PHASE24 ショックアブソーバー
失敗したわね……
まさかアリムラタマキにハメられるなんて。
ああ、でも今に始まったことじゃないか。
仲良しだと思っていた友達に「裏切り者!」とか呼ばれたり、ビンタされたり、階段から突き落とされたり、クラス全員から無視されるよう仕向けられたり。
ただのゲーオタだからゲーム好きの男子と仲良く話してたら「男に媚びてる」
顔はいいけど不誠実で乱暴そうな男子の告白を拒否したら「何様のつもり」
私のやることなすことが気に食わない人がいるというより、私が周囲の人間に疎まれる才能を持っているんだろう。
こんなゲームの世界のキャラクター……ううん。
違うわね。
アリムラタマキも人間だったんだ。
だから私のことがムカついたんだ。
思い当たる節はある。
フジバヤシシュウヤの家に入り浸っていたのは事実だし。
もちろん反論はできるし、彼のことを擁護だってできる。
でも今さらね。
「ヘッヘッヘ。
問答無用のプレイヤーキラーなんてどんなやべえヤツかと思ったらお前かよAM4438。
俺らからバックれて楽しくやってたみたいじゃないか」
私は今、両手脚を縛られてコンクリートの床に転がっている。
取り囲んでいる五人は私もよく知っているプレイヤー。
リアルの知り合いでもある。
屈強な体格(になるようアビリティを振っている)赤髪の男はDX3390。
五人のリーダー格。
それにしなだれかかっている桃髪の女がMR9376。
私を奴隷か何かだと思っている。
残り三人はその取り巻き。
でもスクールカーストの最下層である私よりは地位が高く、私を好きに使っていい権利を得ていた。
今いるのは真っ暗な建物だけど、ここがどこかは分かる。
港の倉庫のひとつ。
彼らの拠点であり、制圧ポイントだ。
私は一回だけ、ここを使った。
フジバヤシシュウヤの家に厄介になる前にこの世界に来るには彼らを頼らなくてはいけなかった。
まさかまたここに来ることになるとは思わなかったけど。
「また色々やらかしちゃった?
ゲームのキャラから垂れ込まれたのよ。
プレイヤーキルしているAM4438をおびき出すから捕まえてって」
MR9376は私の前に殴り書きされた手紙を再度突きつける。
字の筆跡でアリムラタマキだと一目でわかった。
DX3390は笑いながら近づいてきて私の顎を足の甲に乗せる。
「残虐非道が許されるゲームで犠牲者側になる気分ってどうだい?
強制ログアウトはできない。
助けに来てくれる警官や良識人はこの世界にいない。
アレ、これリアルよりやべえんじゃね?
ワハハハハハハハ!!」
何も面白くないのに笑って周りもそれに従うように笑う。
ああ嫌だな、こいつらのこういう感じ。
「で、どれくらいカード集めたの?
20枚? 30枚?」
彼女の問いに嫌々答える。
「……3枚だよ」
2枚はフジバヤシシュウヤにあげたのでノーカンで。
「はあ!? プレイヤーキルまでして!?
つっかえねえな!」
「やっぱ普通に女子供のエネミー狩ってた方が得なんだよ。
プレイヤーは普通に抵抗するし、デスペナ対策でクソカードを装備に混ぜることも多いしな」
笑いたければ笑え。
おまえらみたいにイージーモードな感性してないんだ、こっちは。
自分ながら面倒だと思うけど。
「どうしようかなあ。
なあMR9376。
ゲームの中ならヤっちまっても浮気にならねえよな」
DX3390は私の身体を舐め回すように見て欲望を顔に滲ませた。
MR9376は嫌そうな顔を隠しておらず、不承不承といった感じで口を開く。
「モヤッとするけど……でも、それが一番効くよね。
コイツみたいなネクラ女、男を知らなさそうだし。
プラマイ……プラスかなっ!!」
彼女は私のみぞおちに爪先をたたき込んできた。
カードで強化されているわけでもない普通の蹴りだけど当たりどころが悪くて、息ができなくなった。
「ガ……ハァッ!?」
鉛を胃に詰め込まれたような苦しさと湧き上がる痛みで声にならない悲鳴を上げる。
やっぱり、痛みには慣れられない……
「あれ……お前、もしかして【ショックアブソーバー】カットしてるんじゃね?」
DX3390がツカツカと近づいてきて私の中指を掴んだ。
「や……やめて……」
私の懇願を笑顔で受け止め、容赦なく折った。
「ああああああああっ!!
イタイっ!!」
バキリという乾いた音が雷鳴のように身体に伝わり、同時に激痛が走った。
折れた指が朽ちた枝のようにだらりと力なく垂れ下がる。
「へえ。ショックアブソーバーを切ったらダメージ描写がリアルになるんだ。
あとで呟いとこ」
取り巻きの一人はそう言ってメモしだした。
別の取り巻きは試してみようと私のお腹を力一杯踏んだ。
もうひとりの取り巻きは楽しそうに私が痛み喘ぐのを眺めていた。
「面白いじゃん。
ゲームってのも悪くないね。
死ぬまでやっても実際は大丈夫なんでしょ。
AM4438。
アンタはムカつくけどいい娯楽だわ。
アンガーポルノ、ってヤツ?
