PHASE18 疲労
僕は学校帰りにホームセンターに寄って遮光カーテンや強粘着テープを買い漁った。
家に戻るとまず、部屋のカーテンを取り替え、壁とカーテンの間やカーテンレールの光が差し込む場所を埋めていく。
完全に外光を遮断し切った僕の部屋は電灯を消すと真っ暗闇になった。
ベッドに横たわってスマホを弄ってしばらく待つ。
すると、ファーッ、というストリングスのような音色と青白い光がクローゼットから漏れてきた。
「こんばんは……って真っ暗!?」
スマホの小さな青白い光でAMを照らし出した。
「日光受けたらヤバいんだろ。
こうしておけば日中でも出入りできる」
「あ、ありがとう。
部屋を貸すだけでそれ以上の協力はしないって言っていたのに」
「危険を犯したくないってだけだよ。
ところでこれから飯食うけど、君も食べてくか?」
「わー、至れり尽せり!
って……別に食事なんかしなくても大丈夫だから」
今日は授業中、ずっとAMが送ってくれた資料を読み込んでいた。
プレイヤーはこのゲーム『リユニオン・スイーパーズ』をプレイするためにはゲームポッドと呼ばれるカプセルに入る必要がある。
仰々しいゲーム機だがゲーム空間に意識がダイブしている間の生命維持には欠かせない装置だそうで、排泄物の処理や栄養補給を自動的且つ安全に行えるそうだ。
「そうか。たまには他人に手料理振る舞いたいと思っていたんだけど」
「そんなのはアリムラタマキにでもしてあげなさいよ。
このリア充め」
吐き捨てるようにAMは言って外に出て行こうとする。
「ちょっと待った!
その格好で出ていくのか?」
全身タイツの上にビキニアーマーをつけたような格好のAMを呼び止めた。
「見た目以上に防御力高いのよ。
リアルマネー突っ込んで買った装備品だけどね」
「性能のことを言ってるんじゃないよ。
目立ち過ぎることが問題。
このあたり、割と人通り多いし、そんな格好で出歩いたらいろんな奴につけられるぞ。
下手するとネットに拡散されてプレイヤーに拠点を掴まれるかもしれない」
協力するとは運命を共にするということだ。
もっとも、彼女は痛みもろくになくゲームオーバーになるだけで済むが僕は最悪死ぬわけで対等とは言いづらい関係と言える。
「そう言われても装備って全部ファンタジー的なデザインなのよね。
マントで隠したりすることはできるけど」
「マントで姿を隠して住宅街を歩き回る奴が不審じゃないとでも?
また用意しておくから今日のところは僕の服でも上に着ていきな」
そう言って僕はボタンシャツとチノパンを貸してやった。
「ちょっと大きいけど、中にアーマー着けてるから丁度いいくらいかも」
……AMは指摘してこないがズボンの丈は若干寸足らずになっている。
背は僕の方が少し高いのに……
さらにメッシュのキャップを被り、ちょっとコンビニに行くようなラフな装いになったAMは玄関に向かった。
「気をつけて。鍵はポストに入れておくから僕が眠っていても勝手に入っていいよ」
「ありがとう。
頑張ってくるわ」
状況を知らない人からすれば深夜バイトに向かう同棲相手を送り出しているようにしか見えないだろう。
……ていうか、有村より早く女の子を家にあげてしまったな。
彼女にも事情を話しておくべきだよな。
今日は休み時間中に宿題してたりしてたから話すタイミングが合わなかったけれど。
明日、学校で面と向かって話そう。
そんなことを考えながら家事や宿題に取り組んだ。
午前4時————ドアが開けられたことによる空気の変化と物音が僕を目覚めさせた。
「おつかれ。AM」
「あら……起こしちゃった……」
僕は電気をつけ、AMを見るとその状態に驚いた。
「ご、ごめんなさい……
脱いでから戦えばよかったんだけど余裕なくて」
たしかにシャツの腕が千切れたりズボンが裂けていたりはしているがそんなことはどうでもいい。
AMの顔面が真っ青だ。
しかも全力疾走した直後のように息を荒くしている。
「どうせ着ない服だ。
それより何があった?」
AMは引きつりながらも笑顔を作った。
「普通に二人……狩ってきたよ。
ダメージは、回復させた。
【キュアスプレー】っていう一番安い回復アイテムで全快できるくらい軽い傷……なんだけど」
「とてもそんな顔には見えないぞ。
首切り落とされてから蘇った有村だってこんな顔色してなかった」
「あなたのチートカードを基準に考えないでよ。
ああ……やっぱステータスが復帰してから行くべきだったのかなあ。
そしたら少しはマシに……」
「もういい。喋るな」
破れてしまった服とアーマーを脱がせてベッドに寝かせる。
アーマーの下に着ていたボディスーツに目立った損傷はない。
この極端な疲労は間違いなく心因性のものだ。
「やっぱり、プレイヤーキルは精神に来るのか?」
「え……なんで?」
「痛みも傷もない戦闘でそこまで疲労するなんて心の問題しかないだろ。
俺たちみたいに血が出たりしなくたってやっぱり対人戦は辛いんじゃないか?」
僕は気遣ったつもりなんだがAMは苦笑して、
「私たち同士の戦いはただのゲームよ。
心配しないで。
すぐに慣れるわ」
と無事を強調した。
 




