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PHASE2 柘植兄妹


 翌日、始業ギリギリに教室に駆け込んだ僕は久しぶりに会うクラスメイトと挨拶を交わした。

 僕の祖父が死んだことは知れ渡っており、つたないながらも「ご愁傷様です」なんてお悔やみの言葉をかけてくれたのもいる。

 そんなやりとりの中で葬儀という非日常から慣れ親しんだ日常に戻ってこれたことを痛感した。


 授業が終わると、僕はすぐ隣の2年C組の教室に向かった。

 会いたい奴がいるからだ。

 僕は教室の入り口近くにいる女子に尋ねる。


真希奈まきなはいる?」


 彼女は少しニヤつき気味に、


拓殖つげさんのことだよね?

 今日はまだ来てないよ」


 そう言ってヒラヒラと女子グループに近づいていき、僕の方をチラチラ見ながら喋る。

 すると彼女たちは好奇の目で僕を見始めた。


 まさか、下の名前呼んだから変な誤解されてるのか?

 仕方ないだろ、拓殖って言うと僕の場合、兄貴の方が思い浮かぶんだし。


 それはさておき、あの不良女め。

 何サボってんだよ。

 アイツから昨日の動画のこととか聞ければと思ってたんだけどな。


 諦めて教室に戻ろうとした時、聞き捨てられない会話が耳に入った。


「渋谷の赤い騎士、やっぱブリトラのアーシェンだろ」

「いやいやいや、アレは底辺軌道騎士のサムエルの鎧に違いないよ。

 あの特徴的な肩パーツは間違いない」

「君たちはアホか? 水色の髪といえばシャイアさんだろ。

 赤い鎧はただのコスプレだよ」


 別にアニメキャラの名前に惹かれたわけではない。

 全く関わったことのない連中だったが構わず割って入る。


「渋谷とか赤い鎧とか、もしかしてあの動画見たの?」


 誰、みたいな表情をされて引かれたので名前を名乗る。


「隣の組の藤林修哉ふじばやし しゅうやだ。

 知り合いから奇妙な動画が送られてきて」

「おお、君も選ばれし者のようだね!」


 一人の男子が大げさな声を上げて下手な芝居みたいに両手を広げた。


「選ばれたかどうかはしたないけど、君らも見たのか?」

「もちろんだよ。俺はサイトで観てこいつらには録画したデータを見せてやったがな」

「再生数1000いかないくらいでBANされちゃったみたいだしな。

 俺もオリジナルで観たかったよ〜」

「てかネット上じゃ結構な話題だぞ。

 テレビじゃやらないけど」

「報道しない自由ってヤツ?

 やっぱマスゴミは腐ってんなあ」


 どうやらアレを観たのは僕だけじゃないようだ。

 となると、彼らも言ってるようにニュースになっていないのは不自然過ぎる。

 やはりフェイク映像なのか。


「藤林くんさ、マキナ姫と仲良いの?」

「は?」

「い、いやさっき下の名前で呼び捨てにしてたし。

 別に興味なんてないんだけどね」


 ツンデレ女みたいなリアクションするなよ、やれやれ。

 僕は肩を竦めて答える。


「ただの幼馴染だよ」



 僕と拓殖先輩と真希奈は三兄弟かというくらいに幼い頃は一緒に居た。

 祖父は修復士としての面が有名であるが、もう一つの顔を持っており、そちらの絡みで僕たちの縁は繋がった。

 二つ年上で面倒見の良い拓殖先輩。

 パッと咲いた花のように一挙一動に目が惹かれてしまう可憐さを持った真希奈。

 僕はそんな二人が大好きで自慢で、大切だった。

 だけど、その関係も僕が小6の時に一度終わりを告げた。

 諸事情があり僕は祖父と距離を置くようになると同時に転校することとなり、二人とも自然と会う機会を失った。

 母親がいなかったり、父親が仕事人間だったりで人の縁にドライなところがあった僕はすんなりとふたりがいない日常を受け入れた。

 そうやって中学生活が過ぎ、いよいよ親父が僕を放置しようと一人暮らしを餌にちらつかせて元暮らしていた早良市――――つまり、柘植兄妹のいるこの街の高校に進学させたのだ。

 

 地方都市とはいえ人口30万人を超える街には複数の高校がある。

 にもかかわらず、僕が進学した先で拓殖先輩と真希奈に見事に再会できたことは運命めいたものを感じた。

 まあ、二人は見ないうちにかなり変わってしまっていたけれど……ん?