フフ。文字通りポルノなこともさせちゃうけど」
彼女は生来のサディスティックさを隠そうともせず靴のかかとで私の頬を踏みにじりながら語りかける。
「ねえ、どうしてわざわざ自分が辛くなるように辛くなるように立ち回るの?
痛いことされるのが好きな変態?
だったらイジメがいなくなるんだけど」
再びみんなで笑う五人。
今回は心の底から笑ってんだろうなあ、私のこと。
どうせ————
「どうせアンタ達には理解できないわよ」
思わず口をついて出た。
反抗的な態度にむかついたのかバカにされたことに気づいたのか、奴らは私を怒りの目で睨みつけた。
怖い……今でさえ怒りを買っているのに、これ以上煽ったらどうなってしまうだろう。
心が震える。
プライドも全部かなぐり捨てて謝ってしまいたくなる。
このメンタルの弱さが人としてもゲーマーとしても弱点であると私は知っている。
だから————
『心を鎮めろ』
「……臨兵闘者皆陣列在前。臨兵闘者皆陣列在前。臨兵闘者皆陣列在前」
「な、なんだ? 念仏?」
弱点だと知っていれば対応すればいい。
ゲームにおいて完全無欠のキャラを操作できることは稀だ。
必ず弱点や不備がある。
だったらそれ込みで最高のパフォーマンスを引き出すことを考える。
弱点から逃げるな!
「アンタ達はこの世界の人間をどう捉えてる?
私たちと同じ姿形、心や思想を持っている彼らをただのプログラムだと思ってる?
生き物だと思ったことはない?
別の世界の人間から見た私たちのようなものだと思ったことはない?」
「は? 意味わかんねーんですけど。
何ゲーム脳ってヤツ?」
「あら、分かってるじゃないの。
男にケツ振るしか脳のないメス犬みたいなヤツだと思ってたけど」
ようやく言いたいことを言えてスッキリした。
逆にMR9376は顔を真っ赤にして私を殴りつけてきた。
「死ねよ! コノヤロウ!!」
顔の皮が切れ輪郭が崩れるほど殴られる。
痛い。
だけど耐えろ。
本当に死ぬわけじゃない。
「私たちは本当に死ぬわけじゃない……」
バチンッ!
「この世界の人たちは本当に死ぬ。
それなのに命を弄ぶのは死なない私たちのほう。
おかしいじゃない」
バキッ!
「……そのことに気づいた。
だから……ゲームに参加するのをやめた。
私はこの世界の人たちを殺したくない」
グシャっ!
「ウプッ……はっ!
彼らと同じ痛みを味わう……
それは私のケジメよ……
痛みもなくチカラをふるってイキがるバカにはなりたくない」
ガッ! ゴッ! バキッ!
「殴られてるくせになんでそんなに偉そうなの!?
ムカつく!! マジで死ねよ!
リアルでも家に火いつけようか!! コラァ!!」
鬼の形相で私を殴りつけるMR9376の背後からDXが現れ、その手を掴む。
「おい。そんくらいにしとけよ。
死んじまう。
それじゃあ楽しめない————」
「楽しまなくてもいいんだよ!
こんなヤツ1秒でも早くぶっ殺したい!
痛みは感じてるんだろ?
だったら死ぬほど痛い思いさせてやれるってことじゃん!」
そう言ってDX3390の腕を振り払い、拳を下ろそうとする直前、
「ちょっと待った!
せっかくだから実験しようぜ!」
取り巻きの一人が声を上げた。
「噂だと日光を浴びて死ぬのが一番キツイらしいんだわ。
ショックアブソーバーがあっても、調整間違えた日焼けマシンに放り込まれるかんじだって。
コイツの場合、どんなリアクションするかなあ!」
取り巻きの悪趣味な発想に全員がおお! と声を上げ、私を見やる。
「もう明け方だもんね。
外に放り出してあそこからどうなるか眺めようよ」
MR9376は二階部分にある減光フィルムを貼った窓を指差す。
そして私の首根っこを掴んで階段を上がっていく。
死刑台にのぼる階段のように一段一段と。
これから始まるショウタイムにみんなが浮かれていた。
自分たちは残酷で強い勝利者だと思い込んでいた。
その時だった。
ドーーーーン!!
突然の爆発音と共に鉄扉の横の壁が吹き飛ばされたのは。
「AM。リクエストに応えたよ。
これが火遁の術だ。
別名、自家製プラスティック爆弾」
物騒なことをやってのけた後とは思えないくらい穏やかな語り口のフジバヤシシュウヤが立ち込める煙の中から現れた。




