PHASE42 親子
夜の河川敷は明かりもなく人は寄り付かない。
虫の声と川の流れる音しか聞こえないはずの空間に甲高い金属音————武器と武器がぶつかり合う音が混じっていた。
「ちくしょう! クソガキとメス1匹に何手こずってやがるんだ!」
男の苛立つような声が僕の耳にも聞こえた。
「有村! あれか!?」
「うん! 敵は五人! 襲われているのは女の人と男の子!
どうする!?」
「僕が五人とも叩く!
有村は安全を確保しながら親子を助けろ!」
そう言って僕は加速し、有村を置き去りにした。
夜目がだんだん効いてきて状況が見え始めた。
河川敷の草むらで女の人が覆いかぶさるように男の子を庇っている。
それを円く囲むように五人の男たちがにじり寄っている。
当然、剣やら槍やらファンタジーな武器を持っている。
それに対して僕は完全に徒手空拳。
敵の戦力は未知数の上、こんな拓けた場所じゃすぐに囲まれてしまう。
だったら————
僕は足を止めずに地面に転がっている拳大の大きさの石を拾い上げた。
そして、そのままの勢いで大きく振りかぶって投擲する。
球速120キロで運動する堅い石の衝突は殺人可能な破壊力を有する。
ぺゴッ! という鈍い音とともに男の一人が頭部を破壊されて光となって消えた。
「な、なんだ!? インベーダー!?」
男たちは僕に視線を集中させる。
「インベーダーじゃない! 人間だ!
武器を収めてくれ! 殺しあうつもりはない!」
そう叫ぶが男たちは興奮する一方で、僕を威嚇するように口々に声を上げる。
「いきなり石投げてきた奴のセリフかよ!
ふざけやがって!」
「お前から先にぶっ殺してやんよ!」
「投擲スキルとか手に入るといいなあ!」
「ヒヒッ、仲良くしようぜ! なっ!」
男たちは武器の切っ先を僕に向けると、一斉に襲いかかってきた。
「フンっ!」
再び石ころを投げつける————が、石は男にぶつかる直前に軌道を変え、明後日の方向に飛んでいったぁ!?
「へへへ! これが俺のSRカード『遠距離攻撃無効 高』!
そんな石ころなんかびくともしねえぜ!」
笑いながら意気揚々と僕に向かって槍を突き立てようと飛びかかってきた。
予想外の出来事に一瞬驚いたが……ベラベラと能力を説明してくれたおかげで冷静になった。
それに、おっそいな……コイツら……
拓殖先輩とやり合った後だから余計にそう感じる。
いいとこアメリの連れと同レベル。
悪いけど、敵じゃない。
2分後…………
「か、勘弁してくれ!」
「デスペナはもういやだ!
明後日にはイベントがあるのに!!」
「ほら! 巻き上げたこっちの世界の金やるから!!」
「ヒヒッ、仲良くしようぜ! なっ!」
男たちは地面にへたり込んで命乞いを始めた。
素手の僕相手に四人がかりで秒殺されるとか……
どおりで女子供を狙うわけだ。
「お前ら……分かってるのか?
この世界はゲームなんかじゃない。
僕たちはみんな人間で今日まで生きてきたんだ。
それをゲーム感覚で殺していい道理なんてないだろう」
僕は出来る限り感情を抑えて淡々とそう言った。
すると男たちは色めきだった猿のように、
「お、おっしゃる通りだ!」
「アンタが正しい!」
「もう狩りなんてしません! ありがとうございます!」
「ヒヒッ、仲良くしようぜ! なっ!」
必死で僕を囃し立ててこの場を凌ごうとしている。
……なんだかなー。
「分かってくれればいいんだ。
僕も君たちとできれば仲良くしたい。
同じ人間同士なんだ。
殺し合いなんて馬鹿げてる。
ここだけでも、終戦ってことにしよう」
僕がそう言って手を差し出した。
「お、おう……わかった……」
男の一人が僕の手を握り返し、握手した。
「アンタって本当に…………バァカだよねええええええ!!!」
手を握った男は力任せに僕を引きずり倒した。
「うっ!」
頬から地面に倒れ込んでしまい、目の前が一瞬チカチカした。
その隙にへたり込んでいた男たちは立ち上がり、一斉に武器を構えた。
……だよなあ。
コイツらがショックアブソーバー切ってるわけないし、ステータス異常でもない限りへたり込むことなんてないない。
「ハハハ!! まさか引っかかるとはな!! マヌケ!」
まー、掌返して嬉しそうに……
「ソイツの関節技は『グラップラー』で補正されてるからな!
