PHASE15 侵入
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遅くなってごめんなさい。
言っていなかったけど私たちプレイヤーは強制ログアウトしたり、死亡した時はデスペナルティが課せられるの。
デスペナルティは
①12時間のアクセス禁止
②ステータス完全復帰まで最大72時間の回復期間を要する。
③装備したアイデントカードの喪失。
基本的にこの3つ。
デスペナルティを緩和したり、逆にペナルティを重くする代わりに能力を向上させたりするアビリティカードもあるけど、それは別に記すわ。
あと、『太陽の下では活動できない』というルールがあるの。
これはかなり厳密でたとえ雲で覆われていても日中は外に出ているとHPを全損してしまう。
建物の中でも日光が差し込む窓みたいなのがあったらそこは太陽の下とされてしまう。
実質、プレイヤーは夜以外活動できない。
そして、プレイヤーがこの世界に出入りできる場所、【ゲート】は現在この国に4カ所あるわ。
通称、東京ゲート、第2東京ゲート、横浜ゲート、そして早良ゲート。
察しの通り、早良ゲートはあなたたちの街のデパートの屋上にある。
もっとも、今は銃火器で武装された連中が動き回っているからそこを使うのは自殺志願者くらいだけど。
じゃあ、【ゲート】を押さえればプレイヤーの侵入を阻むことができる?
そうはならない。
なぜなら【ゲート】以外にもこの世界に入れる場所があるから。
それを【制圧スポット】というの。
制圧スポットは運営が作る物じゃなくてプレイヤーが設置するもので、ゲートと大きく違うのは『設置したプレイヤーとパーティメンバー以外は使用できない』という制限があることよ。
私もこのメールを送るためにこっちの世界に来ているけど、制圧スポットを持っているパーティメンバーがいなければいちからメンバー募集を探したりしなきゃいけなかったでしょうね。
この【制圧スポット】の作り方は実に簡単。
【フラッグ】というアイテムを四方壁に囲まれた日の差し込まない空間に立てて、3時間他のプレイヤーやこの世界の人間に入られなければいい。
昨日早良ゲートから侵入したプレイヤー300名の生還率は70%くらいって言われてる。
その70%のうち、半分くらいは制圧スポットを使って帰ってきている。
つまり、今早良市付近に100箇所くらいの制圧スポットが存在するということになるわ。
一度、制圧スポットになってしまった場所は破壊しない限りその効力が消えることはない。
おそらく、今日以降は早良市内に制圧スポットを増やしたりして勢力を拡大していくことになると思う。
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「なるほど、つまり昨日の戦いで僕たちは敵の侵入を許してしまったわけか」
市内100箇所の制圧スポット……
四方壁に囲まれた日のささない空間なんていくらでもある。
着替えロッカーやクローゼット、セダン車のトランクや冷蔵庫なんかも。
あるいはもっと大規模に地下街なんかも設置することができるだろう。
「ここには書いていないけれど、きっと東京や横浜も制圧スポットだらけなんだろう。
参ったな。こんなもんとてもひとつひとつつぶしていくのは不可能だぞ」
僕が弱音を吐くと真希奈が舌打ちする。
「あの女! こんな遠回しなことするくらいなら最初から全部打ち明けろし!
だったら日の差さない土蔵にでも閉じ込めてやったのに!」
そういう発想だから強制ログアウトしたんだと思う。
「だけどたしかに思い切ったな。
このデスペナだと三日間はまともに戦えないんだろう。
あのアイデントカードとやらも失っているし」
「そのまま鵜呑みにしちゃダメだって……
兄さんの聞き出した情報と照合しなきゃ」
柘植先輩……あの人は仲良くしてるけど得体の知れないところに変わりはない。
卒業後はフリーランスで何かやってるみたいなことを言っていたけど……
「なあ、柘植先輩とお前は同じ組織に所属しているのか?」
僕の問いに真希奈の目が見開かれた。
それには威圧の念が込められていたけど僕は構わず続ける。
「忍術……なんてヤバイ力、普通に暮らす上で必要ない。
それをわざわざ幼少期から学びに来てたってことはお前たち兄妹にその力を身につけさせて利用しようとした人がいるんだろう。
そして、それは個人や悪党の類じゃない。
忍術を悪用させる可能性がある人に爺ちゃんが指南するわけないからな。
だとすれば、考えられるのは公安みたいに表には出てこない闇の治安維持組織————」
「だから! 関わろうとするなって言ってるし!
それを知ったところでどうすんの?
しゅーちゃんも一緒に世のため人のために戦う?
築き上げた平和な日常を崩して?
そんなの嫌じゃね?
だからたまちゃんみたいな普通に善人の可愛い子を欲しがったりすんじゃん!」
真希奈は怒っている。
目の端に涙を溜めて。
それを見て僕は何も言えなくなった。
砂を噛んでいるような不愉快さを抱えて僕は家に戻ってきた。
コンビニで買ってきた弁当と野菜ジュースを流し込んでシャワーを浴びながら歯を磨く。
最低限必要な生活行為を終えた僕は下着のままベッドに寝転んだ。
一晩で100の制圧スポットが生まれた。
おそらく今夜も奴らは活動しているだろう。
渋谷の時と同様、昨日の惨劇を伝えるマスコミ報道は一切ない。
この事についてもAMは書いているのだろうか?
僕は彼女からのメールにそれらしき部分があるか見直す。
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運営からの説明によるとプレイヤーのゲーム環境を保全するためにマスコミ報道には制限をかけているらしい。
街中で大量虐殺なんてニュースじゃ済まないものね。
だからTV局や新聞社なんかには手を出しちゃいけないって暗黙のルールがある。
最悪、何処かに避難するとすればそのあたりに身を隠せばいいと思うわ。
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なるほど……不自然なまでに国内報道が為されていないわけだ。
しかし、ここまで徹底した情報統制ができるものなのか?
僕はその疑問に対して、明快な答えが浮かんだ。
この世界が造られたゲーム世界なら簡単だ。と。
本当は僕の心も存在もプログラムでしかなくてAM達の世界の住民を愉しませるためだけの存在。
それが分不相応に造物主たちに反発している。
そういう可能性もある……
怖い、というか生きる気力を失いそうな話だ。
そう考えると情報が遮断されているのは僕たちにとっても悪いことばかりではないということか。
いろいろ考えているうちにウトウトしてきた。
もう眠りに落ちるその瞬間、
ドンドンドンドン! とドアを叩く音が聞こえた。
ビックリしたが深呼吸をして状況を分析する。
僕の家の場所を知っている人間はほとんどいない。
真希奈や柘植先輩は何度か来ているくらいだ。
ふたりじゃなければこの時間帯に集金に回る不届き者もいないだろう。
だとすれば……プレイヤー?
僕は台所から包丁を取り出して逆手に持ち、ドアから出来るだけ身体を離して、ゆっくりと開ける。
目線の高さには誰もいなかった……が、
「ハァハァ……」
荒い息づかいが足元からしたので慌てて視線を下ろす。
するとドアのそばの壁にもたれて座っているAMがいた。
「で、デスペナルティは勘弁してくれないかしら?
ただでさえステータス下がってて動くのもままならないの」
卑屈な笑みを浮かべて彼女は懇願した。




