PHASE13 青春脱走劇
一年前の回想から始まります。
あの日、我が校の生徒たちは丸一日落ち着かない気分を味わっていた。
朝、登校するとほぼ全ての教室の黒板に写真が貼り出され、定規で一画ずつ書いたような文字でその写真を説明する言葉が書かれていた。
「1年C組の拓殖真希奈は売春している」
写真は真希奈が目線が隠された中年男と腕を組んでラブホテルに入っていくもの。
制服のブラウスのボタンを全部外して胸をはだけさせたもの。
行為中の男視点で撮られたベッドの上で甘い表情を浮かべているもの等々……
当然、教師や良識ある生徒たちがすぐに剥がしたがスマホで写真を撮ってそれを仲間内でシェアできる時代だ。
朝礼が始まる前には全校中の生徒がその写真と文字を目にしていたと思う。
当の真希奈本人は教室に入る前に生活指導室に連行され、弁解をする機会は与えられなかった。
背丈は低いが高校生とは思えないほど完成されたプロポーションをしており、ふくよかで張りのある胸やミニスカートの布の上からでもわかりそうなほどキュッと上がったヒップ。
思春期の男子生徒の好奇やそれに伴う女子生徒の反感を集めるには十分過ぎる容貌。
飄々としながらも人付き合いの悪いことも相まって突然のスキャンダルをほとんどの生徒が信じ込んだ。
僕は……真希奈を信じたかった。
興味本位で僕に事の真偽を聞いてくる野次馬にはきっぱり無実を主張したし、噂を拡大しようとする連中を諫めた。
僕と真希奈の関係は当然恋愛関係なんかじゃない。
高校で再会することはできたものの、忍術修行から逃げた後ろめたさもあったから昔のように付き合えてはいなかった。
だけど、真希奈の裸を見て勝手な妄想を膨らませている連中がこの学校にわんさといる。
それが気持ち悪くて、許せなくて、弾けるように行動に移した。
生活指導室のドアをノックして返事も聞かずに開ける。
強面の教師たちが怒鳴り声を上げるのを無視してキョトンとした表情の真希奈の手を掴んで連れ出した。
それをきっかけに教師たちとの校内追いかけっこが始まった。
体育会系のスポーツ自慢が揃った生活指導の教師たちの追撃を二人で切り抜けて、ちょうど最寄りのバス停に来ていたバスに乗り込む。
後ろの窓から悔しそうに立ち尽くしている教師たちや何事かと窓から身を乗り出して見物していた生徒たちを嗤った。
「ざまあみろ!! ハハハハッ!!」
ハリウッド映画の主人公が大ピンチを切り抜けた時の気持ちがなんとなく分かった。
アメリカ人の感情表現が豊かとかそういうのじゃなくって自分たちのピンチを見てハラハラしてるギャラリーを大げさに煽ってやりたくなるんだ。
「ど青春だねえ。ウケる」
真希奈は二人席の上に体育座りをしていた。
気づけばバスの乗客は僕たちだけだった。
「青春の代償は大きすぎやしない?
生活指導部に喧嘩売って。
しゅーちゃんまで退学になっちゃうかもよ?」
不機嫌な顔をしている真希奈。
無理もない。
あんな写真貼り出された上に朝からずっと強面教師陣に詰められてちゃな。
「うーん、その時は一緒に別の高校受験しようか」
僕は自分勝手なことをしている。
自分の憤りのために真希奈を学校から連れ出して、味方になろうとしている。
だけど自分勝手だってうまくハマれば人のためになる。
真希奈はフワリ、と音が聞こえそうなくらい柔らかに微笑み、
「バカだねー」
と言った。
その後、運河公園に着いた僕たちはスマホの電源を切り、敷地内をフラフラと歩き回った。
初夏の新緑。
湿った草の匂い。
噴水によって打ち上げられる水粒が地面で弾ける音。
平日の昼間ということもあって人もまばらな空間で僕らは解放的な非日常の気分を味わった。
「しゅーちゃん、聞かないの?
私がなんで売春なんかしてたのかとか」
ふいに真希奈はそんなことを聞いてきた。
「濡れ衣とかじゃなかったの?」
「へえ、私のこと買いかぶってくれるんだ」
「買いかぶる?」
真希奈は髪の毛を止めていたゴムを外して長い髪を拡げる。
いたんだ茶金色の髪がススキのように揺れる。
「会っていなかった中学時代。
しゅーちゃんの背が伸びて声が低くなったみたいに私も変わっちゃったんだよ。
おっぱいやおしりが突き出ただけじゃなくてさ」
そう言って胸を張りお尻を突き出す真希奈。
俗に目のやり場に困るという仕草だが、僕は困らない。
遠慮なくガン見した。
真希奈はそんな僕を見てくつくつと笑った。
「男子高校生め」
「ごちそうさんでした。
さて……」
僕は足を止めてベンチに向い、真希奈に横に座るよう促した。
「そりゃあ真希奈がそういうことしてたなら悔しいよ。
オッサンがこづかいで払える程度の金額でいい思いをしていたのも不愉快だし、ぶん殴ってやりたい。
もし、今それが行われようとしているのなら全力で止める」
モラルとか貞操観念とかそういうのじゃなくて僕がただ嫌だから。
「だけどさ、終わったことにグチグチ言っても仕方ないじゃない。
もし僕が素晴らしい言葉で真希奈を叩きのめして『私が間違っていたわ!』なんて思わせたところで傷つくだけだし。
だったら『あの売春は実に価値があった! 貴重な青春の1ページだ!』って開き直ってくれている方がずっといい。
僕は教師じゃないし、恋人でもない。
それでも幼馴染だ。
真希奈に幸せでいてほしいって心から思うよ」
一方的に僕は思っていることをぶちまけた。
これはきっと、今回の事件のことだけじゃなくて高校で再会してからも距離があった僕たちの関係に対する不満から来るものもあった。
「やさしーね。しゅーちゃん」
濡れた花のようなしっとりした顔で真希奈はそう言って僕の肩に頭を置いて寄りかかってきた。
その後、特に大したことは話さずに日が落ちるまで二人でいた。
その翌日の午後。
堂々とした足取りで真希奈は校門をくぐって校舎に向かって歩いた。
だがその姿は前日までとガラリと変わっていた。
派手な髪色や扇情的な制服の着こなしはなりを潜めている。
黒髪のショートボブに校則を守った大人しい着こなし。
誰かが「清純派アイドルみてえ」と言っていたがすごくしっくりきた。
どういう話に落ち着いたのか分からないが、その日の6時限目には真希奈は何食わぬ顔で授業を受けていた。
その堂々とした佇まいに話をむし返す方がみっともないと思ったのか、直接的な誹謗中傷は行われなかった。




