PHASE34 女だからって
引き続き有村視点です。
体育倉庫を出ると日がかなり傾き始めていた。
夜になればプレイヤーたちが暴れだす。
もしそうなったらこんな目立つ戦闘している場所はすぐに見つかってしまうんじゃない?
私みたいな能力を持っている人だっているんだろうから。
そういうの全部分かってやってるんだよね、修哉くん――――――――
(とりあえず、殺しとくか)
口の中で飴玉を転がすようにしてつぶやいた小さな小さな声。
戦っている場所を探り当てるために起動されていた感度良好が拾ってくれた。
「危ないっ!!」
と叫んでアメリちゃんの腰にしがみつき彼女と一緒に転がった。
直後――――カツン! と音を立ててコンクリート造りの壁に棒のような刃物が突き刺さった。
それはアメリちゃんが頭を下げていなければ後頭部を貫いていただろう高さだった。
コツ、コツという足音はブーツを履いた足でコンクリートを歩く音。
方角は私の背後左寄り、時計に見立てて7時の方角とかいうんだっけ。
私たちが走っていた渡り廊下のそばにある水飲み場の陰から彼女は現れた。
小柄な身体をタイトなレザー素材のジャケットとミニスカートにねじ込んで。
「あぶなぁい、だって。超ウケる。
逆にあぶねーっつーの。
たまちゃんに当たるかと思ってヒヤリとしちゃったし」
甲高くて甘いアニメキャラみたいな声。
可愛くていいなあ、って思ってたけど今はただただ怖く聞こえる。
かわいい、とこわい、って音が似てるだけじゃなくて結構近いところにあるものなんじゃないかって思える。
「柘植…………真希奈!?」
「人の名前を気やすく呼んでんじゃねえよ、クソゲーのキャラが。
昼間歩き回ってるってどういうこったし?
受肉でもしやがったか?」
相変わらずアメリに対して厳しい。
「マッキー! いま、修哉くんが戦って」
「知ってんよ。だってやりあってるのウチの兄さんだもん」
柘植先輩が!?
だって二人は仲よさそうだったのに!
「えーと、二人が戦う理由はない、とか考えてるのかな…………いや、微妙に違うっポイな。
難しいなぁ、【心眼】って。
とりあえず、何考えてるのか置いといて、兄さんはたぶん本気だよ。
そうじゃなければ大好きなしゅーちゃんを傷つけたりしないし。
やるからには徹底的に。
最悪、死んじゃうかもしれないね」
「あなたは!! あなたも修哉くんのこと好きなんでしょ!?
なのになんでそんな余裕ぶって!」
「よゆーじゃないよ。胸が張り裂けそうなくらい痛い。
こんなことになるくらいなら変な意地張らずに抱いておきゃ良かった。
そうしておけば、しゅーちゃんもバカなことしなかったと思う」
マッキーは棒状のボールペンくらいの大きさの刃物を取り出した。
「これね、棒手裏剣っていうんだ。
手裏剣って言ったら四つ刃のイメージだろうけどバリエ豊かなんだよ。
こいつは貫通力特化型。
当てるのは難しいけど刺されば人体を貫くなんてワケない。
平和な世界に生きているたまちゃんには想像もできない話だよね」
マッキーはダーツを構えるように棒手裏剣とかいうのを頭の横まで持ち上げて構える。
狙いは私の後ろでしゃがみこんでいるアメリ。
「兄さんのところまでいかせない。
ここでくたばれ、クソ女!!」
【感度良好】により視覚を強化!
投げ放たれた棒手裏剣がアメリののど元に向かって飛んでいく。
避けられない――――と思ったその時、アメリの腕が高速で振り払われた。
カラン、と音を立てて真っ二つに切られた棒手裏剣がコンクリートの渡り廊下に落ちる。
「…………マジ?」
マッキーが目を丸くした。
アメリがナイフで棒手裏剣を切り落としたんだ。
私もびっくりしている。
「別に私もあなたみたいな特別な訓練を受けたわけじゃないわ。
今でもプレイヤー相手の殺し合いだって怖いし、この世界の人を傷つけるのは無理…………なんだけど、仲のいい人の命がかかってるとなったら別よ。
あなたを邪魔できないようにしてあげる」
そう言ってアメリはナイフを構えた。
「ざけんなよ…………元はといえばテメエがいなければしゅーちゃんは!!」
マッキーが叫びながら腕に装着したホルダーから棒手裏剣を取り外し次々と投げる。
でも高速で飛んでくるそれを見切ってアメリが切り払う。
すごい…………アメリってこんなに強かったんだ!
