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PHASE6 AM4438

「……イタタタ。

 エグい一撃だった……」


 女が頭を抱えて起き上がる。


「修哉くん!?

 コイツまだ!!」

「ああ、予想どおりだ」


 さっきの【ショックアブソーバー】なんて用語が出ていることから痛みをカットする仕組みがあるようだ。

 痛みによる戦意の喪失はまずない。


 パキンッ……


 女の着けていたゴーグルが割れて床に落ちた。

 あらわになった顔を見て思わず息を呑んだ。

 僕だけでなく同性の有村まで。


 戦闘の緊張が緩んでしまうレベルで女の顔は、美しかった。


 それこそ黄金比で構成されたゲームキャラのように計算され尽くした顔貌。

 だが意志の弱さや心理的な窮状が明らかであると読み取れる不釣り合いな表情をしている。

 目を逸らすようにして彼女は怒鳴る。


「ジ、じろじろ見ないで!

 ぶ……ぶっころすわよ!」


 手負いの獣……というより人馴れしていないネコか。

 たしかに無遠慮に触ろうものなら噛みつかれそうだけど、有村を巻き込んで殺し合いなんてゴメンだ。


「もうやめよう。

 アンタも好きで俺たちを殺したいわけじゃないんだろ。

 屋上で暴れ回ってた奴らとアンタは何かが違う」

「突入部隊?

 そりゃああんな【攻略組】の精鋭とは一緒にならないわよ」

「それ以前の問題だ。

 アンタは俺を殺すのを怖がっていた」


 ピクリと目の前の女は肩を強張らせる。

 できることならじっくり話し合いたいくらいの容姿の持ち主だが、残念なことに時間がない。


「単刀直入に聞くぞ。

 お前たちは“ゲーム”をしているのか?」

「はあ!?」


 女の代わりに有村が声を上げた。

 彼女の脳裏にはサスペンス系の邦画なんかでありがちなデスゲームがよぎっているのだろう。


『閉鎖空間に閉じ込められた男女が謎のゲーム主催者の命令で殺し合いを――――』みたいなやつ。


 だけど、僕が想像している”ゲーム“はそれじゃない。

 女はため息混じりに答える。


「そうよ。すっごいメタ発言なんだけど。

 超リアルな仮想現実体験が聞いて呆れるわ。

 技術的なことは完璧なのに肝心のシナリオがうすら寒くて興ざめね。

 レビューで思いっきり批判してやる」


 女の言葉の意味が分からないといった様子の有村。

 彼女に対する説明と自分の仮説の答え合わせのために次の質問で核心に迫る。


「アンタらはこの世界のことを仮想のゲーム世界と思い込んでいて、俺たちの事をプログラムで生み出されたゲームキャラクターだと考えている。

 それで間違いないか?」

「…………間違ってない。

 何? これもキャラの学習効果って奴?

 そりゃあ平穏な世界に武器持った連中が人間狩り始めたら正体を突き止めようとするだろうけど、設定じゃなくてメタな事情に行きつくとか————」


 僕は女の髪を掴んで眼前に引き寄せて罵る。


「ふざけんな!!

 僕たちはプログラムなんかじゃない!!

 ちゃんと父や母が交わって産み出された人間だ!!

 お前たちがVRゲームと思い込んでるこの世界にいるのは何千年ものを積み重ねた現実の人間だ!!」


 仮説が当たっていたことに対する喜びなど一切ない。

 ただただ胸糞が悪いだけだ。

 大量虐殺の犯人はゲーム感覚の侵略者(インベーダー)だったなんて。


「修哉くん……この子何言っちゃってるの?

 人間狩りとかシャレになってないし」

「シャレで済むんだよ。

 ゲームの中で盗んだ車で人を轢き殺したからって罪に問われたりしない。

 現実ではできないことを娯楽として楽しませてくれるのもゲームの醍醐味……そうだよな」


 女は端正な顔を歪めて不愉快そうに「そうよ」と答える。

 まるで先生にわかりきったことをくどくど説教される子供のように。


「どうやら僕の言っていることが理解できないみたいだね?」

「理解できないわけじゃないわ。

 ただ鬱陶しいだけよ。

 殺戮を楽しむゲームの中で倫理観を説かれるのが」


 女は僕の手を払いのけて叫ぶ。


「この世界は私たちにとってゲームの世界なんだよ。

 君たちはステータスを強化するためのエサに過ぎない。

 わかる? これは殺人じゃなくてザコ狩りなんだ」


 その言葉は僕たちを諭すというより、自分に言い聞かせているようだ。


「なるほど、理解できても信じたくないということか?」

「逆に問うけど、あなたたちは何を以って自分がプログラムじゃないと言い張れるの?

 この世界の歴史だってあなたの頭の中にある程度の分量ならテキストデータ何MBメガバイト分かしら?」

「質問に質問を——」


 僕が女の不遜な態度にキレそうになった矢先、有村がなだめるように僕の肩に手を置いた。


「あー、それなら私も分かる。

 世界は五分前に誕生したとかなんとかって奴でしょ。

 こないだ映画で観たよ。

 私は17年生きてきた記憶は全部作られたものかもしれないとか、一夜の夢の出来事に過ぎないとか。

 たしかにそんなことありえない、って証明できないよね」


 同級生の女子に話しかける時の笑顔を目の前の女に差し向ける有村。


「でもさあ、これだけ複雑な感情を持った人型の生き物を殺せる気持ちが分からないなあ。

 私、虫は殺せるけどネズミとかもう無理。

 大きかったり泣き声をあげる生き物殺すなんて無理過ぎ。

 ゲームだからって自分を納得させられる話じゃないでしょ?」


 気さくな物言いながらも節々に怒りが滲み出ている有村。

 女は有村の言葉を咀嚼しているのか、首を小さく縦に動かしている。

 その様子を見た有村は気を緩めるようにフッ、と息を吐いた。


「私、有村珠紀。

 こっちの彼は藤林修哉くん。

 市立早良高校の2年生。

 前から狙っててせっかくイイカンジになれそうだったのにアンタたちのおかげで台無しだよ。

 おかげで知らない一面見れたのはアリだけど」


 ニヤついた顔で僕をからかうように見やる。

 たしかに普通に生活していれば見せることのなかった一面だよな。

 学校の体育じゃ見せることのない動きばかりだし、球技は苦手だからね。


「とまあ、こんなふうに色々考えたり感じたりしながら生きてるんだよ。

 それを奪う権利なんてないと思わない?」


 言葉をしっかりと受け止めているのだろう。

 さすがの聞かせ上手っぷりだ。

 少しの間を置いて、女が口を開く。


「……本当にあなた達、ゲームのキャラじゃないの?」

「少なくとも私たちはそう思っていない。

 あなた達に殺された人だってね」


 有村の言葉に聴き入っている女は躊躇いがちに口を開く。


「私は……AMエーエム44(フォーティフォー)38(スリーエイト)」

「え? それが名前?」

「識別番号よ。

 名前なんて前時代的なもの現実の世界では使っていないわ」

「ふーん……って、異文化交流してる余裕ないよね!?」


 当然だ。

 戦意喪失しているならそれでいい。

 悠々とふたり逃げさせてもらうだけだ。


「じゃあね、AMちゃん!

 もうこんなゲームに参加しないでね!

 あと、できればみんなにもやめさせてよ!」


 去り際に有村が叫んだ。

 AMなんたらは床にへたりこんだまま、僕たちを追おうとはしなかった。

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