PHASE31 犯人の心当たり
アメリの死体を見てしまった衝撃は精神だけでなく、肉体にも不調をきたす。
「……おええっ!」
胃から吐瀉物が込み上げてきて地面にぶちまけた。
お昼に食べたバーガーは全部外に出てしまった。
そうこうしているうちにアメリの身体とあたりに飛び散った血と肉片も光となって消え失せ、有村から借りた服だけがその場に残された。
……動け、バカっ!!
僕は自分の頬を張り、近くの家の塀の影に身を隠す。
幸い、人通りの少ない住宅街。
さっきのアメリを目撃した人はいない。
だが、何が起こった?
プレイヤーの攻撃!?
いや、まだ日中だ。
日光から身を隠せば何かできるかもしれないが……
もしくはアメリの『我は陽光を恐れず』の亜種か?
しかし、何も見えなかった。
高速移動を極めたとしても僕の動体視力で捉えられないほどの強化なんて無茶苦茶としか……ん?
身を隠している壁に穴が空いていることに気づいた。
そして、アメリの頭とその穴を繋ぐ軌道の先に……あった。
アメリの頭部と家の壁を貫いた衝撃で弾頭が歪んで潰れてはいるが、明らかなライフル弾。
狙撃されたんだ……
落ち着け。
アメリは死んだわけじゃない。
しっかり光となって消えた。
アイツの本来いるべき世界に戻っただけだ。
あの一瞬で葬られたなら痛みはなかったはずだ。
慎重に壁から顔を出し、辺りを見渡す。
そこそこ家の立ち並んだ住宅街だ。
そのことと弾丸の軌道から予測するに、狙撃ポイントはおそらく……
僕の視線は1キロ以上先にある、高層マンションに向かっていた。
プレイヤーは現代兵器を使えない。
必然的に犯人はこっちの世界の人間ということになる。
そして、アメリがプレイヤーだということを知っていた。
僕は壁を乗り越え、再びアメリが撃たれた往来に立つ。
数分間、動かず立ち止まっていたが僕が撃たれることはなかった。
家に戻った僕は周囲に警戒しながら玄関に入り、鍵をかけ、チェーンロックもしっかり行った。
だが、ひと息つくことはできない。
部屋の中に誰かがいる。
そして、武器を構えて僕の様子を窺っている……分かりやすい気配のおかげで、安堵できた。
「アメリ、僕だ」
そう言って部屋の電気をつけた。
案の定、アメリがナイフを構えていた。
「シュ、シュウヤ?
さっきは————」
「この部屋の会話は全部聴かれている」
僕がそういうと、アメリは目を丸くする。
「言っておくけど、カードの能力じゃない。
さっき君を狙撃したのも同一犯でこの世界の住人だ」
カードの能力じゃない、ということを強調して有村でないことを言外に伝えた。
昨日に引き続きやらかされるようなことは僕らはしていない。
アメリが余計なことを口走らないうちに言葉を畳みかける。
実際、彼女はデスペナルティが軽減されている事を考えずこっちに来た。
「ヤサがバレた以上、外に出るのはオススメしない。
君も味わった通り、犯人は一瞬で君を殺せる。
つぎは部屋の外に出た瞬間、ズドン! だ」
「ど、どうすれば」
「しばらく、自分の世界に戻れ。
この件については僕が解決する」
「……分かった。
あなたに任せるわ」
元気のなさそうなアメリを見て胸が痛んだ。
せっかく楽しい1日を送ったというのに台無しだ。
アメリは有村から借りたスーツケースを見つめ切なそうに呟く。
「はは……タマキにせっかく服借りたのになあ」
「置いとくよ。
いつ戻ってきても大丈夫なように」
そう言った僕をアメリは見つめてきた。
ケガひとつない彼女の身体を見て、衝動的に抱きしめたくなる。
彼女が生きているということが嬉しくて、その存在を感じたくて。
でも、そんなことをしてる場合じゃないし、そもそも有村を傷つけるようなことをしないと決めている。
僕は自分にそう言い聞かせる。
一方、瞳を潤ませたアメリは戸惑い気味に口を開き……
「シュウヤ……別にタマキだったら、あなたが求めればちゃんと応えてくれると思うし、変態みたいな行為は慎んだ方がいいわ。
たとえ、彼女の服に残り香がしたとしても」
「僕が有村の服に何かすると思ってんのか!?」
「けだものと呼ばれてたし」
「しないよ!! わかった!!
明日返しておく!! これでいいな!?」
なんてやりとりをした後、アメリはクローゼットの中に入って自分の世界に戻っていった。
僕は服を脱ぎながら、虚空に向かって語りかける。
「僕の着替え動画なんて見てもつまらないと思うけど……まあ、いい。
明日の放課後。
学校の屋上で待ってるよ」
僕の予想どおりの人物が犯人ならこれで現れるはずだ。
どういう話に転がっていくかは分からないけれど、明日はヘビーな1日になることだろう。
翌日、学校で有村に会った僕はアメリの借りていたスーツケースを渡した。
すると怪しむような顔で僕に尋ねてきた。
「アメリちゃん、何かあったの?」
「ライフルで頭をぶち抜かれて死んだ」
「ハァッ!?」
口を両手で押さえて叫びを殺す有村。
彼女が呼吸を整えている間に淡々と状況を説明する。
「もちろん、本当に死んだわけじゃない。
夜にはステータスは下がっていたがこっちにログインしていた。
どうやらアイツのカードの中にデスペナを軽減するようなものがあるみたいだ」
『我は陽光を恐れず』の能力のひとつだが、詳細を口にしないほうがいい。
「あと、撃った奴はこっちの世界の人間だ。
僕の部屋にも盗聴器がつけられている」
「嘘!?」
「これが妄想だったら別の意味でヤバイ。
というわけだから、一旦これは返しとく。
しばらくアメリを外には出さないつもりだ」
僕の口振りから危険な事態であることを察した有村は言葉少なく聞いてくる。
「修哉くんは狙われているの?」
「いや、おそらく今のところは命までは奪われない可能性が高い気がする」
「なに、そのフワッとした答え」
「どう転ぶか分からない。
この犯人はそういう人間だからな」
有村は誰、とは聞かなかった。
自分が知ってもどうしようもないと思ったし、何より僕がとても気が重そうなのを察してくれたのだろう。
追求の代わりにこんなことを言ってくれた。
「また、三人で遊びにいこうね」
放課後。
屋上に向かう階段の前でストレッチをする。
準備運動というのはバカにならない。
試合の前にウォーミングアップをしないアスリートはいないことからも分かる。
最高のパフォーマンスを発揮するためには気合いや根性だけでは足りない。
気合や根性は負けそうになってから頼りにすればいい。
と爺ちゃんは言っていたな。
準備を整えて、僕は屋上に出る扉を開けた。




