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PHASE32 決闘

 屋上は業務用エアコンの室外機とかが多数設置されており稼働音が凄まじかった。

 漫画やドラマに出てくる晴れやかな空が似合う屋上とは雲泥の差で、工場の一角といった感じの場所だ。

 そこをあの人は気に入っていた。

 騒々しい機械の駆動音が自分の気配を消してくれるから落ち着く、と。


「試すには程度が低くないですか?

 そこだけ色が違いますよ」


 換気装置の一種と思われる巨大な金属管だが色が鮮やかなものがある。

 僕の言葉に反応したようにガタガタと動いて、外れた。


「隠れ身の術……なんて古典的過ぎたか」


 そう言って高い鼻を鳴らしたのは、予想どおり拓殖先輩だった。

 よれたスーツを着込んで頬がこけるほど痩せたその姿は健康の心配をしてしまいそうになる。


「やつれてますね。

 ブラック企業の勤務に疲れ果ててるんですか?」

「大したことねえよ。

 女の子のこめかみをライフル弾でぶち抜くだけの簡単なお仕事さ」


 話が早い、が煽るようなその言い草に少なからず腹が立った。


「彼女はショックアブソーバーを切っています。

 他のプレイヤーと違って痛みを感じるんですよ」

「らしいな。アブソーバーの強度は肉体表現のリアルさに比例する。

 頭がぶっ飛んで中身が飛び出すヤツらなんて初めて見た」

「っ!? 分かってて……平気なんですか!?」


 僕が怒鳴るのを煩わしいと言わんばかりに耳をほじって聞く拓殖先輩。

 圧をかけつつも僕は内心怯えている。

 僕は、


「どうせ俺には勝てないとか考えてんだろ」


 ……こういうところだ。

 相手の心中を見透かす【心眼】。

 超能力じみた術を息を吐くように使いこなしている。


 中途半端に修行を終えた僕と免許皆伝になるまで修行を積んでいる先輩とは大人と子供ほどに忍術の威力に差がある。

 対話を選んでくれているのはとりあえずは僕を害するつもりはないということだろうが、


「お前、ヤツらのことプレイヤーって呼んでるんだな。

 ナイスバディの女の子にえらく肩入れしてんじゃねえか。

 エロガキめ」

「そんなんじゃ」

「プレイヤーってのは、この世界がゲームの舞台だと認めちまってるってことじゃねえの?

 完全にヤツらの視点じゃん」


 ギクリとして僕はたじろいだ。

 拓殖先輩は不敵に笑う。


「俺の所属する組織はヤツらをDEVR(デブリ)と名付けた。

 Defined Entity of Virtual Realityって、要するに仮想現実の作り出した実体があるプログラムの一種。

 どういう仕組みか分からないがな」

「それって……」

「そう。逆にヤツらがゲーム世界のキャラクターってことだ。

 だから女の子の頭が吹き飛ぼうが拷問の末に気が狂おうが何も気に病むことじゃない。

 そうだろ?」

「でも! 彼女たちは僕たちの世界に一方的に干渉している!

 世界の設定を変えるように身体の中にカードを埋め込んだり、不死身の存在として攻め込んできている!

 彼らの方が優位で……あれ?」

「優位、たしかにそうだ。

 だからそいつらに与するのかい?」

「違う! アメリはこちらの世界の人を殺していない!

 逆にプレイヤーキルをして被害を減らしてくれている!

 彼女とは協力できる。

 彼女の世界の人間が全て敵というわけじゃ」

「ふざけんのも大概にしやがれっ!!」


 先輩の目がクワッと開かれ雷が落ちたような怒号を放った。

 怯んだ僕の胸ぐらを掴み身体を浮き上がらせる。


「奴らが人間……?

 だからどうした?

