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PHASE4 バックヤード

「いやあああああああ!!

 ヤメてえええええええ!!」


 絹を裂くような女の人の悲鳴が背後から聞こえた。


 振り向くな。


 僕にここにいる()()を守る力なんてない。

 だけど、有村を連れて逃げるだけならやりようはある。


 屋上の端が見えた。

 1メートル半程度の高さの金属製の柵が立てられている。

 僕は有村の手を離し、地面を蹴る。

 柵の上に飛び乗って振り返り、有村に手を差し伸べる。


「来て!」

「来てって……まさか飛び降りるつもり!?」

「心中願望なんてないね。

 このビルは壁から突き出したベランダがある。

 それを伝って建物の中に逃げる」

「ちょっ! そんなの無理でしょ!

 私高いところ本当にダメで」

「だったら目をつぶって僕に抱かれてろ。

 絶対に君を放しはしない」


 強い言葉で有村を説得すると彼女は不安を残しながらも僕の手を取った。


「行くぞ」


 彼女の腕を引っ張る。

 すると無意識に抵抗しようとのけぞる方向に力がかかる。

 だけど、落ち着いて僕はその力の方向を上に向かう力に変え、一気に引き上げる。

 有村の身体は風船のように重さを感じさせずに浮き上がり、柵を飛び越えゆっくりと着地した。

 未体験の浮遊感覚に彼女はうろたえている。


「え……ええっ!?

 修哉くん、いま何を!?」

「後でまとめて説明する」


 僕も柵の向こう側に飛び降りビルの壁を見下ろす。

 記憶どおり、3メートルほど下に壁から突き出たベランダがある。

 おそらく下の階のアートスペースに出れるはず。


「有村、抱かれてって言ったけど変更。

 おぶさって」


 背を向けると有村は、


「だ、大丈夫?

 私意外と重くて、よ……45キロ位あるよ!」

「軽いよ。女の子ってのはなんでそんな体重気にするのかなあ」


 来い、と手招きする。

 おずおずと僕の肩に手を掛ける。


「ごめん、ウソ。

 本当は48キロ位ある……」

「誤差だ、誤差」


 強引に彼女の脚に手を掛けて持ち上げて背中に載せる。


「あ……」


 思わず声を漏らしてしまった。

 彼女の豊満……というほどではないにせよ、ちゃんと胸の膨らみが背中に押しつけられたのが分かったからだ。


「……ごめん、本当にごめん。

 最近便秘のせいで50キロ超えてるかもしれない」


 僕の反応を勘違いした有村がどうでもいい情報を暴露する。


「野菜食えよ、っと」


 有村を担ぎ上げたまま下のベランダ目掛けて飛び降りる。

 もちろんこのまま落ちると脚が折れかねないので壁にかかとを当てたりして減速し、緩やかに着地する。

 すぐさま窓を蹴破ってビルの中に入った。




『当ビル屋上にて火災発生!

 お客様におかれましては速やかに避難してください!』


 ビルの中に戻った僕が耳にしたのは避難を促す館内アナウンスだった。

 客たちは大慌てで逃げ出しているが従業員たちは展示している絵画を下ろして台車に片っ端から積み込んでいる。

 それを見た有村が火がついたように怒鳴る。


「ちょっと!! 何やってるの!!

 早く逃げないと!

 屋上では何人も死んでるんだよ!」

「うるさい!!

 美術品は燃えたらシャレにならないんだよ!!

 うちの店どころか系列店やグループ全体の信用に関わる!」

「そんなの命がけでやることじゃ」

「諦めろ。有村。

 人助けも命がけでやることじゃない」


 有村の手を引いて無理矢理歩かせる。


「ねえ! 修哉くんさあ!

 キミって一体何者!?

 さっきから落ち着いてるし、ビルから飛び降りたり普通の高校生ってのは無理あるよ!」

「落ち着いてなんていないよ。

 訳が分からなすぎて早くここから逃げ出したい。

 さっきのアレは単純に習ったことがあるからだ」

「習ったって…………あ、なんか街中走り回るアレのこと?