アビリティのモーションサポートがあるとしてもおととい戦った連中の誰よりも動きがキレてる。
するとマッキーが痺れを切らした。
「ああんっ! もうっ!!
クソうざってえなあ!!」
そう叫んでマッキーはスカートをまくり上げ、拳銃!? を取り出した。
「嘘!? そんなものまで!」
「剣だの槍だの持ったクソどもを駆除するには必要に決まってんだろ!
くたばりやがれ――――」
弾かれるように身体が動いていた。
立ち上がり、二人の間に私は立った。
すると、マッキーが「げっ!?」って顔をして拳銃を下にそらした。
おかげで1秒かそこらの隙が生まれた。
それで十分だった。
私は飛ぶようにして地面を蹴りつけ、マッキーの懐に飛び込んだ。
「な!?」
「やあっ!」
拳銃を握る彼女の手首にチョップ!
さらにわき腹に膝蹴り!
さすがのマッキーも予想外の私の攻撃に驚いたのか拳銃を取り落としてしまう。
足元に転がった拳銃を滑らせるようにして後方に蹴り出した。
「有村っ!! てめえ!!」
マッキーが肘を使って顔面を殴りつけてきた、けど寸前でガード!
逆に彼女の太ももをキック!
顔はかわいそうだからこめかみにパンチ!!
しっかりとした手ごたえとともにマッキーが地面を転がった。
「どうだっ! 私だって戦えるんだぞ!」
勝ち誇るように私が言うとうずくまったまま、マッキーは語りかけてきた。
「有村ぁ…………その動き、カードを使いやがったの!?」
「うん。アメリが私の身を護るためにってくれたカードだけど、ほとんどアメリのために使ってるわね」
てへ、と笑いながらアメリちゃんの方を振り向いた。
でもアメリちゃんは怖い顔をして、
「タマキ! マキナを見て!」
それが警告だと気づいた私はすぐに振り返る。
眼前に迫ったマッキーのこぶしを上半身をエビのように反らして避けた。
「なるほど…………身体能力を上げているんじゃなくて、体の操作を上手くするアビリティか。
しかも、体術とくれば普通に武器の扱いを上手くするカードより強いじゃんね。
いいカードもらったじゃん、有村ぁ!」
「きゃあっ!!」
痛い! ガードしてるけどお構いなしにマッキーが殴りつけてくる!
腕が…………折れ――――
「タマキ!!」
私とマッキーを切り離すようにアメリちゃんが飛び込んできた。
続けて振り払うように左右にナイフを振るってマッキーを後退させる。
「ちっ! 仲良すぎだし!
いつのまにか下の名前同士で呼び合ってるし!
どさくさにまぎれて私のことも下の名前で呼んでたし!
なんなのオマエ!?」
喚き散らし地団駄を踏むマッキー。
まだ腕がジンジンしてる…………本気で殴ってきたんだ。
「マッキー…………邪魔しないでよ!
私たちは修哉くんを助けたいの!」
「うるさいっ! そんな小さいレベルの話してる奴がカードを体にぶっこむような真似しやがって!
そんなワケのわからないものを体の中に入れることに抵抗なかったのかよ!!」
…………耳が痛いなあ。
これは感度良好の使い過ぎ? ってわけないよね。
あの時の私は怒り狂って見境なくなってたからなあ。
非日常に放り込まれてテンション上がってたのもあったかもだけど、うん。
普通、やらないよね。
人が死んだら出てくるカードを自分の体の中に入れるなんて。
「アハハ。深く考えてなかったわ」
「てめっ――――」
「シンプルに力が欲しかったから使ったの。
で、今もシンプルに修哉くんを助けたいだけだもん。
私、賢くないからさ。
マッキーほど色んなこと考えられていないと思うんだ。
でも、私はそれでいい」
私はこぶしを構える。
マッキーをじっと見据えて。
「先のこととかたくさんの人のこととかどうでもいい。
今、ピンチの大切な人を守る。
それ以外のことはそのあとで」
私の言葉はどうやらマッキーには受け入れがたいものらしい。
かわいい顔がワナワナと鬼の形相に変わっていく。
「…………有村。
私に喧嘩売るつもりなんだ」
「タマキ! 私が前に出るから無茶しないで!」
アメリがナイフを構えてマッキーに向かっていった。
でも次の瞬間、アメリの体は宙を一回転してマッキーの後ろにたたきつけられた。
「え?」
「まさかさ、私が女だからってしゅーちゃんより弱いと思った?」
距離は離れていたはずだ。
なのにたった一歩でマッキーは私の眼前に迫っていて、
「くノ一を舐めんじゃねえよ」