 僕の耳に聴き慣れた音が入り込んできた。

 荒々しく空気が気筒を抜け甲高い爆音を立てている。

 それはどんどん近づいてきて、動きを止めた。

 廊下の窓を開けて身を乗り出すようにして校門のあたりを眺めると……いた。


 今時珍しい大型のアメリカンバイクにまたがっているのはライダースジャケットの男とウチの制服の女子。

 間違いなく彼等だ……

 気づかないふりして、そそくさと教室に戻ろうとした。

 が、それを引き止めるようにスマホが震えた。



「おっそーいし!」

「よう、久々」


 バイクにもたれる長身の男とシートにちょこんと跨っている小柄な女の子。

 今は人通りの少ない時間だがそうでなければ足を止めて見てしまう人で人だかりができてしまうほど絵になる二人だ。


「お久しぶりです、拓殖先輩、真希奈も」


 僕がそう挨拶すると先輩はスッと頭を下げた。


「じいさんの葬儀、行けなくて悪かったな」

「気にしないでください。

 爺ちゃんの友人や界隈での関係者が多すぎて大騒ぎだったから。

 また落ち着いたら線香上げに来てやってください」


 拓殖先輩は頭を上げて「ん」と口端を上げて応えた。

 真希奈はシートに手を置いて身体を揺すりながら僕に尋ねてくる。


「なんでお葬式ってあんなに忙しいんだろーね。

 人一人が死んで大騒ぎしてるのにそこに客呼び込んで料理作って歓待して。

 結婚式は何ヶ月も前から準備するのに葬式はぶっつけ本番ってムチャだし」

「身内を亡くした人が悲しみに暮れる暇を無くすためって僕は聞いたけど。

 実際、悲しんだのは病室の心電図のモニターが止まった時と火葬場の出棺の時くらいでそれ以外はずっと慌ただしかったから。

 それに爺さん子沢山だったから親族が多くて賑やかで割と楽しかったよ」


 苦笑する僕を見て真希奈もほっこりとした笑顔を浮かべる。

 真希奈はしょっちゅう髪型や化粧の趣味を変える。

 ギャルっぽく金髪にしてメイクをフル装備にしたり、ロリっぽくオカッパ頭にしてほぼスッピンにしてみたり、はたまたコーンロールなんかにして外国のシンガーみたいな時だってある。

 今は墨のような黒髪を直線的刈りそろえた日本人形みたいな髪型に猫を思わせる目のフチにクッキリと線を引いた化粧をしている。

 綺麗だけど妖怪っぽいな、と思った。


「ああ、それはそうと先輩!」


 僕が呼ぶと拓殖先輩は鳥の巣のようなパーマヘアをかいてこちらを見た。


「昨日の動画なんだったんですか?

 作り物にしては出来が良かったと思うけど」


 先輩は僕の目をじっと見た後、宙を見上げポツリと呟くようにして僕に尋ねる。


「アレは作り物だったか?」


 意味深な表情に勿体ぶった言い回し。

 そして質問に質問を返す不親切。

 先輩とはいえイラッとする。


「マジであんな事起こったらニュース連発でしょう。

 だけどアレを取り扱ったニュースは朝の番組では一つもなかった。

 検索エンジンもろくに引っかからなかったし」

「お前英語読めるか?」


 僕の話を遮って、先輩は英字新聞らしきものを眼前に突き出して来た。

 ……英語は苦手だ。

 かろうじて単語を拾うことはできるが意味が通るレベルでの和訳となると――――あ。


「これ、もしかしてあの現場の」

「曰く、東京出張中の一人の記者が咄嗟に撮影した動画の一部をスクショしたものらしい」


 阿鼻叫喚の中、赤い鎧を着た騎士が水色の刃をした剣を振り回している。

 騎士は欧米人っぽい顔つきだが、あどけない子供のよう。

 殺人鬼というよりもゲームに夢中な少年といった感じで足元の切り捨てられた死体とのコントラストが異様だった。


「……これもコラ画像なんでしょう。

 死体を写していい新聞なんて世界中探しても」

「そうでもない。

 災害現場や戦争における犠牲者の死体を写す新聞はごまんとある。

 もっともこんなイカれた殺人鬼の手掛けた成果物を全世界に発信するなんてのは前代未聞だろうがな。

 我が国の報道封鎖に対する皮肉なんだろ」


 日本では全く報道されていない。

 実際に事件が起こった場所なのに。

 僕自身信じきれずにいる。

 だって通り魔殺人というならまだ分かるが騎士のコスプレした奴が持っている剣で人間を斬り殺しまくったなんて理解を拒否してしまう。


「マスコミだけでなくインターネット、検索エンジンやニュースサイト、動画サイトも日本サーバーは明らかに改竄されている。

 あの動画も海外のエロ動画サイト使ってようやく拡散できたんだ」

「って、やっぱりあの動画は先輩が!?

 じゃああの現場に居たんですか?」

「いや、俺はあの動画が収められていたスマホを手に入れただけだ。

 持ち主、あの動画の撮影者は殺された」


 は?


「10月12日22:00から明朝までのだいたい8時間の間に渋谷界隈で258人の人間が殺害された。

 負傷者は56名。

 無差別殺人で負傷者の4倍の死者なんて聞いた事もない。

 それを可能としたのは動画で見たとおり近接武器で一人一人仕留めていたことと、奴らが死体を切り刻んでいたからだ」

「奴ら……あの赤い騎士だけじゃないんですか?」

「少なくとも20人。

 多ければ50人以上があの夜、渋谷で人を斬って回っていた。

 訳がわからなすぎて警察もまともな対応出来なくて結構な犠牲者が出てしまった。

 それでもマスコミ報道は一切無しだ」


 先輩は切なげな笑みを浮かべて僕の肩を叩いた。


「忠告しておく。

 これから先、世間はフェイクニュースで溢れ返るが騙されるな。

 自分の目で自分の手で情報を取捨選択し決断するんだ」


 珍しく真剣な目をする先輩に僕は黙ってうなずくことしかできなかった。

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