PHASE39 決着
拓殖兄視点です
修哉との出会いは6歳の時だったか。
柘植家当主として藤林繕次先生のもとで忍術の修業を始めて一年くらいたった頃、先生が「弟弟子だ」といって奴を紹介してくれたんだ。
妹と同じくらいの小さな男の子。
もちろん忍術の腕も体力も俺とは比べ物にならないほど弱かった。
何をやらしても俺より劣る。
そんな奴と一緒に稽古をつけられるのは面白くなかったし、俺には厳しいだけの先生が修哉には時折、やさしい顔を見せる。
実の孫だからといっても贔屓しすぎだ、と子供心ながら嫉妬していた。
だから修行で競争することがあれば圧倒的に勝つようにしたし、組手なんてしようものなら完膚なきまでに叩きのめした。
そのことを先生は咎めなかった。
むしろ手を抜いたりしたときのほうが怒られた。
そんな感じで疎ましい弟弟子と過ごしながら一年ぐらい経った頃、別の先生のもとで修行していた妹が一通りの基礎訓練を終えたということで先生の教えを受けられるようになった。
当主様からは妹のことは人形だと思えと教えられてきた。
将来、くノ一として俺の手駒にするならば情を抱くと仇になるからだ。
そうやって、距離を置いていた俺の立場をおかまいなしに修哉は真紀奈を自分の妹のように可愛がり、仲良くしていた。
本当に気に食わなかった。
だけど、あることに気づいた。
真紀奈はとんでもなく出来が悪かった。
俺や修哉の修行に全然ついて来れず、修哉がフォローしたり慰めたりさせられていた。
本当に別の先生の修業を終えてきたのか、と呆れながら聞くと、
「あたしがいちばんデキがよかったし!」
なんて言い返してきた。
その時、ふと思ったのだ。
おかしいのは修哉じゃないか?
二つ年上で修行歴も一年違う俺とほとんど同じ修行をこなしていた。
遅かったり、出来が悪かったりはしたが付いて来れていた。
今の修哉は5歳。
自分が修行を始めたのと同じ歳…………2年前の俺は今のこいつに勝てるのか?
答えは否。
俺の中で修哉への評価が急転した。
真紀奈は修哉に鍛えられて修行にだんだんついて来れるようになった。
そういうのもあって修哉と真紀奈は仲が良かった。
そのことに嫉妬はしなかった。
だけど、先生がアイツに期待をかけていることには嫉妬していた。
「うちの孫はすげえだろ、若」
先生が俺にのされて伸びきっている修哉を見て上機嫌に言った。
「どこが。俺の方がずっと強いし」
「そりゃあお前は柘植家の跡取りだからな。
歳下のガキに負けるようじゃ破門だ」
「ズルイよ、えこひいきってヤツじゃん」
ククク、と笑う先生は俺の頭に手を置く。
「そりゃ贔屓するさ。
修哉は孫でお前はよそ様の子だからな」
やっぱりえこひいきだ、と思った。
俺の視線なんて気にもせずに先生は続ける。
「孫は無責任に甘やかしていい。
そう、別に跡継ぎにするつもりもないのに秘伝の忍術を教えてやってもな」
「跡継ぎにしない?
じゃあ、先生の藤林流は?」
「修哉は才能はともかく性格が忍びには向かねえからな。
ま、こんなもん別に途絶えたって困りゃしねえ。
俺の親父たちの頃には既に忍術なんざ機関銃や戦闘機の前に破れ去ってるんだ。
もはや腕っ節が強いくらいでどうにかできることなんて大してないんだよ」
先生の自嘲じみた物言いに俺は腹を立てた。
「そんなことない!!
俺たち忍びの一族がいたからこの国は滅びずに済んだ!!
近代兵器に忍術が負ける?
そんなわけない!
俺が! 先生の藤林流忍術が世界最強の武器であると証明してやる!」
まくしたてる俺をうっすら笑いながら見て、先生は言葉を返す。
「な、わざわざ修哉に継がせなくてもいいだろ」
俺はハッとして、恥ずかしくなって顔が熱くなった。
「若。お前は宿命を受け入れることを義務付けられている。
それ自体は現代の感覚で言えば不幸なことだろう。
だが、お前が幸せを得られないかと言えば、そうじゃない。
忍者の棟梁をやっているような怪しげな奴でも仲良くしてくれる友達が一人でもいればお前の人生はぐっと幸せに近づく」
「修哉は……跡を継がないんだろ」
「跡を継がなくても、お前のことを理解してくれる。
知ってるか?
コイツが修行を頑張っている理由ってお前ら兄妹と仲良くしたいかららしいぜ」
「はあ!? 意味わかんねーし!」
「分かるだろ。
コイツはお前らのこと好きなんだよ。
だから、出来る限りお前らと同じ物を同じ目線で見たいと思っている」
「……そんなことしてほしいなんて、言ってない」
「言ってなくても伝わるもんさ。
そういう大らかで優しい心がコイツには備わっている。
だから、俺の自慢なんだ」
その場で先生の言葉の意味を理解することはできなかったけれど、何年もかけて、俺は修哉を知っていった。
先生は表向きは修復士という美術品の修理みたいなことをしている。
きっと、どこか壊れている俺を直すために修哉と俺を繋げてくれたのかもしれないと、今では思う。
走馬灯……か……
数秒後には俺も修哉も地面に叩きつけられて死ぬ。
受け身を取るのも壁を走るだけの力も残っていない。
しかし、先生の言うとおりだった。
修哉の懐の広さは本物だ。
物騒なことをやっている先輩も、売春している同級生も、異世界からやってきた殺人鬼だって受け入れてしまう。
忍者には不向き極まりない。
そんなアイツに俺も真希奈も、きっとあの女デブリも救われていたんだろう。
そしてアイツは優しさを捨てることなく、このクソッタレな状況を解決する道を見定めた。
話し合いで仲良くなって解決なんてきっと不可能。
俺が百足の上層部に上申したら気が触れたと思われて投獄の後、再教育だな。
何人も組織の仲間が殺された。
日に日に民間人の死者が増え続けている。
何人ヤツらを追い返しても次々に湧いてくる連中との戦いに終わりはない。
だから……俺は夢が見たい。
最後の力を振り絞って修哉の胸ぐらを掴む。
「修哉……死ぬな……」
「せ、先ぱ————」
「うおらああああああっ!!」
校舎の窓ガラスに向かって思いっきり投げつけてやった。
ガッシャーーン! と派手な音を立てて窓ガラスを割って修哉が校舎内に突っ込んだ。
かなり痛いだろうが、アイツなら無事だろう。
さて、後はこのまま落下する俺の死体の始末だが……上手く真希奈がやってくれるか。
アイツだって修哉を守りたいんだ。
余計な兄貴もいなくなったなら心置きなく想いを吐き出せるだろう。
「兄さんっ!!」
真希奈の声が、修哉を投げ込んだ階から聞こえた。
すげえタイミングだ————
「ま、間に合えええええええ!!」
必死な女の声が聞こえたかと思うと、窓ガラスを突き破ってミミズを思わせる気持ち悪い生き物が飛び出してきて俺の身体に噛み付いた。
そして、落下する俺を引っ張り上げようとする。
スキルカード?
だが、これじゃまるで俺を倒すというよりも助けにきたような……
ドサッ! と地面に叩きつけられたが身体に噛み付いた何かのおかげでかなり勢いが軽減された。
致命傷にはならない。
「なんだよ……生き残っちまった」
地面に倒れ込んで仰ぎ見る青紫色の空ではうっすらと笑うように白い月が上っていた。
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