素人じゃ抜けられねえぞ!」
ああ、有村が使っているモーションアシストの関節技バージョンみたいなもんか。
「その通り! このまま腕をへし折ってやるぜ!」
素人だな。関節技なんてかけ始めた時の勢いを止めたらかかりにくくなるだけなのに。
「ヒヒッ、仲良く————」
「お前だけNPCかっ!!」
しつこく同じセリフを繰り返す男の鼻を拳で陥没させる。
するとダメージ量が限界を超えたのか光となって砕けて消えた。
「え!? おい!!
なんでお前、手を離して————」
「あああーーーーーっ!!
俺の腕がアアアアアアッ!!」
僕の腕を掴んでいた男の腕はきっちり部位破壊され光となって消えた。
「『グラップラー』ねえ……
モーションアシストのアビリティはどれも僕にとってはハズレだと思うけど、中でもそれは最悪だな」
関節技なんて返し技だらけなんだから。
敵の腕を取れる距離にあるってことは自分の腕だって取られる距離にあるってことだし、寝技の駆け引きもできないのにモーションだけ使えてもノーガード同然だっての。
「残念だけど場数が違う。
お前ら化け物みたいに強い兄貴に関節技かけられて育ったわけじゃないだろ」
痕跡を少なく、道具も使わずに人体破壊、殺害できる関節技の類は忍者にとって必修。
多分、URの関節技アシストのカードを使われても負ける気がしない。
地面の石を蹴飛ばすように腕をなくした男の頭を蹴り飛ばして、破壊完了。
残るは二人。
「なんなんだよぉっ!!
テメエ、どこが人間なんだよ!!
バケモノめっ!!」
「どこまでも人間だよ。
お前らと同じだ」
喚き散らしながら剣を振り回してくる男の間合いに飛び込んで、渾身のボディブローを一閃。
光のエフェクトとともに腹に穴が空いて、消滅した。
「ちくしょう! やってられるかああああ!!」
一人残った男は一目散に逃げ出した。
遠ざかり、夜の闇に紛れてしまうかと思った瞬間————
パコンっ!
