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PHASE20 アメリシウム

 変な時間に起きてしまったので眠ってしまうと起きられる気がしかった僕は睡眠不足のまま学校に行った。

 案の定、授業中に居眠りをしてしまい何度も教師に怒られた。

 同じクラスの中でその様子を見ていた有村は呆れていたようで昼休み、空き教室に僕を呼び出した。


「体調悪いならいっそ休んじゃったらよかったのに」

「一人暮らしの高校生が気軽にサボり始めたら間違いなく不登校になる。

 拓殖兄妹が証明してくれただろう」

「マッキーか……突然だったもんね。

 やっぱあの事件が関係しているのかな?」


 拓殖兄妹が都市伝説みたいな秘密組織に属しているかもしれない、とはさすがに口にできないな。

 僕みたいに忍術なんて裏世界の技を身につけているわけでもなく有村は綺麗に一般人だ。

 余計なことを知ることは彼女の日常を破壊すること以外のなにものでもない。


「有村のところにもAMからのメール来たの?」

「うん。長い文章読むの苦手だけど頑張って読んだよぉ……あんまよくわからなかったけど」

「有村はゲームとかしなさそうだもんな」

「へえ、修哉くんはゲーマーなんだ。

 だったらAMと話が合いそうじゃない?」


 意地悪そうにからかってくる有村。

 僕は苦笑しながら彼女の言葉を否定する。


「ライトユーザーだよ。

 ハマることはあっても延々とやりこんだりはできない。

 根っからのゲーマーの彼女とは違う」


 僕の答えに、ふと有村が怪訝な表情をする。


「修哉くんさ。

 いつ、AMがゲーマーって聞いたの?

 マッキーが運転する車に乗っている時はオタクとかナードとか言ってたけどゲーマーなんて言ってなかったじゃん」

「あ…………」


 しまった。

 ていうか、有村メチャクチャ勘がいいな……探偵かよ。


 誤魔化すのはできるけど別にやましいことをしているわけでもないし。

 真希奈ならともかく、有村なら僕とAMの協力関係を知ったところで何かしてくることもないだろう。


 観念したように僕は両手を上げて有村に事の次第を全部話した。

 すると有村は怪訝そうな顔をした。


「協力関係って……聞こえはいいけど、修哉くん良いように利用されてない?」

「たしかに部屋を貸すメリットがあるかと言えば無いよな。

 家賃もらえるわけでもないし、家事してもらえるわけでもないし————」

「冗談で言ってる? だったら笑えないけど」


 有村は突如冷たい声を出して僕を諫める。


「私がおかしいと思うのは修哉くんの負うことになるリスクについてだよ。

 AMは何されたって死なない。

 だけど修哉くんは殺されたら死ぬんだよ。

 そして蘇らせることもできない。

 もし、AMがドジをして居場所を突き止められたら?

 AMが心変わりして修哉くんのカードを欲しがったら?

 そういうリスクも全部含めて正しい協力関係だなんて言える?

 私には修哉くんが利用されているようにしか思えない」

「何を怒ってるんだよ。

 そりゃあ、有村のいうリスクは全部考えたさ。

 それを込みで僕はアイツに協力しようと————」

「キレイだもんね、あの娘。

 ちょっとこの世のものとは思えないくらいに」


 有村が発した言葉には明らかな悪意があった。

 微かに胸が痛んだ。

 いつも朗らかな有村だってこんな言葉を吐くのか、と失望したからだ。


「僕がスケべ心を出して彼女に協力しているとでも?」

「AMがガマガエルみたいな見た目でも家にあげた?」

「質問に質問を返すな。

 聞いているのは僕だ」


 思わず頭に血が上る。

 有村はフン、と鼻で笑う。


「修哉くんはそれ嫌うよね。

 質問に質問を返すヤツ。

 でもさ、それって自分勝手というものじゃない。

 質問に対していつも適切な答えが返ってくるとでも思ってるの?」

「どういう意味だ?」

「私が答えなかったのは、愚問ってヤツだからだし。

 家賃代わりにヤらせてもらっていると思ってるし。

 別に彼女にとっては現実じゃないもんね。

 痛みも感じないなら天井見てアンアン声をあげてればいいだけ————」

「有村ぁっ!!」


 僕は声を上げて立ち上がった。

 さすがにビックリしたのか涙目になった有村。

 それでも僕を見上げる目は攻撃的な意志を失っていない。


「で、私の質問には答えてくれるんだよね?

