性に賭けて必死に探し回ってるの?
「あった……って【アビリティタイプ】じゃん!
コイツは……あの電気網だし!
もうひとり分転がって……【ノーマルの攻撃バフ】とか役立たず! クソッ!」
お目当てのカードは出そうにない。
内心、ものすごくガッカリしている自分に嫌気が差す。
自分のいたらなさから失ってしまった有村の命を幸運なんかで救われることを期待する浅ましさ。
爺ちゃんが言っていた言葉を思い出す。
『若いうちは幸運なんかに期待するな。
俺に幸運が転がり込んでくるようになったのはここ最近。
今まで山ほど撒いてきた種のほんの一握りが芽吹いて実を付けただけの話。
お迎えが近い今じゃありがたみも薄い。
人生ってのはままならねえ』
僕にとって遺言のようになった爺ちゃんの言葉。
まるで今の僕を戒めるようだ。
『修哉————俺にはもう使いきれそうにねえから、お前に引き継がせてやるよ』
引き継ぐ? 幸運を?
『そんな不確かなモノじゃねえ。
もっと手応えがあって頼りになるモノさ。
言わば俺の生き様そのものだな』
シワの深く刻まれた顔で爺ちゃんが笑う。
『今は分からなくていい。
俺だって分かんねえ。
だが俺の勘が告げてる。
死んで尚、修哉の力になれる。
爺としてこんなに嬉しいことはない』
————AMが半泣きの形相でカードを地面に投げ捨てている。
「全部使えないじゃない!
クソ雑魚どもがぁ!」
床に投げ捨てられたカードはスマホ程度の大きさがある。
材質はプラスチックなのか曲がらない程に厚みがあって硬そう。
裏面は黒字に曇った金色の幾何学模様が描かれており、表面には文字や絵が————
「あ……」
僕は尻ポケットの長財布を取り出す。
なんとなくお守りがてら持っていた、カード。
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⭐︎スキルカード レアリティSSR⭐︎
『修復の果てにある創造』
「修復とは直すことではない。
元あった状態を想像して新たに創造することだ」
●効果:対象のステータスを戦闘開始時の状態に戻す。
●クールタイム:60分
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「AM……コレ、使えないか?」
彼女は僕の手にあるカードを見るとすぐに近づいてきてカードの表面をじっくりと読み込む。
「え……SSRぅ!?
フジバヤシシュウヤ!
コレを何処で!?」
「爺ちゃんの病室で……亡くなった後、床にコレが落ちているのをみつけて」
「しかも【エネミードロップ】!?
ってことは【登録特典】の1ランク上に相当するから実質UR……最高レア相当じゃない!
だったら、このチート染みた効果も」
ぶつぶつとひとり騒ぐAMに釘を刺す。
「で、コレは使えるのか?」
「……保証はできないわ。
なんたってあなた達【インベーダー】に回復を行う機会が無いし、検証も進んでない。
だけど、私たちと違って死んでも身体が残っているあなた達なら……」
「試すしかないな」
AMの言葉を遮るようにして僕はカードをかざす。
「え、使い方知ってるの!?
そもそも【インベーダー】がこのカード使えるの?」
慌てるように喚くAM。
目の前で使われているところを見ているからな。
それに、直感的に使えるということはわかる。
これはきっと、爺ちゃんが遺してくれたカードだ。
「頼む、爺ちゃん……
有村の命を取り戻してくれ!
【修復の果てにある創造】」
願うようにカードの名前を読み上げる。
するとカードが光り、答える。
『restoration and re:creation』
それはまさに奇跡のソレだった。
二つに分かたれた有村の身体に光がまとわりつき早送りのような動きで切断面が繋ぎ合わされ、足りない血肉が注ぎ込まれていく。
みようによってはかなりグロテスクな光景だが、有村の身体が元に戻っていくことの嬉しさが勝って胸が高鳴る。
「頼む……」
「生き返って!」
AMが手を組むようにして祈っている。
『completed』
カードは作業の終了を告げる。
緊張感のある沈黙が訪れる。
そして、水滴が水面に落ちて生まれる波紋のように小さな息吹が有村の中に生まれた。
「しゅ……ーや、くん?」
ぷっくりとした涙袋が下がり、有村の瞳が見えた。
「有村……!」
僕は恐る恐る彼女の胸に自分の耳をくっつけた。
「……やーらしぃ」
クスリと笑う有村から心音が伝わってくる。
彼女の命は見事に修復されていた。