PHASE26 暗界蠢く十六の暴虐 〜タイラント・テンタクラ〜
残るはひとり。
女のようだが、AMと比べるとごく平凡な容貌。
やっぱりアイツが特別なんだな、とホッとしたような気持ちになる。
AM……本当にアイツは変わっている。
さっき頭を潰したヤツは僕たちをザコと呼んだが、その方が普通なのかもしれない。
ゲームの世界の人間に感情移入してそれを守るために戦うとか、同じ痛みを味わうためにショックアブソーバーを切るとかホントどうかしている。
帰ってくるたびに青ざめていたのは相手を殺す罪悪感だけじゃなくて、痛みによる恐怖に苛まれていたからだろう。
あんな虫も殺せないようなオタク女が味わうには酷すぎるケガを毎晩しながら、そのことを口にせず一人耐えていた。
そのことを知った時、僕と有村は強い衝動に突き動かされた。
一刻も早く、僕たちの仲間……AMを救わなくちゃ、って。
「AMを離すなら一思いに楽に殺してやる。
抵抗するなら二度とこのゲームに戻ってこられないくらいに恐怖を刻み込んでやる。
痛みがないだけでこの世の苦痛から逃れられると思うなよ」
桃色の髪の女は恐怖、怒り、憎悪……中に詰まったネガティブな感情をぶちまけるように顔を歪めた。
「……ざけんな、ざけんな、っざけんなっ!!
ザコ敵風情があああああっ!!」
AMから手を離す、が解放せず足元に転がし踏みつけにする。
手にはスキルカードが掴まれていた。
「喰らい尽くせ!!
【暗界蠢く十六の暴虐!】」
カードが光った瞬間、考えるよりも速くカンが働いた。
「有村ァッ!!
コンテナの後ろに隠れていろ!!」
桃色の髪の女の腰回りからスカートが生えるように触手が生える。
その太さは僕の腕くらいだが長さは10メートルを優に超える。
先にはグロテスクにも口がついており自律した意識を持ってカタカタと歯を噛み合わせている。
それが16本。
「ウエッ! 気持ち悪い……」
「だからSSRカードなのに使用は避けているんだよ!
でも、威力は尋常じゃねえよ!!」
桃髪の女はその場から動かず、触手を一斉に僕に向けて解き放った。
「うわっ!?」
それぞれが別の生き物のように宙を泳ぎ空気を切り裂いて僕に噛みつかんと襲い掛かる。
人間の攻撃とは全く異なる動きに翻弄され、後退してしまう。
が、後退も安全な回避策とは言えない。
「!? チッ!!」
3本の触手が別働隊のように大きく周回して僕の背後に回り込んでいて一斉に襲いかかってきた。
地面を転がって間一髪回避するも、自分に安全圏がないことを実感する。
有村はあのアビリティがあるし、不意打ちをくらう可能性は低い。
が、それは僕がメインターゲットになっている間だ。
複数の触手の多面攻撃を回避する技量はモーションアシストを駆使しても足りない。
くそっ! せめてAMがアイツから距離を取ってくれていれば!!
ボディバックに詰めた爆弾はもう一つ残っている。
安全ピンを外せば衝撃で起爆する仕組みになっている。
死角からこれを放り込めばあっさりと片付く。
だが十中八九AMも死ぬ。
爆弾に詰められた金属片に全身を貫かれて。
そんなことできない。
この世界の人間と同じように痛みを受け入れると言った覚悟。
それを知っているからこそ僕は彼女を傷つけられない。
「AM!!
ショックアブソーバーとかいうの使って!!」
背後のコンテナからオコジョのように顔を出して有村が叫ぶ。
「で、できない……
だから、私もろとも殺して……!」
苦しそうに声を出すAM。
そんなこと言われても「はい、そうですか」なんて割り切れるか。
触手をなんとかかいくぐって避けるが流石に息が切れてきた。
「うふふふふ!!