軽快な音を立てて男のアゴが跳ね上がった。
それから数度左右に頭が揺れ、糸が切れた操り人形のように地面に倒れ込んだ。
「逃しちゃダメでしょ。
負けてイライラしているところに手頃な獲物を見つけたらきっと憂さ晴らしをする。
こういう連中ってそういうもんじゃない?」
男を殴り倒した有村は気怠げにそう言った。
「まったく……有村にそこまで染まって欲しくなかったんだけどなぁ」
「お腹に爆弾仕込む頭おかしい彼に釣り合おうと思ったら多少はね」
「引っ張るなあ、それ」
フフン、と有村は鼻で笑った。
僕はとりあえず応急的に倒れた男をベルトで拘束する。
下手に倒すよりも生かしておいた方がいろいろ便利だからだ。
「ていうか……なんか要らない心配してたみたいね」
有村は呆れたような声を出した。
「どういうこと?」
「修哉くんは思った以上に切れ者ってことよ。
たとえ心を込めて相手を説得していてもうっかり騙されて隙を突かれそうにない。
コイツらが反撃してくるの予想してたんでしょ?」
「そりゃあ殺気ムンムンだったからね。
先輩ほどじゃないけど僕だってある程度心眼は使いこなせる。
素人の嘘くらい簡単に見抜けるさ」
「ふーん……その割に女の子の気持ちには鈍そうだけど」
「えっ? 僕って鈍い!?」
「ふふ、見抜いてごらんよ」
自分の胸を指差してニマニマと笑う有村。
不敵さ具合は増したけれど、それもまた魅力的だな。
有村のことはさておき……
「大丈夫ですか?」
僕は子どもを庇ってうずくまっている女性に声をかけた。
女性はジッ、と僕の姿を念入りに見た。
確認ではなく警戒といった目つき。
暗闇なのでちゃんとした風貌はわからないが細身で年齢は30歳くらいだろうか。
必死で逃げ回ったのかカットソーやジーンズは泥だらけだ。
「あなたたち……何者?」
「ご安心を。ただの高校生です。
あなたとお子さんに危害を加えるつもりはありません」
「……どうだか」
薄ら笑いをしながら女性は顔を背けた。
その態度に少しだけ腹が立ったけど襲われた後なら仕方ないか。
「アイツらとは違います。
僕たちはちゃんとこの世界の人間で————あ」
違った。彼女は僕が奴らの一味だと勘違いしたんじゃない。
彼女にとっては誰が敵か味方か分からないんだ。
だって、彼女が庇っていた子どもは見慣れた雰囲気の鎧をつけていたから……
女性と子どもという組み合わせで親子だと思い込んでいた。
スマホを取り出してライトで二人を照らす。
眩しそうに手で目を隠す女性は艶やかな黒髪だが、子どもは金色の巻き毛をしている。
二人ともハッキリとした顔立ちで目元が似ていなくもないが、人種がまったく違う。
親子というには苦しいだろう。
「お姉さん、その子をどうした?」
僕の質問を受けて彼女はクワッと般若のような顔をして怒鳴り散らす。
「子どもを守ろうとするのは当たり前だろーが!!
指一本触れさせねーぞ!!」
思ったより荒っぽい口調に僕は少しビビってしまう。
ただ、その様子から彼女に嘘は見えなかった。
「触れさせないならそれでいいです。
だけど、事情を聞かせてください。
もしかしたら力になれるかもしれない」
「信用できっかよ!!
それにオマエぜってーただの高校生なんかじゃねーだろ!」
ただの高校生なんだけど……同じ世界の人間同士なのに説得って難しいな。
と、うらぶれた気持ちになりそうだったところを立て直すように有村が背中を叩いてくれた。
「説得は根気。
あと、安心感」
有村は僕にそう言って、女性と目を合わせる。
「私たちもあなたみたいに向こうの世界の人間の友達がいます」
その一言に女性は驚いたような顔をして見せた。
有村は続ける。
「とりあえず、ファミレスでもなんでも建物の中にいきましょう。
夜に外にいるのは危険です。
ボクもそれでいいよね?」
視線を子供に移して尋ねる。
すると、子供はコクリとうなずいた。
それを見て女性は、ハアッ、と勢いよくため息をつく。
「ゴメンよ。気が立ってた」
「そりゃあそうですよ。
あんなのに襲われたらね。
連中のことはその子から聞いてます?」
「だいたいは……」
有村はうん、とうなずくと近づいて手を差し伸べた。
「私は有村珠紀。こっちは藤林修哉くん。
二人とも早良高校の二年生です」
「ああ……名門校の子達だね。
道理で育ちが良さそう」
自嘲気味な笑みを浮かべて女性は有村の手を取って立ち上がり、手短に自己紹介をする。
「久間京香。
この子は……リュート」
「リュートくんかぁ、カッコいい名前」
「だろ? 良い名前なんだ」
京香さんは少し誇らしげな顔をしてリュートの頭を撫でた。