 どこまで色ボケてやがんだテメェは。

 昨日時点で判明しているだけで1937人。

 それがDEVR(デブリ)によって殺された人間の数だ。

 しかもそれは指数関数的に拡大されていってる。

 最悪の予測では半年で1000万人の犠牲者が出る積算が出ている。

 この国の中だけでな!」

「いっ……!?」


 あまりにとんでもない数字に頭がくらりとした。

 現時点だって、歴史的な大災害に匹敵する。

 それだけの数の人の命が失われている。


「それだけじゃない。

 この国はすでに世界各国から渡航禁止国扱いを受けている。

 この事態は現状日本だけだ。

 パニック映画のお約束だが被害が世界に拡大する前に核兵器で国土をまっさらに焼き尽くそうって案も出始めている。

 そんな状況なのにマスコミはDEVR(デブリ)絡みの事件を一切報じず、芸能人の不倫やら政治家の食事が高級やら平和な報道ばかりしてやがる。

 だからお前も呑気に制服着て学校に通ってられるし、女どもとデートしたりできるんだ。

 気楽で、クソなご身分だよなあ!!」


 そのまま腕を振るい壁に叩きつけようとしてきたがかろうじて壁に足をついて回避する。



「修哉っ! テメェが何も関わらずに平和に暮らしているなら何も言わねえ。

 だが、DEVR(デブリ)と関わってヤツらのお遊びに付き合うってなら話は別だ。

 そんなにヤツらを倒したいなら俺と組織に入って一緒に戦え!!

 ともに師範に学んだ仲だ。口添えしてやる。

 あの藤林繕次の孫と聞けば拒まれることはない!」


 先輩の言うことはごもっともだ。

 僕にはささやかなれど力がある。

 先輩ほどでなくてもプレイヤーと戦うには十分な力が。

 今まで見過ごしてくれていたのは先輩の優しさなのだろう。

 だけど、


「そこに入ったら戦う相手を自分で選べないでしょう」


 僕は先輩に問う。

 僕が次に言いそうな言葉を予測して不快感を露わにする。


「戦うことは好きじゃない。

 だけど戦わなくちゃいけない時に戦えない男になるのは嫌だ。

 だから修行をやめた後も基礎トレーニングだけは欠かしていなかった。

 でも、それは自分で選んで責任を持って戦う時のためです。

 他人に生殺与奪の意志を委ねるような生き方をするためじゃない」


 僕はアメリを殺せない。

 たとえ本当に死ななくても。

 同様にアメリみたいに僕らの存在を認めるプレイヤーに僕は拳を向けることはできない。

 失格なんだ。

 命令を遵守する忍びとしては。


「その考えは大いに結構。

 この件が始まる前なら「だよな」って笑ってやれてた。

 だが今は……この期に及んでそんな戯言をほざく貴様が許せない!」


 空気が変わった!

 殺る気だ!


