PHASE40 裸玉の戦い方
学校の敷地の片隅にある古い体育倉庫の中に僕たちは逃げ込んでいた。
なんたって、先輩が派手に窓ガラスぶち破ったりしたおかげで、教師や部活をしている生徒が怪しんで集まってきたからだ。
まったく、忍者のくせに派手な真似を————
「おい、お前が屋上で爆弾なんか使ったのを忘れんな」
「心読んでツッコミ入れてくるのやめてくれません!?」
「何考えてるか分かりやすすぎるんだよ。
やっぱり途中で修行やめやがった奴はダメだな」
「う……どうせ根性なしで肝も座ってないですよ」
僕が自虐気味にそう言うと先輩は穏やかに首を横に振る。
「お前は根性無しじゃねえよ。
そこの女が俺の目の前に立って生きていられることがその証拠だ」
ひいっ、と声を上げるアメリ。
僕のミスで危うく死なせてしまうところだった先輩を救ってくれたのはアメリだった。
窓ガラスを突き破って僕が校舎内に飛び込んできた時、有村と真希奈は僕を心配して駆け寄った。
だけど、アメリだけは窓の外を警戒してすぐに目を向けた。
おかげで落下する先輩を『暗界蠢く十六の暴虐』で受け止められた。
僕たちはもうアメリには頭が上がらないな。
「負けたなんて1ミリも思っていないが、命を拾ってもらった借りは返す。
修哉との約定どおり、その女のことは見逃してやるよ」
やったっ! と声を上げて有村とアメリがハイタッチしている。
そんな呑気にしてられる状況でもないんだけどな。
先輩の腹部にはまだ風穴が空いており、緑色のスライムがそれを埋めようと蠢いている。
「先輩。やっぱり、その傷治しましょうか?
もうクールタイムは終わってますし」
「いらんいらん。
カードの力にどんな副作用があるかわからないからな」
「その不気味な緑色のスライムには副作用は無いと?」
「あるに決まってんだろ。
傷口に焼けた鉄流し込まれるような痛みがするし、使いすぎると中毒になる。
だが、危険が分かっているだけマシだ」
仏頂面の先輩。
その言葉足らずな部分を補足するように真希奈が口を挟む。
「しゅーちゃんを見逃すことを決めた気持ちを忘れたくないもんね。
私も同感。だから治療はいいよ」
顔をしかめながら真希奈も傷口にスライムを塗り込んでいく。
見る見るうちに回復していく傷に恐ろしさを覚えつつも、僕は話を切り出す。
「先輩にはさっき話したんだけど、僕はプレイヤーたちと話し合いをしたいと思ってる。
アメリがこうやって僕たちと仲良くしているように、僕たちを人間だと認めてくれる人もいるはずだ」
「へー、下手に出るんだ。
どうか殺さないでくださーい、って」
僕の言葉に真っ先に反発したのは真希奈。
次に有村が口を開いた。
「うん。みんながみんな鬼畜ゲーマーじゃないと思うよ。
だけど、そういう人もいるよね。
なんの躊躇いもなく女子供を殺せる人だって。
そういう人とも話し合うんだ」
納得いかないのは無理もない。
有村に至っては一度殺されているんだからな。
アメリも曇ったような笑顔をする。
「そうできたら理想的だけど、難しいと思うわ。
話し合うとしても交渉できる余地がないもの。
『ゲームをやめろ』ってだけの話だけど、やめるメリットがない。
良心に訴えかけるのは無理よ」
「僕たちをゲームのキャラ扱いしているから?」
「うん。フレーバーテキストみたいに流されちゃうでしょうね。
言い方悪いけど、虫は殺せなくてもあなたたちは殺せる。
だいたいの人がそうだと思うわ」
みんなの感想は辛辣だった。
「あのさあ」
「なんでどいつもこいつも魔法みたいな解決策を期待してるんだ」
拓殖先輩が呆れたように溜息を吐きながらボヤく。
「兄さんはしゅーちゃんのやろうとしてることに賛成なの?」
「やってみるだけならタダだ。
ホイホイ騙し討ちに掛からなければ好きにやればいい」
意外な返答に有村も虚をつかれたような顔をした。
「へえ、拓殖先輩が一番プレイヤーたちを信用していないと思ってましたけど」
「俺は合理主義だ。
信用なんて主観的なものを判断材料に使わない。
お前達とアメリとやらの関係を見ているとデブリには独立した人格があるのは確かだし、修哉の呼びかけに応じるヤツもいなくないかもしれない」
そう言って先輩はタバコに火をつけて煙を吐き出す。
ふと視線をアメリに向けて口を開く。
