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PHASE22 色仕掛け

 クローゼットからノック音。

 この異様な習慣もすっかり慣れたものだ。


 AMはいつものように声をかけてきて、服を着替え早々に家を出ようとする。


「ちょっと待って」


 僕が呼び止めるとAMはキョトンとした顔で振り向いた。


「もし、精神的に追い詰められた場合はこう唱えるんだ。

 臨兵闘者 皆陣列在前」


 僕は印を結びながら彼女に文字切りの仕方を教えた。


「あー、これ見たことある!

 ニンジャがやるヤツだ」

「君の戦いは精神力勝負だから。

 心乱さずに……」


 頑張ってと言おうとしたが憚られた。

 命を奪われないまでもボロボロになって戦う女の子を引き止めもしないどころか応援するなんて情けないにも程がある。

 にもかかわらずAMは


「うん。頑張ってくる」


 と笑みを浮かべて出て行った。



 いつものように家事をして宿題をして……と思ったが、学校で宿題を片付けてしまっていた。

 手持ち無沙汰になった僕は早々と寝てしまうことにした。

 また、明け方前にAMが帰ってくるだろうし、毎日学校で睡眠不足というわけにもいかないしな。


 と、シャワーを浴びようと服を脱ぎかけたところ、



 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。



「どうやって家突き止めたの?」

「そんな警戒しないで大丈夫だよ。

 声かけようかかけまいか悩みながら帰り道をついていっただけだからさ」

「それ世間じゃ尾行とか追跡とかいうんだけど、僕の認識が間違っているのかな?」

「えへっ♪」


 有村は上機嫌――――を装った顔で僕の家に入ってきた。


「わー、案外狭いんだね。

 ドラマに出てくる一人暮らしの男の部屋ってもっといろいろ物おいてても広々してるのに」

「あんな物件、東京のど真ん中で借りたら月20近く取られるって。

 これがリアルなんだよ」

「そーなんだ。

 私、男の一人暮らしの家って初めてだから」


 そう言って羽織っていた薄手のカーディガンを脱ぐ有村。

 下に着ていたのはキャミソールだったので白くて細い肩があらわになる。


「僕も女の子家に上げたのは初めてだよ」

「ウソ。AMちゃん上げてるくせに」


 笑顔なのに有村の口調は刺すように厳しい。


「アレは別枠だろう。

 アイツにとって僕たちがゲームの中の住人であるように、僕にとってもアイツは現実感がない。

 腕ぶちぎっても死んでもキラキラ光るだけだし」

「たしかに現実感ない美人さんだもんね。

 スタイルも抜群でおっぱいも大きいし」

「だから、有村の考えているようなことはないって」


 僕は弁解するも、昼間の喧嘩の続きをする覚悟をしていた。

 だが有村はしおらしく、


「うん。信じてるよ」


 そう言ってうるんだ目で僕を見つめる。


「ちゃんと口にしてなかったけど――――私、修哉くんのこと好きだよ。

 あんな事件に巻き込まれる前からずっと気になってた。

 マッキーと噂があったこと、本当にいやだった。

 AMちゃんの綺麗さに目を奪われているのが悔しかった。

 だって誰にも渡したくないんだもん」


 遠慮がちに僕の胸に触れる有村。

 心臓が高鳴っているのをきっと分かっている。


「ねえ、修哉くんは私のことナイって思ってる?」


 ズルい質問だ。

 そんな言い方されなくても僕だってずっと有村のこと…………あれ?


「どうしてこんな急に押しかけてきたんだ?

 有村らしくない」


 別人のよう、とまでは言わない。

 有村は良くも悪くも手段を選ばない。

 こういう色仕掛けだって必要と思ったらするだろう。

 だけど、今の状況は違う。


「焦りすぎだ。どう考えても。

 僕はきちんと昨日のこと謝っていないよ」

「…………私を見損なった、とか言ったこと?」


 僕はうなずいた。

 椅子を蹴飛ばしたりしたことからも有村は僕に対して怒っているべきで謝らせるべきだ。


「あれは、私も君を侮辱したからおあいこ。

 そういうことでいいじゃない」

「こうやってなし崩し的に仲を深めて諍いをなかったことにする。

 そういうの、僕が知っている有村はやりそうにない」

「…………私はこういう女だよ」


 半ば自棄気味に僕の二の腕をつかむ有村。

 だけど、僕はゆっくりその手を引きはがした。


「駅まで送る。

 ちゃんと明るい場所で落ち着いて話そう。

 僕だって有村のこと好きだ。

 だから変な憂いなく、抱きしめたい」


 かっこつけ、といわれて呆れられるかもしれない。

 それでもこうするべきだと思った。

 カッコいいと思えない自分で好きな女の子と向き合いたくはないから。


「……アハッ!

 修哉くんはカッコよすぎるよ。

 おかげで私が惨めで仕方ないじゃないか」


 自嘲気味に笑う有村。

 その目のふちには光るものがあった。

 僕はとっさに彼女の顔を掴んで指で涙を拭った。


「大丈夫。大丈夫だから。

 ちゃんと続きは日と場所を改めてしよう。

 話した通り、ここはいつAMが帰ってくるかわからないからな。

 現実感がないとはいえ、さすがになんでもかんでも見られて平気なわけじゃないしね」


 冗談めかして笑って見せた。

 そうすれば有村も笑って返してくれると思ってた。

 しかし、


「AMちゃんは戻らないよ」

「えっ?」


 暗い瞳、冷たい頬、そして刃物のように胸に刺さる声。

 普段の有村からは似ても似つかない、怖い女が目の前に立っている。

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