PHASE38 宣言
目の前の先輩のダメージからして僕の予定通りに前半戦は運べたようだ。
多分、先輩はカードによる強化を行っていない。
それどころか銃器まで……だったら、勝ち目はあるか。
「とんでもないクソ度胸見せやがって……!
腹の中に爆弾セットするとか」
「仕方ないだろ。アンタと僕との実力差は絶望的だ。
カード使って、絡め手使って、あと精神攻撃してようやくこんなところだ」
「精神攻撃? なんのことだ?」
受けた覚えがないみたいな顔して。
真希奈の事についてはだいぶ思うところあるみたいだけれど。
家の名前を出して大袈裟な名乗りをさせるくらいには。
「先輩をここまで追い詰められるヤツそういないでしょう。
和解してくれるなら、奴らの始末には手を貸しますよ。
その腹の傷も治してあげます」
先輩の腹の中には爆弾によって穴だらけになっている。
意識を失わないだけでもさすがだが、これ以上は致命傷になりかねない。
だけど先輩は僕の提案を鼻で笑った。
「バカが。この程度の傷で何を勝ち誇っている」
「合理的に考えましょうよ。
これでは僕を倒せたとしても後に残りますよ。
僕の能力なら無傷に————」
「どうして回復がDEVRどもだけの特権だと思った?」
そう言って、そばに設定されていた金属管を叩き壊す。
中から透明なガラス管が出てきた。
緑色のスライムみたいな物質が入っており、分厚い金属製の蓋で保管されているが————
バリン!
いきなりそのガラス管を自分の腹筋目掛けて叩きつけた先輩。
付着したスライムは意志を持った生物のように先輩の傷の中に入り込んでいく。
「こっちの世界にだってゲームみたいなアイテムはあるんだぜ。
表沙汰にはなっていないだけでな」
「はは……世界って広くて深いな」
目に見えて分かる回復効果。
失われた肉が再生し、裂けた皮膚が繋がれていく。
しかも体内に入り込んだ金属片を引っ張り出している。
そういえば生物兵器を開発しているブラックリストエネミーもいたな。
後ろで繋がっていても不思議じゃないが。
とりあえず、今しなきゃいけないのは分析じゃなく、トドメだ。
僕は地面を蹴って先輩に襲い掛かった。
「チッ!」
僕の拳をわざわざ受け止めた。
ダメージはある。
レストアマスターほど理不尽な能力はないようだ。
「僕はそんな理不尽な要求してますか?!
ほんのわずかな事を見逃せと言ってるだけですよ」
「相手の要求には応えない。
こういう仕事をしている者の鉄則だ」
「だったら! 幼馴染としてはどうなんですか!?」
回復中の腹部を思い切り蹴り上げると先輩は顔を歪める。
「幼馴染……って誰のことだよ。
テメエはただ同じ師の元で学んだだけ。
しかもお前は逃げ出したじゃねえか。
藤林の血を継ぎながらその宿命から逃げた裏切り者だ」
「我が家はその辺緩いんだよ!
親父は金融マン、伯父さんはブライダルカメラマンだぞ!
どっちも忍者なんかより真っ当な仕事だ!」
「そうだ!
真っ当じゃない仕事だからこそ誰かがやらなきゃならんのだろうが!」
長身を活かした振り下ろしストレートが僕の顔面に炸裂する。
手負いの人間とは思えない破壊力の一撃。
身体能力だけで為せる技じゃない。
痛みを噛み殺して傷口をえぐりながら拳を放てる精神力。
それが拓殖先輩の恐ろしさだ。
「お前は中途半端なんだよ!
関わりあいたくないならそれでいいのに、首を突っ込んできてカードまで使いやがった!
もう無関係なんて言い訳は通らない!
DEVR接触者は駆逐対象だ!」
「だから生殺与奪を他人に委ねないでくださいって!