「将棋はそっちの世界にあるのか」
「え……ええ。9×9の81マスの盤の上で相手の王を取るゲーム、でいいのよね?」
「あーそれだ。
やってみたことはあるか?」
「ちょっとは。コマの動かし方が分かる程度だけど」
フフン、と先輩は満足そうに鼻を鳴らす。
「俺たちもたまにやったよな」
「あ、はい。修行で爺ちゃん家で寝泊りしてる時とか」
「ああ。爺さんはめちゃくちゃ強くてな。
俺と修哉が二人同時にかかっていってもあしらわれちまうんだ」
爺ちゃんは万能の人だったけど特に将棋についてはかなりの腕前だった筈だ。
「で、一回酷い負け方をしたことがあってな。
こっちは全ての駒を持ってるのに、爺さんは王将一枚だけで戦うって言い出したんだ。
裸玉っていうやつだ」
「はあ!? そんなの勝負になるわけ」
「ならないどころかボコボコにされたよ。
今はいい思い出だ。
非常に教訓深いしな」
相変わらずまだるっこしい言い方しかできない人だな。
慣れていないアメリや有村が混乱し始めているぞ。
僕が目でそう告げると苦笑して本題に入った。
「要するに、盤上を一発でひっくり返すような手はこの局面にない。
それどころか俺たちは裸の玉だ。
敵の本陣に手を届かせることすらできない」
虚空をなぞるように先輩の長い指が動く。
「だが、将棋というゲームは敵の駒を味方につけることができる。
そして裸玉における定跡はいかにして敵の駒を多く引き込むかということなんだ。
俺は意気揚々と爺さんの王将を取りにいった。
だけどヒラヒラとかわされているうちに歩を何枚かタダ取りされ、だんだんと流れが変わっていく。
寝返った歩によって陣形は崩され、大駒を奪われた。
さらに大駒が陣地を食い散らかす。
最終的にはガチガチに固めた穴熊の守りをもろとも焼き殺すかのように押しつぶされて負けた」
ニヤリと笑いながら先輩はアメリや有村を見やるが……
そのまだるっこしい言い回しは僕らくらいしか伝わりませんて……
「要するに一人二人でもしゅーちゃんの声に賛同してくれる人が見つかったなら、それを足掛かりにDEVRどもの侵攻を食い止められるかもしれないってことでしょ。
たとえばカリスマプレイヤーや著名人なんかが「このゲーム内で人殺しをやめよう」って言い出したらわりと影響力あるし」
真希奈が代弁してくれた通りだ。
「全員が鬼畜ゲーマーじゃない。
それだけで十分なんだ。
話し合いに応じてくれる人間がいるならそこから切り崩していく。
時間はかかるかもしれないけど……でも、もしアメリみたいな人が100人集まったら彼らの世界でも無視できない影響力を持つと思うんだ。
声のでかいマイノリティが拡大して世論を動かすなんてのはどこの世界も共通してることだろう。
住んでいる世界が違うだけで同じ人間なら、無闇な殺生は好まないはずだ。
そして同胞がそういう行為に走ることも許さない。
味方を増やせば自然と敵も押さえつけられる」
僕の理論にアメリや有村はまだ懐疑的な目を向ける。
「理想論……ではあるが、まだ誰も打っていない手だ」
先輩がそう言って笑みを浮かべる。
「百足を始め、国防に携わる闇組織はみんなデブリのことを人格のない殺人プログラム程度に捉えているから交渉を持とうとしない。
奴らと接触している人間も皆、高次の存在に対して媚びへつらっているだけさ。
修哉のように対等に話し合おうとしてるバカも、女たらしこんだスケベも他にいないんだ。
どこまでスケコマシが効くか試す価値はある」
「普通に男にも声掛けますよ!
ていうかやめてくださいよ!
これ以上有村を裏切るような真似は————」
「お気になさらず。
付き合っているわけでもない私がとやかくいうことじゃないよね」
有村は髪の毛を弄りながらそんな事を言い出した。
「えっ? 有村?」
「だって修哉くん、先輩と戦うためにお腹に爆弾入れていたんでしょ?
正直引くわ」
「引かれたっ!?」
「いや、そこは引くとこだし。
私もしゅーちゃんを見る目が変わったし」
「まあ……行き過ぎた勇気ってはたから見てると怖いわよね」
みんな僕のやったことにドン引きしている。
「修哉はなあ。モテないわけじゃないんだけど、時々異常性が見え隠れするから」
「アンタにだけは言われたくない!!」
僕が声を上げると拓殖先輩はおかしそうに笑った。