PHASE25 救出
颯爽と現れたフジバヤシシュウヤの姿に私も驚いたがそれ以上に他の連中が泡を食っている。
「な、な、んだあああ!?
なんなんだよ!?」
「プレイヤーキル!?
それとも————」
取り巻きの女の声が止まった。
果物ナイフが喉を貫いたのだ。
「…………嫌ア……レア……スキルがあ」
貫かれた喉から漏れたのは所有カードに対する未練。
そんなもんよね。
痛みがなくやり直しが効く死、なんてのは。
「ち……ザコが調子に乗るんじゃねえ!!」
DX3390は自分を奮い立たせるように叫んで突っ込んでいった。
もうひとりの取り巻きも追随する。
装備はともに片手剣。
それぞれ【凄腕剣士】(レアリティHR)や【ソードファイター】(レアリティR)を持っているからモーションアシスト効果が付く。
それに私より身体能力強化が進んでいる。
さすがのフジバヤシシュウヤでも危ない————というのは、杞憂だった。
取り出した万能包丁とトンカチをナイフとメイスの二刀流に見立てて迎撃する。
恐ろしいことにそれで圧倒してしまうのだ。
何のカードの補助も受けていない生身の状態にもかかわらず、洗練された無駄のない動きで攻撃を寄せ付けずジワジワとダメージを与えていく。
まず落ちたのは取り巻きの男だった。
「ど、どういうことだよ!?
まさかブラックリストエネミー!?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。
僕はただの高校生だ」
フジバヤシシュウヤの持っていた包丁がズブリと肩口に刺さる。
剣を持っていた腕が上がらなくなり無防備になっていたところにトンカチが脳天目掛けて振り下ろされた。
スイカが割れるように頭部が破壊され、まもなく消失した。
「次はお前だ」
鋭い眼光で威圧されたDX3390は普段の高圧的な態度を潜めジワジワと後ろに下がっていく。
凄い……本当に凄い……と、彼の圧倒的な戦いを見て興奮していたが不意に違和感を覚えた。
初手で殺された取り巻きの女。
今殺された男。
後ずさるDX3390。
私を拘束するMR9736。
……あれ? あとひとりは?
見渡すと奴はフジバヤシシュウヤの後方にあるコンテナの上に乗って弓矢を構えていた。
私と違って弓矢のアビリティ【ハイアーチャー】(レアリティHR)を持っている。
「フジバヤシシュウヤ! あぶ————」
「うるせえよ!!
何!? オマエの仲間かよ!?」
MR9736は腕で私の口を塞いだ。
フジバヤシシュウヤを狙う矢が引き絞られ、今にも放たれそうな時、
「てやあああっ!!」
弓矢を構えた男のさらに背後から、誰かが飛び蹴りをくらわせた。
細い手足にパーマのかかった柔らかそうな茶髪の女の子……アリムラタマキ!?
蹴りをもろにくらった男は弓矢を落とし、一瞬焦るが現れたのが華奢なこの世界の女の子だとわかって笑みを浮かべる。
「驚かせやがって。
キミの相手は後でじっくりしてやるから、今は眠って————」
「うるさあああああいっ!!」
アリムラタマキの綺麗な右ストレートが男のアゴに炸裂した。
驚き、以上に深刻なダメージを受けている模様。
痛みがなくとも急所に当たった攻撃は身体機能を低下させる。
ふらつき、たたらを踏んでいることからもそれは明らか。
「あはは……実際やってみるとスカッとすんね。これ。
私さあ、ゲームとかやらないし、イジメたりイジメられたり大嫌いなんだけど……」
彼女は拳をキュッと握り込んだ。
「やられっぱなしはもっと嫌いなんだよねっ!!」
モーションアシストを受けた拳打の連打はもはや弾幕。
弓矢以外のモーションアビリティを持たない奴はナイフで反撃しようとするもことごとくが出鼻を潰されて、相手の攻撃を防ぐ術も無くガリガリと削られていく。
まるで動きが見えているような――――
もしかして……あの時、私がドロップしちゃったカードはあの子が!?
「ね、ねえ……キミ、なに装備してるの?
モーションアシストだけじゃないよね。
アビリティ? それともスキル?」
男はダメージを受けても痛みは感じない。
だから自分をボコボコに殴りつけるアリムラタマキに余裕を持って話しかけられる。
彼女はそのことが不快で仕方ないと言わんばかりに口鼻を狙って拳打を打ち込んだ。
「殺すなよ。
ゲームとはいえクセになるとまずい」
「あはは、たしかに気持ち良すぎだね。
今度痴漢に遭ったらぁー……ボコボコにしてやろうっとっ!!」
ゴパァン! とアリムラタマキの拳が男の顎を打ち上げる。
吹っ飛ばされてコンテナから落ちていく男の頭をボールを打ち返すかのようにトンカチで砕くフジバヤシシュウヤ。
あっという間に敵は残り二人になった。
「ザコ……って呼んだなお前。
この世界で毎日を生きている人間をザコって呼んでるのか?」
フジバヤシシュウヤは静かに問いかけながら、一瞬で2階部分に逃げていたDX3390の目の前に近づく。
「疑問を持たなかったのか?
命乞いをして逃げまどう人々に人生があったんじゃないかって一瞬でも考えなかったのか?」
「NPCの分際で説教垂れてんじゃねえよ!!」
DX3390はスキルカードを取り出した。
「【太陽の爆発】」
読み上げられたその名はスタングレネードのような閃光を放つ引き金。
DX3390の右手を中心に眩い光が放射するように拡がる。
「クウッ!」
「キャアっ!」
知っている者に取っては目を閉じて腕でまぶたを塞げば避けられるただの目くらまし。
だが、初見で回避するのは不可能。
あのフジバヤシシュウヤでさえ目を押さえて苦しんでいる。
「ハハハッ!
どうだ!?
これがスキルカードの力だ!!
何の能力もないクセに人間様に歯向かってんじゃねえよ!
このヒトモドキが!!」
DX3390はあえて、武器を使わず拳と蹴りでフジバヤシシュウヤを痛めつける。
鬱憤を晴らさんとばかりに恍惚の表情で殴りつける姿は狂気に身をやつしていて思わず震えた。
一方、フジバヤシシュウヤは悲鳴ひとつ上げず、じっと守りを固めている。
その様子があまりにも不気味で耐えきれなくなったのか、MR9736は声を上げる。
「遊んでないでトドメをさせて!
効力が消えるよ!」
その声を受けてわずかに冷静さを取り戻したDX3390はフ、と息をついて剣を構える。
「たしかにこの後には裏切り者のバーベキューも待ってるんだ。
サッサとくたばれザコ敵ぃ!!」
モーションアシストが大振りの攻撃に合わせて最適な重心移動、軌道修正を行う。
フジバヤシシュウヤの頭上から振り下ろされる必殺の一閃。
確実に殺される————と思った瞬間。
陽炎に揺れるようにフジバヤシシュウヤの身体は消えて、次の瞬間にはDX3390の背後から腰に抱きついていた。
さらに間髪入れず、
「飯綱落とし」
と呟き飛び上がると空中で身体を半回転、DX3390の頭頂部を下にして吹き抜けを飛び降り、下の階に落ちていく。
「ぎゃあああああああっ!!
やめろおおおおおお!!!」
頭から落下することは痛みがなくても生物の本能が拒む。
恐怖を刻み込まれながら地面に頭を打ち付けられてDX3390は消滅した。
「さて……あとひとりだ」
目眩しから立ち直ったフジバヤシシュウヤは鋭い目でMR9736を睨みつけた。