アンタ個人としてはどう思ってるんだよ!?」
「火種はキチンと踏み潰す。
現状においてはお前の命よりも民の安全を優先する!」
「この仕事人間が!!」
舌戦以上に拳の交錯は激しい。
完全回復したはずの僕の身体が数分と持たずに不調を来し始めた。
先輩の方はもっとやばいだろう。
出血量のせいか顔色が真っ青だ。
もし————
「武器を使ってれば、僕を秒殺するなんて容易いだろうに」
思わず口にした言葉に、先輩は口元を緩めた。
「そりゃそうだ。
お前を殺すだけならあのDEVRをぶち殺した時に一緒にやってる」
両手を十字に交差させ、先輩の蹴りを受け止めた。
威力が落ちてきている。
足を高らかに上げたまま先輩は喋る。
「突然だったんだ。
渋谷にヤツらが現れた時、俺の仲間たちは現場に直行した。
みんな民の逃亡を助けるため、最後まで戦い抜いた」
その口ぶりから仲間の人たちは死んでしまったのだろう。
穏やかな表情に憂いが混じる。
「若い奴は14とかだぜ。
オッサンの中には一緒に住んじゃいないが嫁や子供がいるのまでいた。
だけど、全員死んだというのに弔うことが許されない。
みんな百足に入るときに戸籍を抹消し、死んだものとなっているからだ。
俺も既に……真希奈ももうすぐだ」
「なっ……だから退学させたのか!?」
「社会との繋がりを残すと面倒だからな。
拓殖の家に生まれ、忍びの技を修めるとはそういうことだ」
間違っている。
いくら超常の力を手に入れようと、そんな非人間的な扱いを受けなきゃならない道理なんてない。
先輩は僕の顔色を見るだけで何が言いたいのかを察した。
そんな態度に僕は怒る。
「ふざけんな。
アンタみたいな特別な力を持つ人間ならそんな掟破っても構わなかった筈だ。
なんなら百足なんかじゃなくて自分で組織を立ち上げてもいい。
そんなんだったら、僕だって協力できる」
「買い被り過ぎだ。
俺にそんな器はねえよ。
忍びとして生き、元からそこに居なかったように死ぬ。
最期の瞬間に自己満足できれば上等だ」
プツン————と、僕の頭の中で何かが切れた。
同時に怒りと悲しみの感情が決壊し、身体を突き動かした。
「ふざけんな!!」
突き出された先輩の拳をくらいながらも首を捻って威力を流し、懐に飛び込んでボディブローを放つ。
それを機関銃のように何発も。
「ぐうっ!!」
先輩もたまらず、後ろに下がるが当然追撃する。
「そんな破滅的な最期がお望みなのに、なんでっ!?」
怒りにより分泌させられた脳内麻薬が疲労と痛みを吹き飛ばし、僕の動きを加速させる。
拳と蹴りが先輩を追い詰めていく。
「なんで僕と仲良くなんかした!
真希奈だけじゃなくアンタだって!
僕みたいな厄介者に近づいたら、アメリの件がなくてもいずれ似たようなことが起こっただろう!
分からなかったとは————」
「分かったさ。
真希奈の入学式でお前の顔を見た時、ヤベエって焦った」
バチンと僕の拳を受け止める先輩。
「だけど、同時に嬉しいとも思った。
使命と自分の気持ちを両立させたいと思うくらい。
だから俺と真希奈はお前を大切にすることにした。
自分が守る世界にお前がいる。
そのことを思えば、頑張れるって……思ったんだよ!」
ゴツ! と頭突きの一撃をくらった僕は脳震盪を起こし足元がおぼつかなくなる。
すかさず先輩が僕の首根っこをつかんで壁に押さえつける。
「だからこっちに来い。
この状況とお前のしでかしていることを考えれば組織に入ったほうが安全だ。
あの女を生け捕りにして手土産にすれば疑惑も晴れる。
修哉…………お前に死んでほしくねえんだ」
先輩はまっすぐ僕の目を見て説得してきた。
もし、立場が逆だったら僕も同じことをしたのかもしれない。
大切な友達の命と無関係な異世界の女の子のゲーム中の死。
秤にかけるまでもない、けれども……
「先輩の気持ちはわかりました。
だけど、そうはいかない」
「なぜだ!?」
「…………プレイヤーを倒しても終わりが来ませんよ。
死んでもどうせよみがえる。
そして、いくら先輩が強くてもやがて追いつかれる。
カードによる強化は強力です。
僕が先輩とある程度やりあえるくらいですからね。
そんな奴が何百何千と襲ってきたらひとたまりもない」
「何かカラクリがあるんだ。
奴らがこの世界にやってこれる。
それを見つけ出せれば――――」
「もっと、簡単な方法があるじゃないです……かっ!」
両足をそろえて先輩の胸を蹴飛ばすと僕の首をつかんでいた腕を離し、たたらを踏んだ。
「奴らが僕たちを殺そうとするのは僕たちのことを人間だと思っていないからです。
先輩やその組織とやらがDEVRなんて呼んでいるように。
だけど、相手が人間だと、感情を持って生きている生き物だと分かれば殺すことができなくなる。
アメリが裏切り者とそしられても、痛みに苦しんでも信念を曲げなかったように」
「……友好条約でも結ぼうってのか?」
「ああ、それですね。
そうだ、そうすればよかったんだ」
「ふざけんな!!