見た目がキモいなんて言って避けるものじゃなかったかも。
これを使って街中で大暴れしたら最高だろうなあ!」
桃色の髪の女はイカれた発想をし始めた。
怪物になって虐殺してまわりたい願望なんて犯罪者予備軍通り越してアウトだろ。
「調子に乗るなよ! かかってこいクソ女!」
挑発して僕に意識を集中させる。
頭に血が上って突っ込んでくれればこっちのものなんだが————
「やーだよ。オマエめっちゃ強えし。
オマエ倒したらさぞかしいいカード落ちるんだよね?
チョー楽しみぃっ!!」
奴は身体を動かさず触手だけを伸ばして攻撃し続ける。
このままじゃジリ貧だ。
一か八か玉砕覚悟で接近戦に持ち込むしかない!!
「有村!! 俺が負けそうだったら全力で逃げ出せっ!!」
「え!? ちょっと! やだ!
修哉くん!!」
有村の声を振り切るようにして地面を蹴る。
高速飛躍と鈍足歩行を混ぜて幻惑する運足術【通り雨】。
いくら優秀な武器でも使い手は所詮素人。
テクニックで抑え込んでやる。
一発でも当たればふらついたところに一斉に他の触手が襲い掛かってくる。
そうなれば助からない。
ギリギリの緊迫感の中、紙一重のところで攻撃を避ける。
「ええいっ!! 鬱陶しいなあっての!!」
接近すればするほど、奴の攻撃は熾烈になる。
だが、距離がある状態で爆弾を投げても弾き落とされる可能性が高いしAMを巻き込みかねない。
ギリギリまで接近してピンポイントに奴だけを————
「これならどう!?
【太陽の爆発】」
「しまっ————」
咄嗟に目を閉じたが強烈な閃光はまぶたの上から僕の目を焼いた。
「ぐあっ!!」
思わずその場でたたらを踏む。
油断した!
別にカードは一種類につき一枚限りというわけじゃない。
仲間と同じカードを持っている可能性なんて十分ありうるじゃないか!
視界を奪われながらも触手が接近するのを気配で感じ取った。
だが情報量が足りない。
カンで体を捻って床に倒れ込んだ。
かろうじて直撃は避けた。
しかし、ボディバックのバンド部分が食いちぎられて爆弾ごと床を転がった。
「フジバヤシシュウヤ!!」
AMの叫び声が耳朶を打った。
しかしその警告に応えることはできず、手足に激痛が走り動きを止められた。
「ああああああっ!!」
眩んだ目を無理やりこじ開け自分の体を見ると至るところに触手が噛み付いていた。
実際噛まれてみて分かったがコイツの歯はピラニアのように鋭く細かい。
その気になれば10秒そこらで僕の身体を食い尽くせるだろう。
「MR9736!! お願いします!!
やめてください!!」
「AM4438ぃ……そんなもん答えは決まってんだろ」
女はペッ! とAMの顔に唾を吐き嗤う。
「やなこった。
キャハハハハハハ!!
ミンチより酷いことにしてやんよ!!」
ダメか————!!
「たしか、このピン外せばいいんだよね」
!?
有村が僕のバッグの中から爆弾を取り出して……ピンまで抜いた!?
「バカ!! よせ!!」
「バカとは失敬だなあ。
これでも小学生の頃はソフトボール部のエースピッチャーだったんだ……からねっ!!」
有村は発言どおり腕を一回転させて下から放るソフトボールのピッチングフォームで爆弾を投げた。
爆弾は勢いよく桃色の髪の女の横をすり抜けて背後の壁にぶつかり————
バァーーーン!!!
炸裂音を立ててトタンの壁に大穴を開けた。
それだけだ。
敵には一切ダメージを与えていない。
「あり……むら……っ!
笑い事じゃ済まない————」
「私は言われたとおりにやったよ!!
AMちゃん!!」
有村が叫んだ。
同時に僕の体に噛み付いていた触手が離れていく。
なにが————
「あつうううううう!!
ショックアブソーバー効かせてこれかよっ!!」
日光か!?
有村が開けた大穴からはちょうど登ってきた朝日の陽光が差し込んでいる。
その時、僕は有村の行動と言葉の意味を悟った。