「二度と忍術の使えない身体にしてやる……

 俺を怒らせるのはこういうことって、分かってんだろっ!」


 地面を蹴る先輩。

 先輩の足運びはもはや蹴り技。

 強靭さと柔軟さを併せ持つ脚力と人間離れした瞬発力を兼ね揃えた肉体が可能とする驚異の運足術。

 誇張表現とされている忍者の壁走りや水面走りの伝説を現代に蘇らせてしまった怪物――――それが柘植嘉明つげよしあき

 藤林流忍術の最後の継承者にして現代最強の忍者。


 その全力の疾走の勢いそのまま放たれる拳を僕は額にくらった。


 ガチン! と金属の塊同士がぶつかったような音が衝撃とともに耳に届く――――が、


「…………怒ってるのは自分だけだと思ってるんですか?」

「!」


 額に直撃している拳を掴み、がら空きの脇腹に回し蹴りをお見舞いした。

 咄嗟に身を引いて威力は殺されたが手ごたえはあった。

 もう一度! と足を振り上げた瞬間、軸足を払われ転倒する。


「シッ!!」


 息を吐いて僕の腹を勢いよく踏みつけてきた。

 ()()()()一発で内臓が破裂する一撃。

 しかし――――僕はその踏みつけられた脚の足首をつかみ、振り回すようにして地面に叩きつけた。

 すかさず起き上がり立ち上がっていない先輩の顔面をサッカーボールのように思い切り蹴り上げた。

 直撃を食らいながらも即座に体勢を立て直し、僕に対して防御主体の構えを取った。


「修哉ぁ…………テメエ使いやがったな!」


 さすがに察しが早い。

 僕はこの戦闘に入る前にアメリが装備していなかったアビリティカードを全部装備した。

 筋力強化と骨格強化のバフが無ければ耐え切れなかった。

 怒りの表情を向けてくる先輩に少し臆しながらも答える。


「任務遂行のために手段を選ばない。

 人体を壊すための格闘術を身に着け、毒や罠の扱いを学び、寝込みや無防備を襲う手練手管を編み出す。

 忍者というのは卑怯者と罵られ人の道を外れても構わない。

 ただ合理的であるべきだと僕は教えられてきましたよ」

「カードの正体は未だ掴めていない。

 使用することで人体にどんな影響を与えるのかわからない。

 そのことを承知で使ってやがんのか?」

「無論です。

 ですけど、こうでもしなければ先輩には勝てない。

 僕が勝ったら、僕やアメリに干渉するのをやめてください。

 あと、真希奈を自由にしてやってください」


 先輩の表情が一瞬、素に返る。


「お前、真希奈が何をやってるのか知ってるのか?」

「……アイツが先輩と同じように『百足むかで』の一味として働いているなら、しかもくの一なんて立場なら、やらされるようなことは想像がつきますよ」


 百足の名前が出た時、先輩の眉が潜められた。

 そこまで僕が掴んでいるとは思っていなかったのだろう。

 僕は続けて追求する。


「こないだ、真希奈に会いました。

 その時……聞かされたんですけど、アイツの写真……ばら撒いた奴を知ってるって。

 まさかとは思いますけど————」

「俺だよ。自分の立場をわからせるためにやった。

 拓殖の家に生まれ、くノ一としての修行を受けた娘が明るいところで生きるなんて許されない」


 高校に入って再会した拓殖兄妹は明らかにまとっている雰囲気が変わっていた。

 僕には親しく接してくれていたけど、彼らはもう覚悟を決めていたのだ。

 忍びの道で生きていくことを。


「ふざけるなよ……

 僕に自分の目で見て、手で選択しろって言ったアンタが!!

 どうして真希奈には!」

「真希奈は宿命を受け入れている。

 アイツのわがままは『あと一年だけ遊ばせて』とだけ。

 俺は譲歩し、アイツはそれで納得した」

「僕は譲らないし、納得しない」


 先輩は僕の大切に思うものを悉く踏みにじった。

 それを許すわけにはいかない!


「誓って戦え!!

 柘植家の名を賭けて戦い、約定を守る、と!!」


 僕は吠えた。

 一方、熱くなっている僕とは対照的に先輩の顔色はどんどん真っ青になり、気配がどんどん失われていく。


「…………なるほど、ならばこれは決闘だ。

 柘植家三十七代目当主として、敗北の暁には貴様の約定を呑む。

 容赦はしない。

 下賤な忍びといえど家名を賭けさせることの重さ、知らんとは言わせねえぞ」


 目の前にいるのに見過ごしそうになってしまうような異様な気配を漂わす先輩。

 彼の本気を僕はまだ知らない。

 だから全力で、殺すつもりで挑みかかる!


「『メタルラゲッジ』展開オープン!」


 スキルカード『メタル・ラゲッジ』。

 この中にはプレイヤーが使っている武器が入っている。

 刃渡り80センチくらいの大型剣を二本、出現させ両手に握る。


「覚悟しろ!! 修哉アアァァァァッ!!」

「こっちのセリフだ! 柘植ェっ!!!」


 現代において数少ない忍術を学んだ者同士の決闘の火蓋が切って落とされた。

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