 AMがあんなにキレイな子じゃなくても協力した?」

「有村が考えているようなゲスなこと、思いつきもしなかったよ。

 正直見損なった」


 数秒の沈黙の後、ガツン! と座っていた椅子を有村が蹴飛ばした。

 僕から視線を外し、興奮に息を荒げている。

 いたたまれない空気が教室に立ち込めて僕も息苦しい。

 そこに救いのようにチャイムが鳴ると有村は無言で教室を出て行き僕を取り残した。


 その後、時間が経過するにつれて冷静になってきた僕は軽率に有村を傷つけてしまったと後悔し始めた。

 謝ろうと思って声をかけたかったけれど、いつの間にか彼女は姿を消していて叶わず、僕は家に戻った。



「何かあった?」


 日没後、現れたAMの一言目は僕を気遣う言葉だった。


「別に。君には関係ないよ」


 有村との一件があったので距離を置こうと冷たい態度を取る。

 だけどAMはその意を解さない。

 ベッドに寝転ぶ僕のそばに座り、話しかけてくる。


「私のことをあまり気にかけないでもいいわよ。

 猫みたいに勝手にやってきて勝手に出ていくから」

「どういう意味だよ」

「気が滅入ったり落ち込んだりするなら、アリムラタマキに会いに行けばいいのよ。

 あなたたち、付き合っているんでしょ?」


 AMの一言にお前もか、と言いたくなる。


「別に付き合っているんじゃない。

 あの日、一緒にいたのは……ただの友達として遊びに出ただけだ」

「そう? 私たちの襲撃がなければあの後どうなってたのかしらね。

 アリムラタマキはお泊まりの用意までしてきたらしいし」

「アイツは頭の中がエロいことでいっぱいなんだよ。

 男にだって情緒はあるんだ」


 傷つけたことは反省しているけど、侮辱されたことに対する怒りは残っている。

 だから、言葉だけではこの辺りの複雑な気持ちを伝えられそうになくてメッセージを送る気になれない。

 この手詰まり感に僕は苛立ち疲れ果てていた。


 無言になったAMは僕が用意していた服に着替えて、「いってきます」とだけ声をかけて出て行った。




 昨日と同じような時間にAMは帰ってきた。

 昨日同様の青ざめた顔で。


「おつかれさま」


 ねぎらいの言葉をかけて彼女に紅茶の入ったカップを差し出す。


「こっちで飲んでも別に」

「どこの世界に紅茶で腹を膨らませるバカがいるのさ。

 気持ちを落ち着かせろって言ってるんだ。

 嗅覚は鈍ってないんだろ」


 AMはポリポリと頬をかいて、おずおずとカップを受け取った。


「…………良い香り」

「だろ。戦果については落ち着いてから話して」

「うん……」


 カップにそっと唇をつけるAMはたしかに美しかった。

 見慣れた僕の部屋には場違いなほど美しい造型をした少女が無防備に足を崩して座り込んでいる。

 そのことを意識するとなんとも言えない緊張を感じて僕は避けるように彼女から目を逸らして、近くにあった教科書を読むことにした。

 まったく……全部有村のせいだ。


「フジバヤシシュウヤ。

 それは化学の教科書?」

「え……ああ、そうだな」


 僕は持っていた本の表紙を見直して答えた。


「じゃあ、ここにあるのは元素周期表?」

「そうそう。

 水平リーベ僕の船。

 名前あるシップスクラークか」

「あ、こっちの世界でもそこまでは一緒なんだ」

「そこまで?」

「うん。なんか知らない元素があるもの。

 95番のやつとか」


 元素番号95番、元素記号Amことアメリシウム。

 ……中学の頃から見てるけどはじめて認識したわ。


「え、まさか100個以上ある元素記号全部覚えてるの?」

「え、普通じゃない。

 九九覚えるのと似たようなものでしょ」


 初めて世界観のギャップに遭遇した。

 本当にこいつら僕らより高次の存在なのでは……


「不思議よね。

 言語や文化はコピーみたいに同じなのに世界を構成している元素が違うなんて」

「どうかな。少なくとも僕たちは世界のすべてを知っているわけじゃないし。

 元素を見つける順番が違ってるとか、あるいは別の名前をつけてしまっているのか」

「でも、この紅茶がいい香りに感じるのは共通していることなんでしょうね」


 AMは顔を綻ばせて和んでいる。

 青ざめた顔色もだんだん戻ってきた。

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