PHASE7 電流金網 〜エレクトリック・フェンス〜
バックヤードの奥にあった資材運搬用のエレベーターに乗り込んだ僕と有村は神経を張り詰めさせながら扉が開く瞬間を待った。
ゆっくりと横にスライドしていく扉。
その向こうに人影はなく、乱雑に荷物が積まれている廊下だけがあった。
ふぅ、と一息ついて僕は有村を連れて走る。
廊下の突き当りには通用口があった。
これで脱出できる!
勝利を勝ち取った気分で僕はドアノブに手をかけた――――
バリィッ!!
「痛っ!!」
ドアノブに触れた瞬間、感電したような痛みが走った。
同時に、近づいてくる不穏な気配に背筋が冷たくなった。
「おっ! 2匹ゲーット!」
僕たちを袋小路に追い詰めるように3人組の男が現れた。
当然、AMたちのようにコスプレチックな鎧や武器を装備している。
構わず僕は飛び蹴りでドアを破壊しようとしたのだが、
バリバリバリバリッ!!
「チイッ!! ダメか!!」
今度は片足が痺れてしまう。
とんだミスだ。
「ねえ! 人間狩りなんてやめようよ!
生きてる世界は違っても同じ人間でしょう!」
有村が男たちに訴える。
AMは武装をしていても中身は気弱で争いを苦手とするタイプだった。
それに同性だったから警戒を解いて有村の言葉を受け入れたのだと思う。
だが、今、相対している連中は明らかに毛色が違う。
「命乞い? 好きなだけやれば」
「【スキル】が出たら俺に譲ってよ。
まだ一つも持ってないんだし」
「結構カワイイじゃん。
どんな泣き声で死ぬのか楽しみだわぁ」
こういう言い方がどうかわからないが、エンジョイ勢って奴だな。
このゲームを楽しんで、人間を殺すことを躊躇しない。
「これはゲームじゃないんだよ!
私たちは本当に人間で、毎日を頑張って生きてて――――」
「うるせえ! 俺たちにとっちゃゲームなんだよ!」
有村の訴えを一蹴し、男たちはこちらに向かって走ってきた。
狭い廊下。
獲物は長剣や槍。
当然、並んでは来れないから接敵するのは一人ずつ。
「死ねえええええ!!」
剣の刃を突き付けるようにして走ってきた男の動きが急に鋭くなり、急速に間合いを詰めて僕の胸を貫こうとした――――が、
「セエッ!!」
剣を避けながら上段蹴りで男の顎を蹴り上げると仰け反って後ろに倒れこんだ。
仲間が吹っ飛ばされたことで動揺している後続の連中を冷静に捌く。
間合いを潰し、武器が使いづらい超接近戦で細かい打撃を重ねてダメージを蓄積していく。
「ハアッ!!」
顎を打ち抜くショートストレート。
普通の人間なら確実にダウンが取れる一撃だった…………にもかかわらず怯むことなく刃をこちらに振るってくる。
そういえばゲームのキャラクターってHP満タンでも瀕死でも動きが変わらないこと多いよな。
こいつらもその類か。
痛みのカットと疲労やダメージの蓄積は無し。
僕らからすればお前らのほうがよっぽどゲームキャラクターらしい! ってもんだ!
「おらああああっ!!」
「うわっ!」
雄たけびを上げながら首の関節を極め、そのまま床に叩きつけた。
ゴキン、という鈍い音と同時に骨の砕ける感触が伝わってきた。
床に叩きつけられた男はピクリとも動かなくなって、
「うそおおおおっ!?
素手で殺された!?
ありえねえし、やべえよ!
ここで【デスペナ】食らったらもう攻略組に追いつけない!!」
わめく男の全身が赤い光に包まれて、ガラスのように砕け散った。
「さあ、次はどっちだ!?」
残り二人もかなりダメージを与えている。
これならいける。
「ちょ、ちょっと待った!
お前らここのドアから逃げたいだけなんだろ!