 バーリトゥード、だっけ?」

「パルクールのことを言いたいんだろうけど、違うよ。

 詳しくはここを出てじっくり話す。

 有村にはもっと僕のことを知ってほしいし、僕も有村の事を知りたいんだ」


 全然落ち着いてなんかいない。

 気持ちが昂ぶっているせいか有村を抱きしめたくなる。

 吊り橋効果の亜種だろうか。

 使命感と庇護欲が混じって自分に酔いしれそうで危ない。

 冷静に、冷静になれよ。



 階段やエスカレーターは人が溢れかえって今にも将棋倒しが起こりかねない状況だ。

 だったらバックヤード。

 従業員用の階段やエレベーターがあるはず。


「関係者以外立入禁止」の札が貼られた扉を開けてバックヤードを進む。

 両脇には荷物や什器が置かれていて、人二人がようやく並んで通れる程度の狭い通路

 既に従業員たちは逃げたか表に出ているかで無人状態だった。


 逃げ切れる。


 そう確信し胸を撫で下ろしかけた次の瞬間だった。


 ガッ!


 と荒い音を立てて僕の足元に矢が突き刺さった。


「キャアッ!!」


 有村は腰を抜かし尻もちをついた。

 僕は彼女を庇うように前に出る。


「酷い命中精度……【射撃補正】無しじゃ扱える訳ないってことかな」


 10メートル程前方の角から一人の女が出てきた。

 やっぱり……というべきか、コミケ会場から迷い出て来てしまったような格好の女だ。

 黒いダイビングスーツのようなタイトな服の上に紫色のビキニアーマーを身につけ、右手にはボウガン。

 顔は目と鼻を覆うゴーグルのようなもので隠されているが、抜群のプロポーションと光を弾くほど鮮烈な青い髪に思わず見惚れそうになった。


 コスプレイヤーなら人気出そうだな————なんて呑気なことを考えている訳にはいかない。


「一応聞いておく。

 なんでお前らは人を殺す!?」


 出来る限りドスの効いた声を発した。

 すると青髪の女はビクリと肩を震わせた。

 そして上ずった声で返事した。


「そ、そういうこと聞かないでくれないかなぁ!?

 ただでさえ生々し過ぎてキツいのに情に訴えかけてくるってどういう嫌がらせ!?」


 意外だった。

 奴らは精神的なブレがない類の生き物、もしくは殺人マシーンのような存在と踏んでいたからだ。

 ゴーグルのせいで表情が全部分かる訳じゃないがひきつった口元だけでも相当に動揺していることが分かる。


「渋谷の事件もお前らがやったんだな」

「え……なんであなたがその事を?」

「質問に質問を返すなっ!!」

「ヒィッ?!」


 僕の怒鳴り声にえらく怯えている。

 ボウガンを持つ手が震えて、重心も不安定。

 こんな奴が人を殺して回っている、だと。


「なにこれ……【イベントに入った】?

 そういう台本ありきの要素はほとんど排しているって聞いていたのに……」


 ビクビクしているくせに口振りは屋上で虐殺やらかしていた連中と根っこは同じ。

 善悪とかではなく自分たちのやっている事は遊びであるという姿勢を崩していない。


「映画に出てくるモンスターみたいに人間狩りをゲームとして楽しんでいるにしては、えらく繊細じゃないか」

「そういうメタ発言やめなさいよ!

 誰がこんなセリフを書いたの!?」


 メタ発言…………漫画とかで作者を弄ったりするアレのことか?

 それにセリフ。

 ゲーム脳って奴?

 現実と虚構の区別がついていない————


「もういい。

 早く片付けさせてもらうわよ。

 あなたの身体の動きからして【高レアリティ】っぽいし……そっちの女の子は見逃してあげるわ」

「なんだと」


 予想外の言葉が飛び出した。

 有村には手を出さないということか?


「【NPC】に愚痴を言っても仕方ないけど、私だってこんなことしたくないもの。

 リアリティの高いゲームは色々やってきたけどコレはどう考えてもやり過ぎ。

 ハマっちゃったら日常生活に支障をきたしちゃうわよ」


 発言の傾向は変わらない。

 だが、一つ確かなことは僕が奴に命を狙われていることだ。


「有村。僕が合図したら一人で先に進め。

 おそらく従業員用のエレベーターや階段がある。

 一階に降りたらひたすら遠くに」

「修哉くんは?」


 腕にしがみ付く有村の指を引き剥がしながらゆっくりとした口調で聞かせる。


「心配しなくていい。

 コイツをどうにかしたら僕もどこかに逃げる。

 ちょっとだけ、奴らのゲームとやらに付き合ってやるだけさ」

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