そんな都合のいい平和的な手段があってたまるか!
すでに千人以上の人間を虐殺してきた奴らだぞ!」
「僕は身近な人間が殺されたわけじゃないから、先輩の怒りを分かってやるなんてこと言えません。
だけど、このゲームが続けばもっとたくさんの人が死ぬ。
ようやく考えがまとまりましたよ。
僕はアメリ達と友好条約を結べる道を目指します」
口にすると今までずっとモヤモヤしていたものが霧散したような気がした。
アメリが戦っているのに何もしない自分のふがいなさ。
日常が壊されていく不安。
そして大切な人たちと一緒にいたいという願望。
それら全部を解決できる。
このゲームを講和という形で終わらせることができれば。
「僕は僕の夢と信念のために戦います。
いま、ここから!」
僕がそう宣言すると、先輩は笑った。
「そんなもん……誰が賛同するんだよ」
「少なくともアメリ。有村も。
真紀奈だって、割と納得してくれるんじゃないですかね」
「……無理だ。奴らのほうが死なずに一方的に攻め込んでこれるということで圧倒的に有利なんだ。
友好関係なんてのは対等な間柄じゃないと成立し得ない」
「僕はアメリと友好関係にありますけどね。
そして同じように考えられる人はたくさんいると思います。
彼らもまた人間なんですから」
僕は足を広げ再度構えをとる。
「だから、先輩の言うことは聞けません。
アメリと一緒にこっちの世界とあっちの世界をつないで見せます」
「交渉は決裂だな」
先輩も体をかがめ構えを取る。
全身が痛むし、気を抜けばその瞬間に意識を失いそうなほど疲れも溜まっている。
次の一合で…………決めるッッ!!
ドン! と地面を蹴りつけ先輩の間合いに入った。
出血多量で瀕死の先輩に向かって打撃を叩き込んでいく。
当然、先輩もやられっぱなしじゃない。
一撃をくらっても続く二撃目の攻撃にはカウンターを合わせてくる。
お互いノーガードで必殺の一撃を応酬し合った。
体力の限界を超えた壮絶な殴り合い。
見る見るうちに戦闘可能な時間がなくなっていく。
もうすぐ決着がつく。
ガツっ! と僕の拳にたしかな手ごたえがあった。
先輩はのけぞり、口から血を噴出した。
そのひるんだ隙を逃がさない。
僕は後ろに回り込み、羽交い絞めにして残る脚力を全部費やして壁を駆け上がり、天空に向かって翔ぶ!
あと少し。最高到達点で体を反転させて頭から落ちる。
体力の限界にきている柘植先輩に技は外せない。
それで決着がつく、と思った。
思ってしまった。
勝利を確信したかすかな気の緩みが僕の身体の興奮状態を冷まし、忘れていた疲れや痛みを思い出させた。
「しまっ……」
体が宙を流れた。
僕と先輩の体はフェンスを越え屋上の外に投げ出される。
そして、次の瞬間、20メートル弱の高さから地上に向かって落下が始まった。