開けるから攻撃しないで!」
そう言ってやり使いの男は腰のポケットから1枚の――――カード? を取り出す。
「《電流金網》解除!」
『Ring Out』
カードが青く光ると同時に無機質な機械音声を発した。
そして、通用口の扉から緑色の光が噴出し、すぐに収まった。
「これで開けられるってこと?」
有村が恐る恐るドアノブに手をかけたが何も起こらない。
そのままドアを開けると夜の闇につつまれた路地裏が見えた。
「行こう! 修哉くん!」
有村が一人先にドアの外に出てしまった。
僕も追おうとしたその時――――
「《電流金網》起動!」
『Ring in』
しまった――――と気づいた時にはすでに遅く、空いた扉の空間に稲妻でできた網が張られてしまう。
僕と有村は分断され、そして、
「おっ! 待ち伏せしておいて正解だったな!」
外にいた男がガバッと抱き着くようにして有村を拘束した。
「キャアアアッ!! はなしてっ!!」
「くふふ、良いニオイ。
それに柔らけえなあ。
ここの世界の女も悪くねえよ」
筋肉質な体を惜しげもなく晒す上半身裸の男は無遠慮に有村の身体をまさぐる。
やめて、と有村が叫ぶ前に僕は稲妻の網に拳を放っていた。
しかし、剣山でも殴ったかのように痛みが走り、拳は網を突き抜けない。
苦悶にゆがむ僕の表情を見て筋肉男はあざ笑う。
「やめとけって。
お前ら【ショックアブソーバー】ついてないんだろ。
痛みで頭おかしくなっちまうよ」
奴の言うとおりだ。
冷静になれ。
………………まず殺すのは奴だ。
カードを振りかざしてあの電気の網を作り出した奴。
「ひっ!」
建物の中に残っている二人は僕の顔を見て怯えている。
1分とかけずに殺してやる。
そうすれば多分あの網も――――
「おいおい。そいつらに危害加えるなよ。
パーティメンバーがデスペナ食らうと面倒なんだ」
外にいる筋肉質な男はナイフを有村の頬にあてた。
「な!? やめろおおっ!!」
「やめてくださいだろ。
どう考えてもそいつら殺すより、俺がこの子の顔をくりぬくほうが早いよ。
俺【解体・中級】持ちだし」
そう言って男は有村の頬にナイフで赤い直線を引いた。
「痛いっ! たすけてぇ…………」
冷静になれ。
俺が抵抗をやめたところで俺が死んだあとコイツらは有村を殺すだろう。
無駄死にになる。
構わず戦え!
戦え――――修哉っ!!
「…………くそおおおおおおっ!!!」
まるで石になってしまったかのように足が動かない。
自分の行動が有村を殺す引き金になってしまう。
確実に。
そう考えると怖くて動けない。
抵抗しなくてもただ引き金を引く係を代わる以外の効果はない。
非合理だ、非合理すぎる。
「やめて…………ください。
お願いです。
何でもしますから」
冷たい泥を飲み込むような気持ちで僕はその場にひざまずいて許しを請う。
「…………ははっ!
すげえ攻略法があったもんだな!
覚悟はいいか!
クソ野郎!」
抵抗しない僕を滅多打ちにする男たち。
有村が外でわめいている。
「修哉くん! やり返せよ!!
殺されちゃうよぉ!」
勝手なことを言ってくれる。
今動けば有村は確実に殺されるんだよ。
だけど、僕がいたぶられている間は大丈夫。
生きていれば、助かる可能性はある。
もしかしたら雷が落ちてあの筋肉男が黒焦げになるかもしれない。
救出に来た警官や機動隊が駆逐してくれることだってあり得る。
ほかにも、こいつらがやっているのがゲームならば、いきなり電源が落ちて強制ログアウトする可能性だって…………
僕はあきらめない。
だからいくら殴られようが痛めつけられようが…………殺されようが時間を稼ぐ。
有村の喚く声がどんどん泣き声に変わっていく。
「すげえゲームだよなあ。
『暴力と快楽を堪能せよ』のキャッチコピー通りだ。
実際にこんなんやったら人生終わりだけどよ、病みつきになっちまいそうだ」
「ある程度【スキル集め】と【キャラビルド】が終わったら色々検証してみるのもいいかもな。
たとえばエロイことはどこまでできるのかとか」
「【ショックアブソーバー】を切ったら普通に気持ちいいらしいぜ。
女さらって試したフレが言ってた」
「それはそれは、いいこと聞いたな」
本当に…………僕のやり方は正しいのか?
たとえば柘植先輩ならためらわず有村のことを見殺しにする。
そしてその分の怒りもこいつらにぶつけて見るも無惨な殺し方をするだろう。
マキナも同じく。
間違いなく二人とも良い人間ではあるが、徹底して利己的な人間だ。
僕たち3人は一緒に爺ちゃんの下で修業をしていた頃、馴れ合わないように爺ちゃんにキツく言われていた。
何かを極めるということはその道の誰よりも先頭を走らなくてはならない。
手をつないで並んで走れるような広い道のまま山頂に至ることはありえない。
そういう教えを僕は受け入れられなかったから、途中から修業はやめてしまったけれど……こんなことになるのなら続けておけばよかった……
意識が朦朧としていく。
僕の髪をつかんで持ち上げた男がニヤニヤしながら僕の目に槍の穂の切っ先を近づけて――――
……槍が、落ちた?
目の前の床に槍が転がり、僕の髪をつかんでいた手が離れた。
「うわあああっ!?
矢!? ってことは【プレイヤー】!?」
僕をいたぶっていた男たちが僕から離れ構える。
槍使いの男の二の腕には矢が刺さっており、赤い光のエフェクトが傷口から立ち上っている。
それよりも僕を驚かせたのは奴らの視線の先にいたのがAM4438だということだ。
「お、おい!?
お前、俺たちはプレイヤ――――」
「知ってる。
私は【プレイヤーキル】しにきたんだもの」