PHASE35 価値ある敗北
戦闘開始10分足らずで剣がすでに2本折られた。
カードの強化もなく武器も持たない、シンプルな肉体だけの力でカードで強化して剣を扱う僕を圧倒できる先輩はやっぱり異常だ。
バキイッ!!
振り下ろした剣の刃の腹を叩いて砕く。
完全にこちらの太刀筋を読み切っていないとできない超絶技巧。
この瞬間、僕は明らかに敗北を意識した。
「西洋剣は扱いづらいだろう。
慣れない武器で俺に挑みかかってくるなんざ愚の骨頂だ」
そう言ってローリングソバットで僕の腹に蹴りをぶち込んできた。
肉体や骨格の強化にも限度がある。
確実にあと数手で貫かれる。
「カードの使用にしても、組織でもやってるやつはやってる。
副作用なんて気にしてられるほど楽な仕事じゃねえからな。
じゃあ、なんで俺が手を染めなかったか」
バババッ! と胸の前で手で絵を書いてるかのような軌道で高速に動かす。
一見無駄に見えるこの動きは藤林流『朧月』。
手の動きが読み取れなくなった直後、散弾銃のようにほぼ同時に高速の拳打が着弾する。
「ガハッ!?」
あばらが折れ、脇腹に激痛が走る。
カードによるドーピングで手に入れた筋肉の鎧がついに限界を超えた。
「答えは簡単。
必要なかったからだよ。
ゲーム感覚で自分の体や技を強化しているDEVRどもが束になってかかってきても俺に傷一つつけられんさ。
俺は俺の鍛えた力で人類を救う。
ヤツらの力なんて使わん!」
残った一本の剣を両手に持ち、全身全霊で突きを放つ————が、腕が伸びきらない。
真剣白刃取りの型で先輩の両掌は僕の剣の刃を止めていた。
「覇っ!!」
気合とともに手首を捻り刃をへし折られた。
これで正真正銘、近接武器がない。
それを見極めて先輩の猛攻が火を吹く。
容赦ない拳打と蹴撃により僕の身体は破壊され動けなくなってしまう。
「さあ、第一ラウンドは俺の勝ちだ。
続いて第二ラウンド始めようぜ」
やっぱり……レストア・マスターのことを知っているんだ。
たしかにレストア・マスターは究極の回復スキル。
たとえ手足がちぎれようが一度死のうが回復させてくれる。
だが、クールタイムは60分。
一度使えばその戦闘中の再回復は不可能だ。
となると、その一回をどこで使うかがカギとなる。
「どうした? 使わねえのか?
だったら死ぬだけだぞ」
先輩は寝転がった僕の上にまたがり胸ぐらを掴み上げる。
「最後にもう一度チャンスをやる。
組織に入るんだ。
そうすればお前は死なずに済む!」
冷血な戦闘マシーンと化した先輩の顔が一瞬血の通った人間に戻った。
心苦しい。
こんなに本気で説得してもらってるのに忘れちゃうなんて。
「先輩。マジ感謝です。
あなたが僕のことを気にかけてくれているの本当に嬉しい。
許せないこともあるけど、それでも僕は先輩が好きです」
先輩の顔がほころんだ。
僕はすでに戦闘不能。
武器を取って戦うことはできない————けど!
「先輩。『後半戦開始です』」
完全回復のスキルを最も有効に使う手段。
それはダメージと引き換えに確実に戦果を上げられる手段とともに使うこと。
この展開は読めていた。
剣を振り回して戦っても僕は先輩に勝てるはずがない。
こうやって先輩は最後の最後まで僕を説得しようと近づいてくる。
それを利用した。
音声認識。
スマートスピーカーだなんだってよく使われている技術だが、別に大したことをしてるわけじゃない。
音をマイクで読み取ってデジタル信号に変換してそれに応じた動作をする。
だけどそれで十分なんだ。
テレビの音量を上げ下げするのも、電灯を消すのも————爆弾を起爆させるのも。
ハアッ! と息を吐いて爆発に備えた瞬間、
僕の腹部に仕込んだ指向性の爆弾は起爆し、腹を突き破って先輩に金属片と爆炎をお見舞いした。
「なっ!?」
流石の先輩も回避はできなかった。
咄嗟に顔を腕で庇ったみたいだが重傷は免れまい。
「ゴフッ!」
あー、やべえ……
意識が遠くなる……
どうせ死にかけから回復できるなら有効活用しなきゃな……
自爆攻撃……これが先輩に挑む上での最適解と判断して昨日の晩のうちにこそこそと仕込んでおいた。
「れ……【レストア・マスター】」
上等過ぎる戦果は上げた。
あとは、任せる。
戦闘開始時の状態に戻った未来の僕に。